第七話  栄果姉さんが命令した日

 お、インターホンが鳴ったぞ。ああ家には俺しかいないんだった。


 玄関のドアを開けると、なんと一真が立っていた。

「一真かーいっ」

「兄ちゃん! 工作手伝ってくれ!」

 これがあの美麗の弟だもんなぁ。美麗なら絶対発しないセリフとテンションだろうなぁ。

「おーっと今年もこの季節がやってきたな。今年はどんなの作るんだ?」

「へへーん。聞いて驚け! バッグギャモンボード!」

「な、なんだと!?」

 小六の夏休みの工作にバックギャモンボードをチョイスするとか!

「お父さんを驚かせてやろうと思ってさ! パーティでお父さんがバックギャモンボードを出すときがあるんだけど、ボードの数が少なくて見てるだけの人が結構いるんだよー」

「おじさんくらいの力があれば、ボードくらいそろえられそうなもんだけどなぁ」

「だからだよ! 美麗姉の話聞いてると中学って夏休みの工作ないんだろ? 最後に作って驚かせてやるのさ!」

 ……一真。お前の男気、受け取ったぜ……!

「おーっし一真ぁ! 漢のバックギャモンボード、やるかぁ!」

「おー!」

 俺と一真は高々と拳を突き上げた。


 まずは設計図作りからである!

「なぁ一真。バックギャモンボードは今まで作ってきた工作よりももっと正確な設計図がいると思うんだが……美麗や紗羽姉ちゃんに手伝ってもらった方がきれいに仕上がらないか?」

