第八話 あの日の後、初めてのバトル
俺は黙々と作文のネタを考えていた。しかしさっぱり思い浮かばない。これは俺が作文作るのへたっぴぃだからというのもあるだろう。でもそれだけではないと言い切れる。なぜなら、
「進んでいないわね」
「ね、ネタはしっかりと考えないとなっ」
美麗が右隣にいるからである。そう、ここは美麗の部屋で、また宿題を一緒にするべく誘われたのである。
美麗が隣で座って宿題をする、このくらいならまだいつもの展開と言える。だがこの展開の中には、あの靖斗告白日を経過した後ってんだからちょいといつもと話が変わってくる。
(つーかそもそも靖斗はちゃんとあの日に告白したんだよな? 実は告白先延ばしにしましたっていう可能性もゼロじゃないが……?)
告白したぜ報告を受けてないし、美麗からも告白されました報告は受けてない。そして美麗は美麗なので相変わらずいつもの調子だし。
「そんなに進まないなら、一緒に考えてもいいわ」
「んぁ? ああいや、漢には、やらねばならぬときがあるっ」
一真にはいいセリフだと思ったが、
「どうしても進まないときは言いなさい」
「へい」
美麗に漢のロマンを感じてもらうには、なかなかに険しき道のようだ。
(てかもし告白されて、それを美麗が受けたってことだったとしたら、靖斗と一緒に宿題する流れにならないんだろうか? てことは告白されてないか、告白を断ったってことか? いやいやなんせ美麗だからな、『そう言ったと思うですますわ』とか言いそうだし、今日靖斗が部活かなんかの用事があったかもしれない。んむむ)
なんで今日作文しようぜとか言い出したんだ美麗はっ。こんなこと考えながら作文とかできっかっ!
(こ、告白されたかどうかを教えてくれるかはともかくとして、遊んだ日のことを聞くくらいはいいよなっ?)
「なぁ美麗?」
「なに?」
「靖斗とここで遊んだんだろ? どんなことして遊んだんだ?」
「どうしてそれを知っているのかしら」
「ぐぇ!?」
そこ突いてきたか!!
「そ、そりゃ、靖斗と情報交換くらいするし……」
表情を変えない美麗がまた怖い。
「そう」
ほっ。
「ここのお部屋を見せはしたけど、遊んだのは下の広間よ」
「そうなのか? おじさんのでかいバックギャモンでも遊んだのか?」
「ええ」
そう来たかっ。
「どっち勝ったんだ?」
「わたくしよ」
「さすがは美麗である」
「雪と遊んだ成果が出たのかしら」
「いやそこはたぶんおじさんとの成果だろう」
「お父さんとは最近あまり遊んでいないわ」
「じゃ美麗に流れる古河原家の遺伝子がすばらしいとか」
「そうかしら」
だめだ、これもウケない。まじめに考えちゃってるよぅ。
「他に何したんだ?」
「トランプとオセロをしたくらいよ。おしゃべりしていることが多かったわ」
「へ、へぇ」
おしゃべり。来ましたそのワード。
「どんなことしゃべったのさ」
「雪たちとドミノをしたという話を聴いたわ」
「お、おぅ」
まさにあの日のことであるっ。
「他はっ」
「行事のことや、テニス部のこと、吹奏楽部のことや放送委員会のこととか、学校に関する話題が多かったわ」
「まぁ俺らの学校だし」
全然進まねぇ作文。
「…………終わり?」
聞いてみた。
「……雪はなにか知っているのかしら」
「ふぇ!?」
あ、相手が美麗ってのが、そもそも勝ち目ないっていうかなんていうか……。
「告白をされたわ」
「お、うおぉ~!」
やっぱ靖斗告白したんか!
「み、美麗モッテモテぇ~!」
「そうかしら」
うわーこれも軽くあしらわれたぁ~。
「……返事は?」
もうここは聞くっきゃない!
「お断りしたわ」
俺の頭の中でエコーが響いている。
「せ、靖斗だぞっ? 同級生で、しかも今年は同じクラス! 身長高いテニス部! テストの成績もよくてまじめ! あの靖斗だぞっ?」
あの靖斗すらも……だと!?
