第22話、職場にどうしても仲良くなれない人がいるあるある

『……孤島は放っておけと言うが、奴等は確かに存在するぞ? 魔王を名乗っておる以上、受け身に回れば向こうの思うがままに打たれるのみじゃ』

「封印がどうのという話はどうなった。貴様自身の報告でもしてみろ」


 転移の魔術を開発させられ、オークの軍隊をしつけさせられ、指示するばかりのセレスティアへ不満が上がる。


 己の仕事をまっとうした上でならば、多少の損な役回りも飲み込めよう。


「……ユーファの封印術は非常に難解でした。全ての封印がそれぞれ別の者・・・ほどこしているように、複雑多様なものとなっています」

『考えにくい話じゃ。いかに優れた魔術師と言えど、それだけの数を全て異なる術式で構築するなど不可能。何より無駄が増える』

「しかし、封を解かせない前提ならば有効な手法です」


 クロノがユーファ像というくさびを壊し、封印を破る突端とったんを与えた時、同時に様々な情報が見えて来た。


 あのユーファ像は、無論ながら封印がされた当時よりも後に建造されたものだ。


 つまり、後から重ねがけをした人物がいる事になる。より強固な封印に構成し直した者がいるのだ。その必要があったのだ。


「これを解く方法を見つけられたなら、私の想定では大きな武器になる筈です。ですが、最も解除可能とされていた始まりの封印さえも、クロノ様のご助力がなければ解けませんでした」

「……またあの御方の力を借りたのか? 貴様は手をわずらわせてばかりだな」


 気概の見えないアスラの瞳と、対して室温が凍り付く程の鋭利な眼差しが交差する。


 天をふたづのは戦人の証。武のみを追う生き様は相貌に表れ、肉体の筋骨はそれ専用に隆々と分厚く盛り上がっている。


 かの三白眼に応えるは、大陸に轟く光の女神。


 奇跡の造形を生まれ持ち、天性の頭脳をあわせ持ち、王の器に万能を備えた王女が迎え打つ。


 身の程を知れと。


『まぁ〜た此奴こやつらの刺々しい口論を聞かねばならんのか……。儂と違い有限な時間をそのようによく使える』

「あんたはさっきまで、ボスから逃げたい逃げたいと駄々だだをこねてたじゃねぇか。それに比べりゃあいい息抜きになる」

『……言うでない』


 酒の合間にリリアの用意したあぶったナッツをつまみ、小休止を活用して脳内で記憶すべき情報を整理する。メモを取ればいいのだが、ジェラルドには美味なさかなを摘む手が止められない。


「あ〜……始まってしまったか。私は知らないからな」

「……そこで私を見られても無理。この状況でメイドに出来る事なんてない」


 物々しい二者と正反対に、仲の良い二人は困り顔を向き合わせて肩を落とす。


 しかし反発する水と油は、周囲の環境に配慮する事はない。


「手段を選ばなければ解く方法はあります」

「選べとあの御方なら仰るだろうな。そして貴様はそれが分かっていて果たせなかった。これが結果だ」

「あなた方に任せている仕事はどれも私が兼任して終えられるものばかりです。誰も手が出せないものを私が担っている事をお忘れなく」

「不必要とはよく言ってくれるものだ。だがその封印を解いたのはあの御方なのだろう? ならば貴様も不要ではないか」

「それでも私こそが最もお役に立てる事実は変わりません。仮に能力不足としても、女として利用価値があります」

「ふん、女などあの御方が苦労するとは思えん。どちらにしても、そろそろ見放される頃合いだろう」


 ——もう殺してしまおうか……。その言葉が今にも聴こえて来そうな殺意混じりの舌戦ぜっせんが交わされる。


 幹部達の仲は基本的に悪くない。我の強いセレスティアとヒルデガルトでさえ連絡や連携を取っている。私的な贈り物の交流もあったくらいだ。


 だが目の前の二人は例外だ。リリアが推察するに、両者の考える美徳や価値観が絶妙に噛み合わないのだろう。


 アスラは純粋な武力、生粋の闘争、明快な破壊を重んじている為、裏の根回しや人心を利用するセレスティアを毛嫌いしている。不純物とでも言うべき“混じり気”をとにかく嫌うのだ。