「兄ちゃん、漢のバックギャモンボードを作ってお父さんを驚かせるんだぞ? 言っとくけどこれ、だれにも秘密なんだぞ?」

「おっと、美麗にもこの計画言ってないのかっ、あっぶ」

「そうだぞ! これ知ってるの兄ちゃんだけなんだから秘密だぞ! いいな!」

「承知いたしました一真隊長っ」

 敬礼ポーズ。

「うむ! 途中のやつも兄ちゃんとこの倉庫に入れていいよな?」

「そうだな、じゃあ工具も俺のを使おう」

「おし! 設計図作ろうぜ!」

「うーし、紙とか物差しとか持ってくるぜ」

 俺は自分の部屋にアイテムを取りに行った。


「こんなもんだろう」

 とりあえず昔使ってたらくがきちょう、美麗とおそろい筆箱、30cm物差し、分度器、三角定規、コンパス、十六色色鉛筆を持ってきた。

「でかいの作るつもりか? それとも小型?」

「それなんだよなー。でかいのはこの前お父さん買ってたしなぁ」

 俺もおじさんと対戦させてもらったあれ。紅茶飲んで大きなボードでやるバックギャモンの優雅さを味わった。

「じゃあ小型か?」

「こんくらいの大きさでどう?」

「おじさんたちがプレイするんなら、もうちょい大きい方が駒動かしやすいかもしれないぞ」

「じゃこんくらいかな!」

「よし一真手そのままな、物差しでっと……」


「中のボードの模様はどうする? 木に直接書くのか?」

「なんか布みたいなの張ってるじゃん?」

「ああそうだな。布も張るつもりか!?」

「木だと駒とか傷つかないかなー? ニス塗るの苦手だし」

「なるほど、それで布でいく作戦か。でも模様はどうするんだ? バックギャモン模様の布なんてないだろうなぁ」

「切って貼るしかないかー?」

「やはりそうなるか……ああ、そういやアイロンするとくっつく布とかなかったっけ?」

「フェルト? 姉ちゃんやってるの見たことある!」

「それだ! 模様に切って色違いのを貼るってのでどうだっ」

「さすが兄ちゃん! 決まりだな!」

「じゃあ色なんだが……」


「ニスは倉庫に余ってるのがあるな」

「駒どうするんだ?」

「サイズ合ういい駒なんて売ってないだろうなぁ……糸のこでくりぬいて作るか?」

「あれ全部くりぬくのか!?」

「自分でやってもいいけど、ホームセンターできちっとやってくれるかもしれないぞっ」

「駒は動かしやすい方がいいよな!」

「おう! サイコロも既製品でいくべきだろうしなぁ」

「兄ちゃん! 人生あきらめが肝心だ!」

「そうだな! ダブリングキューブを作るだけで妥協しよう!」

「筒どうすんだ?」

「筒? ああダイスカップか。あれも既製品をアレンジすればなんとか作れそうか?」


 こうして作戦会議をした俺たちは、設計図を持ってバスに乗りホームセンターまでやってきた。地域密着型!

 六年間でいろいろと作ってきたが、今回は一真の気合の入りっぷりがパねぇ。


 厚めの板を設計図の大きさにカットしてもらったり、フェルトの使い方などを店員のお姉さんに教わったりしながら材料をそろえた俺たち。釘は前使ったのが余ってるし、紙やすりや軍手とかもちゃんとあるしで、たぶん大丈夫だろう。

 ちなみに材料費はおじさんから手渡されているらしい。まさかその材料費がバックギャモンボードになるとは夢にも思うまいてフッフッフ。

「おや? 雪作?」

「ん? おお愛玖っ?」

 俺たちが入手し忘れた物がないか確認をしてると、深い赤のタンクトップにジーパン姿の愛玖が現れたっ! 相変わらず身長高いぜウッウッ。

「兄ちゃんの友達か?」

「ああ、そうだ。俺や美麗と同じ学年……ってか同じクラスの愛玖だ」

「よろしく。雪作弟なんていたのかい?」

「のああ俺の弟じゃない、美麗の弟だ」

「ああ聞いたことあるねー。あたしは斉名愛玖。君が美麗の弟かー」

「古河原一真だ、よろしくなっ」

「ふはっ! 美麗と似てないねー」

「よく言われるぞ!」

 だがこんな一真もパーティのときの本気モードはさすがの古河原オーラの持ち主である。

 俺的にまとめるとだな、紗羽姉ちゃんは親しい間では普通・知らない相手では本気・パーティでは超本気。

 一真は知らない相手でも普通・パーティのときは本気だがいつもの通常時の感じも出す。

 美麗はパーティだろうが普段だろうがなんでもかんでも本気。こんな感じのイメージ。美麗はパーティのときでもまったく普段と変わらないな。

「美麗の弟くんとなんでこんなとこにいるんだい?」

「あー、それはー……」

 俺はちらっと一真を見た。一真は首を横に振っている。

「男同士の約束だ。その質問には答えられん」

「なんだいそれっ」

 愛玖は笑っている。

「ほら、美麗に伝わるとあれだしな」

「あたしは口固いよ?」

「男同士の約束は何人なんぴとたりとも女人にょにんの立ち入りは許されないのである。てことで美麗には内緒な」

「はいはい」

 これぞ漢のロマン!

「愛玖はなんでこんなとこにいるんだ?」

「あたしはラッピング用の袋を見に来たのさ」

「ら、らっぴんぐ?」

「今度大会があるけど、三年だから最後だろう? あたし女子バスなんだけど、だんバスと接点そんなになくって、でもなんだかんだで大会で手伝ってくれることもあったから、最後くらい女子バスのみんなでクッキー作って男バスに渡そうってなってさ。あたしはラッピングの偵察係っ。成子なるこも一緒に来てて、そろそろこっち来ると思うよ」

 吹奏楽とは全然違う青春の世界だな……青春万歳!