「ええ。今まで告白してきてくれた人の中で、最もよく知っている人だったわ」
「その靖斗すらも……だめと?」
「……雪が言ったように、そういう気持ちにはなれなかったもの」
美麗は鉛筆を置いて、紅茶の入ったカップを手に持った。
少し紅茶を眺めて、そして飲んだ。
「そ、そんなに俺の言葉って重みあるぅ?」
「よくわからないけど、守った方がいいと思っているわ」
「じゃあもしさ、俺がそんな感じの言葉を言ってなかったとしたら、付き合ってた……とか?」
俺の言葉なんかで……?
「わからないけど、それでもお付き合いはしていなかったと思うわ」
「な、なぜだ、あの靖斗であっても、なぜなのだ……」
お付き合いとは一体なんぞやーっ。
「美麗だれかと付き合うのに憧れはあるとか言ってたよなぁ~」
「憧れはあるけれど、それとこれとは別よ」
「そ、そういうもんかっ」
「ええ」
美麗はそんだけ慎重派ってこと? いやぁ美麗ってしっかりしてるとは思うけど、行動力はある方だと思うけどなぁ。
「美麗と付き合えるやつって、一体だれなんだ……」
これだけの数の男子が戦いを挑み、だれ一人として勝利を得た者がおらんとは。
「わたくしにもよくわからないわ」
まさに神のみぞ知る領域?
「ずっと美麗はだれとも付き合わないなんて可能性も?」
「あるかもしれないわね」
こんだけ数があっても、そんな……。
「靖斗はその返事に対してなんて?」
「立派になったらもう一度告白させてほしいと言われたけど、そのことについては特に断らなかったわ」
「ほ、ほぅ」
靖斗はリベンジする気なのか。それだけ本気なのかー……。
「その本気な感じなのを見て、美麗はなんか……思った?」
美麗はカップを置いた。
「わたくしのことをそこまで想ってくれるのは、うれしいと思ったわ」
「おぉぅ、じゃあリベンジしてきたときに付き合うっていう可能性も!?」
「それはその時になってみないとわからないわ」
「だよなー美麗は今日も美麗だよなー」
俺はなぜかぐでーってしたくなったので美麗勉強机に突っ伏した。
「お試しで付き合ってみるーとかもまったく思わなかった感じ?」
「思わなかったわ」
どこまでも突き詰められている美麗度。
「そもそも美麗はどんな人なら付き合いたい、とかっていうのはなんかあんの?」
「そうね……」
美麗の考えている姿。表情は一緒だけど。
「一緒にいて楽しい人がいいわ」
「そんなん告白してきたやつらほとんどそうなんじゃっ」
美麗と一緒にいて楽しくないやつなんて探す方が難しいんだから、自然と一緒に楽しんじゃうだろう的な?
「そうなのかしら」
「俺予想ではな」
「そう」
美麗は鉛筆を持つことなく、手をひざの上らへんに置いてこっちを見ている。
「どうしてわたくしに告白をするのかしら」
おっと美麗がそう考えてきました。
「……そこに美麗がいるから?」
「どういうこと?」
「あーいやうぉっほん。そりゃやっぱ……美麗と付き合いたいから?」
「なぜわたくしと付き合いたいと思うのかしら」
「ん~」
美麗と付き合いたい理由。
「……背筋よくて、はっきりしてて、髪さらっさらで、音楽できて、テスト強くて、放送で声かっこよくて……とか?」
俺見てる美麗。
「雪は普段、わたくしのことをそう思ってくれているのかしら」
「うぇっ、えと、ま、まぁ、な?」
そう言われると、なんか……さ?
「そんなに髪はさらさらかしら」
美麗は右手で自分の髪を取って確かめている。
「見た感じでは? 紗羽姉ちゃんよりさらさらだと思ってる」
「そうかしら」
たぶん湖原雪作人生至上最もさらっさら髪の持ち主だと思う。
「なんか特別なコーティング施してるとか?」
「特に変わったことはしていないわ」
「ふーん」
ならば運命によって選ばれし者ということかっ?
「……触って確かめてみても構わないわ」
ふーん。え?
「お、俺が?」
「ええ」
俺が? 美麗の? そのさらさら髪を?
「……俺が?」
「ええ」
触る? そのさらさら髪を?
「……だれが?」
「雪よ」
俺? この俺?