 あげく、クロノや自身を手駒とした過去が両者間の具合を更に悪くしている。


 セレスティアも確実な目標達成を第一としており、余計な私情アドリブを差し挟み、方針に口を出すアスラをうとましく思っている。


 いいや、それだけならば悟られぬよう無自覚の内に動かすだけだ。こまに悟らせぬ事など、セレスティアにとっては児戯じぎも同然だ。


 こうして真っ向から嫌悪を示すのは、クロノの女に相応しくないという発言が度々されるからだろう。


 これだけはセレスティアも我慢ならない。内部抗争を容認するクロノも、殺害までは望んでいないからこそ手は出さないが、許可されるなら抹殺するだろう。


 彼女ならば実行しかねないと、今ならば推定できる。それも他者がその事実、彼女の手引きによるものだと気付かない内に完遂されているだろう。


『…………いつも以上に喧々けんけんしておるわ』

「こういう時こそ年長者がしっかりして」

『人族の社交性など儂が知るものか。不死に仲裁を期待するのは愚かと言うものよ』

「……そうでもないみたい」

『カ……?』


 苦言をていするリリアに続き、モリーは強い殺意で互いを刺し続ける二者を見る。


 冗談で済まない一線も目前に、正面にてにらみ合う女神と鬼将。


 その半ばに舞い降りた人影が、殺意を受け止めるように割り込んだ。


「……ウンカイ」

「…………」


 どうかこの場は納めてくれとでも言うように、両手を合わせて二人へ願うような仕草を見せるウンカイ。


 主の性質を何処どこか感じさせるウンカイから請われ、尚も続ける程の気概は二人も持ち合わせてはいなかった。


「ありがとう、ウンカイ」

『…………』


 頼もしい番人へとリリアが礼を告げると、ウンカイはお辞儀じぎで応えて扉前へと戻って行った。


「う〜む、あの子は何処どこぞのアンデッドと違って気が利くなぁ。しかもいちいち臆病風にも吹かれない」

『無駄口を叩くなっ!! 黙っとれぃ!!』


 妙に機嫌のいいカゲハから皮肉が飛び出せば、苛立つモリーが怒声を返す。


 クロノスの会議は往々にして横道に逸れ、程々に騒がしい。




 ………


 ……


 …




 転移の魔術はセレスティア達に途方もない自由をもたらした。


 どれだけの距離であろうとも、設定マーキングさえしてあれば術式を使い一瞬で移動できる。


 モリーの大きな功績であり、近く行われると予想されている“番付”にも影響されると思われる。


 与えられた『席』が、初めて変わる時が迫っていた。


「——————……」


 クロノスでの会議を終えたセレスティアは、自室への転移を実行した。


 視界をおおう少々不快な発光が晴れれば、そこは王宮の自室であった。


 月光が窓からの斜光を射し、暗い室内に目が慣れるのを助けている。


 目の前には大きな化粧台があり、大鏡に映るのは自身のみ。————と、思われた。


「っ…………」


 セレスティアの頭脳が転移直後から異変を感じ取り、鏡越しに直面する状況を確認。すぐに振り返って、その人物へ頭を下げた。


「お待たせして申し訳ございません」

「…………」


 返って来ない返答に増大した胸騒ぎにより、心臓が大きな鼓動をひとつ刻む。


 常ならば優しい声に迎えられる筈が、今は何も生まれない。


 マリーとモッブによる出迎えがない時点で、只ならない状況であるのは察していたが、想定よりも流れは悪いようだ。


「…………君さぁ」


 その二人を左右に控えさせるクロノが、椅子に座ったまま端的に告げる。


 先のモリーではないが肘掛けを打つ人差し指は苛立ちの表れであり、冷たい眼差しに晒される時間だけ寿命が削れていくようだ。


「——せっかく【一の席】をあげたのに、部下をきちんとぎょする事もできないの?」

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