「へぇ~。なんか運動部らしい青春だな!」

「そっかねぇ? あ、来た来た成子~!」

 腕を上げるとより迫力が増す愛玖。こっちに気づいてやってきたのはクラスは違うが同じ学年の穂高ほだか 成子なるこだ。俺より身長の低い女子を見るとちょっとほっとする。

 髪は肩を越える長さで下ろしている。白い半そでのブラウス装備に茶色いひざ下くらいのスカートで、愛玖と同じ女子バスケ部だとはすぐには頭で浮かばなさそう。

「湖原くんだー、こんにちはー」

「よっ!」

 成子とはあんましゃべったことないな。もちろん小中一緒なのでしゃべったこと自体はあるんだけど。

「湖原くんって弟くんいたの?」

「おかしいな、この場面どっかで遭遇した記憶が」

「やっぱそうなるよねぇ。美麗の弟だってさ」

「あ、古河原さんの? なんで湖原くんと一緒にいるの?」

「なんだっけ? 男の友情だっけ?」

「漢のロマン! 漢同士の結束! 漢同士の約束なので理由は明かせぬ」

「うん?」

 成子ははてなまーくめっちゃいっぱい浮かべてる。

「美麗姉の友達か! こんちゃ! オレは古河原一真!」

「私は穂高成子、よろしくね」

 見れば見るほど愛玖と対照的だな。

「姉ちゃんもそこの大きな姉ちゃんとバスケやってんの?」

「うん、そうだよー」

「ほ、ほんとか? 全然見えないぞっ」

「よく言われるよー。何部って聞かれて女子バスって言っても、意外~って」

「なぁ愛玖、成子はバスケうまいのか?」

「うんうまいさ! いてほしい場所にいてくれてるって感じで頼りになるんだ」

「え~照れるなぁ~」

 成子てれてれしてる。

「ま、雪作はまったく歯が立たないだろうねっ」

「今度する?」

 成子は手でエアーバスケボゥーを作ってる。

「するのはいいが……俺運動レベル並程度だぞ?」

「兄ちゃんいかだまで泳げるじゃん!」

「素人なりに頑張ってるんですぅ!」

 こちとら一生懸命でぃ!

「いかだ? ってなに?」

「ああ、海水浴場にあるちょっと沖に設置された飛び込みとかできるいかださ。この前も一真と行った」

「そんなに仲いいんだー。古河原さんは行かなかったの?」

「ああえっと古河原家みんなと湖原家みんなの合同で行った」

「楽しそうだなぁ~。古河原さんは湖原くんとそんなことしてたんだね」

 成子結構にこにこするキャラだな。

「じゃあれかい? 雪作は美麗の水着見たってことになるのかい?」

「あー……まぁ?」

「やるじゃないか~。そんな話初めて聞いたねぇ」

 美麗は俺と海行ってるって話をあまりしてないのか?

「夏休みの間にまた海行くのー?」

「いや、毎年一回だけだから、海はたぶんないだろうな」

「そうなんだー。私まだ今年行ってないなぁ」

「あたしもまだだね。まぁ大会あるしね」

 海行くやつって結構多いんだな。さすが夏。さすが夏休み。

「よし、成子そろそろ行くかい?」

「うん。それじゃあ湖原くんと一真くん、またね」

「じゃなー」

「じゃあな!」

 二人は手をふりふりして去っていった。

「さてと。俺たちも戻って作業始めるかっ」

「おし!」

 俺たちも帰るべくホームセンターを出ることにした。


 家に帰ってくると早速作業を始めた。

 今日は主に室内の作業が多かった。フェルトを切ったり貼ったり。アイロンの扱い方に悪戦苦闘。板の外枠も作って釘打った。さすがはあの美麗の弟一真、設計図もすばらしい出来でここまでの作業は完璧だっ。

 この辺で終わることにして倉庫へしまった。続きはまた今度。

 一真は晴れやかな笑顔で帰っていった。


(一真帰ってったけど、今ごろ古河原家には靖斗がやってきてんのかな)

 なんかちょっと気になるような。

(今まで美麗に断られてきたやつらも、こうして美麗に気持ち伝えていったんだろうなー)

 靖斗の場合はあんな感じでみんなでどたばたして今日を迎えたが、それぞれにそれぞれの形で美麗に伝えてったんだろうなぁ。

(……まぁ、俺がごちゃごちゃ考えてても仕方ないか)

 後片付けも済ませた俺は、自分の部屋に戻っていった。

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