「…………俺が?」
「嫌ならいいわ」
「だぁあ、み、美麗の方が俺に触られて嫌とかなんねーのかよっ」
「触っていいと言っているのはわたくしよ」
「せやな。せやけどっ」
さわさわすんの? ほんとに? 俺が?
「……ほんとに?」
「ええ」
ほんとらしい。
「触った瞬間怒るとか……ないよな?」
「ないわ」
言い切ってくれた。
「な、なんで俺は美麗の髪を触ってオッケーなんだ?」
「話題に出たというだけよ」
おぅ。
「俺が触った瞬間さらさら度が失われるとか……ないよな?」
「心配するなら触らなくてもいいわ」
ないとは思うが、そんなことも考えてしまうほどのさらさら度だからなぁ。
「…………み、美麗ちゃんが言い出したもんね! 俺から触りたいって言い出したんじゃないんだもんね! 美麗ちゃんが言い出したんだから…………い、いいのか?」
「ええ」
ここまで一切表情が変わらないのがまさに美麗。
「……さ、最後にほんとにもう一回だけ確認。触っても怒るな……よ?」
「怒らないわ」
というところまで返事をくれた。
「じゃあ……」
俺はイスをちょっと寄せた。美麗は髪を後ろに下ろし直して、両手はひざ辺りへ。顔だけ少しこっちに向けている。
(美麗の髪チャンスとか、一体いつぶりなんだろう。全然わかんねぇ)
ひょっとしたら幼稚園くらいのときはあったかもしれない。けどほんとわかんないな。
「し、失礼します」
俺は右手を伸ばして……あのさらさら美麗髪へ……。
(どこ触ったらいいんだろ。この辺?)
美麗の首元辺りを通って、ついに美麗髪をっ。
(………………うおぉぉぉ……)
なにこれなにこれ!? え、これなんていう材質!? この世の物質!? やっば、全然例えが浮かばん! こんなの今まで触ったことない感触だ!
(うぅっわ美麗ってこんな物質が自分にくっついてんのかよー!)
これでもかってくらい見てきた美麗の髪で、これでもかってくらいさらさらな様子を眺めさせてもらってきた美麗の髪は、ほんまのほんまにさらっさらだったー!
「どうかしら」
「この世の物質とは思えん」
さわさわ。めっちゃさわさわ。
「それは喜んでもらえたということでいいのかしら」
「おぅよ」
うぉーこれずっと触ってられるわ。
「よかったわ」
あーなんだよこれー。さらさらって言葉じゃ足んねーよー。
「そんなに気に入ったのかしら」
「超気に入った。三六五日触ってられる」
「さすがに触りすぎよ」
「すんまへん」
三六五日のことについてなのか今現在のことについてなのかよくわからなかったが、美麗の言葉にはっとなって、俺は手を戻した。
美麗は改めてこっちを見た。
「満足したのかしら」
んーむ。
「……もうちょい」
再度俺は手を伸ばし、今度は美麗の頭をなでることにした。
「こら……」
(う~ぅっわさらっさら! 一家に一台美麗ちゃんいていいレベル!)
マイ美麗ちゃんとかいう謎の単語が頭に浮かんでしまった。
なんか美麗はちょこっと笑ってるけど、そんなことより今はなでなでだっ。なでさせろぉ!
「……触りすぎよ」
「もうちょい」
「もう……」
たぶんもう一生触れないからな! 心が満たされるまでなでてやるっ! あ、美麗の左手が動いたと思ったら、俺の右手を取られてしまった。
「続きは今度にしなさい」
「今度の分を今続きしてもいいっスか?」
「だめよ」
あーあ。美麗からだめを受けてしまった。
「ちぇ」
不満を表現しても、美麗はちょっと笑っているだけだった。
「はっ。この前のなんでも願い事権利をここで使えば……ごくり」
海のときに付与されたお願い事権利がまだ残ってる俺。
「雪が強く望んでいるのなら、それでも構わないわ」
くぅ~。もうちょっと触りたい気持ちはあるが、しかしなんでも聞いてくれるのをただ頭なでなでするだけに使うっていうのはそれはそれであれかぁ~っ……!
「……い、いやっ、ここは我慢だっ。こんな目先のことじゃなくもっと重要なことに使わねば……」
美麗はおだやかに笑っているだけだった。
「宿題をしましょう」
「……へーい」
天国から一転、俺は作文との戦いを再開させた。
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