第21話、クロノス幹部会議(辞表拒否)

 海底を歩くような重い足取りで、リリアが会議場の扉へ向かう。


 魔王に相応しい城をと細部までを黒下一席と監修し、未だ増築の続くカース城。神域を行く彼女は常に誇らしい気持ちに満たされていた。


 けれど、今回ばかりはそれだけではいられない。骨の従魔やグールのメイド達を引かせ、他者の気配がしない空虚な廊下。ただただリリアの乾いた足音ばかりが刻まれる。


「……開けて」

『…………』


 休憩を挟み、三度目の会議だ。疲労感は拭えず、溜め息混じりに扉前で浮遊していたウンカイへと指示した。


 笑う仮面の異形は魔王の面影を少しばかり残し、未知の実力者らしからぬ丁寧なお辞儀じぎで応え、扉を開ける。


(……モリーとアスラ以外はまだか)


 会議室の縦長なテーブルに付いていたのは、黒下二席と四席のみ。三席は多忙のため欠席。


『…………』


 鋭い骨の指先でテーブルを一定刻みで打ち、強大な凶骸の異形は不満をあらわにしている。


 この苛立いらだつモリーがリリアを悩ませる種であるわけだが、差し当たっては言葉を交わす事なく壁際へひかえる事に。


 それから程なく、カース森林に在る者等以外が転移により自身へ与えられた席へと現れ、話し合いの続きがされた。


 第一声はやはり黒下一席であるセレスティアから投じられる。


「……考えは変わりましたか?」

『カッ! 何も変わらん』


 かたくなに主張を変えようとしない【沼の悪魔】モリーが、会議を長引かせる大きな要因となっていた。


『儂はこの組織から降りる。他に落ち着ける場所を探し、また延々と魔術へ浸る。後は好きにせぃ』

「あなたに抜けられては困ります。この森を管理する上で、基盤と言うべき存在なのですよ?」

『知った事ではないわっ!』


 怒りではなく焦りから吐き出される怒声は、不死の呼び声らしく精神そのものへ届く感覚を覚えさせる。


 長く魔術に浸り、歴史に名を刻む多数の魔術師へ師事し、時を渡り歩いた魔物として、内にく多大な魔力を骨身からにじませ言う。


『アレは何じゃ……?』


 恐怖を告げる。


『龍を倒すなど有り得ぬ事じゃっ……』


 毒々しい緑色の魔力と共に声を震わせ、“魔王”なる者へ絶対的に恐怖する。


 長く地上に在るモリーをして、龍を目にするのは初めての事だ。神殺し、原初の権威を簒奪さんだつせし者、最強種筆頭、それを初めて目にした。


 そして、現実の龍は想像を絶すると言っても不足する。大いに不足する。桁違けたちがいに不足する。


 世界を破滅させる。世界を焼却させる。これが真に可能だと、誰が信じていただろうか。


 龍罰を目撃して確信した。


 アレは、——————神を喰らっている。


『その龍をっ…………何をしたのか、何を使ったのか。いいや、なにをどのようにしたとて、これだけは説明できぬッ』


 死すら超越している存在をたおす事の異常さを、モリーは愚かな人族達へと説く。


 あの場にいて尚も平然とする異常者らへと、至って明白な常識を諭す。


『儂や天使を殺すなどという次元の話ではないのじゃぞっ? 正気ではないぞ、貴様等っ!』

「クロノ様が、使い捨ての遺物で倒した事にせよと」

『遺物を何だと思っとるっ。最高品質の遺物でさえ、最強種には傷一つ付けられぬわ!』

「……龍を知る者ならば、同じ結論を出すでしょう。私も実物を目にした一人です。確かに如何いかなる遺物であっても通用はしません。しかし、クロノ様がそうせよとおっしゃられたなら従いなさい」

『じゃから、儂は抜ける。こうまで得体の知れない存在とは関わりとうない』

 

 がんとして脱退を固辞するモリーに、セレスティアは軽く溜め息を漏らすも抜けさせるつもりはなく、まったくの平行線を辿る。


 他の者達は無関心。わずかばかりか引き止めるつもりがあるのは、リリアのみだ。


 そこへ口を挟んだのが、いぐるみを無心で縫っていたカゲハだった。手元で作業中の物から視線を持ち上げ、隣のモリーへと横目を向けた。


「……有り得ないからどうだと言うのだ。カッコいいから良いではないか」

『貴様と一緒にするでないッ!! この際なので言わせてもらおう! おかしいぞっ? 貴様は特におかしいぞ!?』

「ん〜〜しかし、モリーだけは抜けられないぞ?」

『えっ…………何故なにゆえじゃ?』

 

 カゲハは最終手段として用意しておいた助け舟を、今になって明かした。


 喉元のどもとを押さえて声色を変え、出来るだけ声音を再現して一言一句たがえずに伝える。


「……“えっ! モリーが抜けたいって? えぇ……あんなザ・魔王軍が抜けるなんて言わないでよ。今度、なんか綺麗な石ころとか持って帰るから、もう少しやろうぜって伝えてもらえる? 宝石とか言ってガラス玉でもあげたら気も変わるでしょ。まったく、す〜ぐ不機嫌になるんだから……”だそうだ」

「これでクロノ様のご意志が介入しました。あなたをのがすわけにはいきません」


 クロノの仕事を増やす事を嫌うセレスティアへの配慮だった。


 彼女自身もそれを察して、カゲハの後出しに言及する事なくこれに乗る。


 そうなれば組織としての決定であり、静観していたアスラもまた口を挟まざるを得ない。


『ぐっ……』

「諦めろ。色恋と違い、恐怖で従う貴様は信用できる」


 女性陣を敵に回す発言を、常々抱いていたであろう本心から発してしまう。


 しかし、当て付けや皮肉という風でもなく、自覚しているかすら怪しい。


 心ここにらずという素振りである。


『何を好き好んで、あのような化け物の近くに身を置きたいのか、まるで理解できぬわ……』

「…………」


 逃げ場を失ったモリーの漏らした弱音に、セレスティアは以前から感じていた不安感を再燃させた。


(……常に化け物であるのなら、何ら問題はないのですが)


 セレスティアの想像さえも絶するまでに不滅にして無敵を誇るクロノだが、彼は状況に応じて自身の体質を変化させる事がある。


 ニダイを倒して欲しいと願った際も、まさか同程度にまで身体しんたい失墜しっついさせるとは考えていなかった。


 先日に遭遇そうぐうした魔族の部隊もそうだ。カゲハに確認すれば、ほおや腕に散った木片によるり傷を負っていたらしい。


 つまり感情面の機微がある際や粛清時には、クロノは死の危険を確かに背負っている事になる。


 それが流儀と返されたなら、説得の言葉をセレスティアは持たない。


 けれど、いつか足元をすくわれるのではという懸念は、その機会を追うごとに強くなっている。


「おい、早く進めてくれ」

「……やっとお話が進められます。つい数日前、クジャーロと魔族が本格的に衝突したようです」


 高級酒に釣られて参加していたジェラルドから促され、セレスティアはカース森林を取り巻く世情の情報を共有する。


「これにはやはり【炎獅子】は参加しないようなので、クジャーロ近辺へおもむく事があれば彼と接敵しないよう注意してください」


 【炎獅子】ドレイク・ルスタンド。各国が警戒する遺物使いであり、クジャーロ国の最終兵力だ。


 ライト王国が定めるその脅威値は、九十九。


 九十三を記録する【黒の魔王】よりも更に高い限界値を設定されている。


 しかし今、アスラが過去の記憶から興味を引かれたのは、魔族についてだった。


「魔族は中々の戦士達だ。以前にやり合ったが、随分と持ちこたえたので感心したのを覚えている」

「そうですか。しかし、勝利するのはクジャーロ国です」

「…………」


 また平然と未来を予知してみせる天才に、いつもの事ながら不信感を抱く。


 リリアやカゲハなどは諦めているのか、特に意見を述べる事もなく肩をすくめるなどしている。


「……グォルミー・クジャーロか?」

「いいえ、グォルミーは確かに異彩を放っていますが、現在の【黒骸の騎士】は歴代でも最も優れているとされています。いかにグォルミーと言えども、そう易々やすやすとは崩せないでしょう」


 寿命や病の可能性がない以上、黒骸の騎士が入れ替わる事は早々ない。


 だがセレスティアの目に映る魔族という種は、他者が見るものとは正反対だった。


「ただ魔族という種族は欠陥の多い・・・・・種族ですから、最終的な勝利は有り得ません」


 純人族、鬼族、獣人族、エルフ等の主な種族をして、完全上位互換とされる魔族。


 セレスティアはこれを酷評し、興味すら薄いとばかりに話題を打ち切った。


「孤島を含めた北側は様子見で構いません。当面の間に留意してもらいたいのは、東側諸国」

「東……」


 後に部下のマルコを経由してヒルデガルトに報告せねばならないからなのか、酒をあおりながらもジェラルドは懸命に記憶を探る。


 思い浮かべる大まかな地図の王国右手側にある国々とは、何処どこがあっただろうか。


「親交のある東国マル・タロト。ここは比較的小国ですが、良い関係を築いておいてください」

「セレス、その南側にある公国はどうする? あそこは魔窟に接していて、腕の立つ探求者シーカーが山ほどいるぞ?」

「ノーマン公国は近い内に接触があるので、それを待っていてください。先に近隣にあるエルフの里から遣いが来る筈です」

 

 東南にあるノーマン公国は、未だ干渉アクションを見せていないが、セレスティアの読み通りならばエルフの里がしびれを切らすだろう。


「そして、特に何をしでかすか分からないのが……」








 ラルマーン共和国。


 以前に魔王の逆鱗げきりんに触れた、北東の国家である。


 山脈、荒野、運河により独立する閉鎖的な国で、魔物や魔獣の使い手と技術に富む。


 元老院が国政の実権を握っており、彼ら次第でカース森林を取り巻く環境は変化すると見られる。

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