第20話、ブルーノ

 〈枯れ木の道化師ドールド・ドゥケン〉はグォルミーを所有者として、複数の能力を持っている。


 自立能力や殺した生物を乗っ取る能力、鋏やバルーンを生み出すものもそうだ。


 しかし、最も厄介な能力は他にある。


「ドゥ、おやっさんを殺す為に仕込んどいた一手を切ろうや。もう二年前になるか? まぁ、魔族あいつ等からしたら昨日のことだろうがよ」

「タブン、アレじゃコロせない」

「だろうな。他の魔族とは違って、おやっさんだけは易々と殺せない。でもな、ただ見せるだけでも意味はあるもんだ」


 飛行する騎竜に次々と抜かれ、群れに溶け込みながらもグォルミーはブルーノから視線を外さない。


 再会を愛おしむように、好敵手をあおるように、その無情な瞳から少しの間も逸らさない。


 それは、ブルーノも同じだった。


「…………」

「たかが竜如きを従えていい気になったか。ブルーノ様、グォルミーはどうか私にお任せください」


 魔族がここまで敵対視する人族は、グォルミーのみ。


 道化師の遺物と手を組むより以前から、魔族狩りなどという狂気を始めた蛮王のみ。


「……待つのだ……」

「…………ブルーノ様?」


 重みがのしかかる様な声音は、先陣を尊ぶアクアをも否応なく制止させた。


 付き従う彼等の目はブルーノの視線を辿り、竜の群れと同化するグォルミーへ。


「………………——っ!?」


 道化師と蛮王の姿が、消える。


 ある騎竜と重なった瞬間から、その姿が失われてバルーンのみが天高く昇っていた。


「奴めっ、何処ぞの誰か・・・・・・へ移ったか!!」


 これが〈枯れ木の道化師ドールド・ドゥケン〉の持つ最たる能力だ。


 ドゥケン卿が中身を吸い取った者の内部へ、距離的拘束なく瞬間移動でき————


「————」


 たまらず表情を歪めるアクア。彼の目に映る視界…………左方から鋼色の反射が映り込むのを見る。


 ヌルリと入り込む殺意の刃。ある一人の魔族の胸を破って飛び出たグォルミーが、大きな指穴を両手に掴み、巨鋏を差し向ける。


 彫り込まれたように明瞭な喜悦を顔に浮かべ、猛獣が襲いかかっていた。


 開かれた鋏の間には既にブルーノの後頭部があり、アクアは怖気おぞけよりも早く叫び声を上げた。


「ブッ————」


 警告の呼びかけは、ぶつ切りにされる。


 自分達が扱う物よりも一回り大きな盾が、巨鋏を弾いていた。いや、叩き飛ばした。


「やっぱりぃ〜!! どうしてコレが防げるのかねぇ!!」

「…………」


 手元を離れた物に代わり、新たなはさみをドゥケンきょうから受け取りながら跳び、魔族軍の真っ只中へと降り立つグォルミー。


「今の奴はだいぶ前に殺した魔族だぜ? そこから這い出た奇襲なんて防げるもんなのか? コレじゃ殺せないよなと分かりつつも、おやっさんにはいつも驚かされんだわ」


 同調したくなくとも、これにはグォルミーに同意である。


 歴戦の戦士とは言え開戦前のたたずまいにあって、なぜ今のが避けられるのか。


 まだ肌はいくさの熱にすら触れておらず、敵対という距離感とも程遠く、未だ両陣営の前線が重なる遥か手前にある。


 互いにまだ、開戦に見合うものを抱いていなかった。


 なのに何故なぜ、思考の外側にあった背後に立つ魔族からの奇襲が、ブルーノには防御できるのか。何を掴んだから盾を振ったのか。


 人族として驚異的なグォルミーもそうだが、ブルーノという魔族も理解から大きく外れた存在だった。


「天啓がくだった。クジャーロと手を結ぶべきだと。この同盟を受け入れないならば、グォルミー…………お前を排除する」

「んなの、前からそうだろ? 俺が手を結ぶ? “最果て”の野郎が何を言おうが、それが有り得ないのは誰よりも知ってるよなぁっ、おやっさん!!」


 奇襲を見破ったたねは明かされず、形ばかりに差し出された協定の糸口は、口数多いグォルミーにより絶たれる。


 開戦の火蓋ひぶたは切られた。


 グォルミーより遅れて、竜騎の軍勢が戦地へ降り立つ。


「最後の砦はどうやったって正面から崩さにゃならん。だから用意して来たぜぇ? 不朽ふきゅうの軍団にそぐう軍隊をよぉ」

「グォルミー様に続けぇぇえええええ!!」


 不吉な笑みを見せるグォルミーに続いて、側近とも言うべき将軍が“鬼の号令”を発する。


 尼鬼じき族の女将軍として建国以前からグォルミーを支えて来た“ホウジョウ”だ。


 小盛りの角が額から飛び出る頭から、法衣を着込むその不相応な姿には、反して戦に相応しい鉄鞭が握り締められている。


「アクア、お前達は奴等と竜を迎え討て」

「くっ……承知っ」


 里の目と鼻の先まで迫られるも、それでも魔族に危機感は薄い。


 何故なら、グォルミー以外の人族とはやはり貧弱な下等種であり、たとえ竜を使役しようともそこに違いはない。


 与えられた使命があるからこそ魔族は人族に過度の干渉を控えて陰を渡っているが、そもそも競り合うような存在と認識していないのだ。


 虫。人が虫へ向ける目と似ている。生物として、それだけの性能差があると自覚している。


「飛竜であれば多少は厄介だったがな」


 アクアを筆頭に魔族は正面からクジャーロ軍を受けて立って見せる。


 手慣れた手付きでメイスを回し、噛み付く竜と騎乗する者の槍を、握る腕ごと弾き飛ばす。


 が、人族は進歩する生物である。


「……魔物に堕ちたか?」

「ヒャヒャヒャ!! これでお前ら魔族も怖くねぇや!!」


 竜の顎はみるみる再生し、あろう事か人族の腕さえも生えて伸びた。


 グォルミーが投資した竜研究は、魔族の預かり知らぬところで開花していた。


「死んでも死んでも暴れてやるぜぇ!! もうお前達にデカい面はさせねぇからな!!」

「大きな口を開けて口汚く言うが……まさか再生するだけではなかろうな」

「へ……?」


 騎乗竜を見上げ、ほんの少しばかり見直したアクアは人族の評価を戻した。面持ちを見れば問いの答えは明らかである。


「やはり下等種か。さしずめ、竜の生命力を適応させたのだろうが、減った魔力は戻らないだろうが」

「…………」


 つまり、魔力を取り込む鎧の前では、ただの栄養源でしかない。魔力を失っても動けるのだろうが、魔族にも無尽蔵に戦う持久力もある。


 よって魔族にしてみれば、さして問題となる相手ではない。


「……お前はバカか?」

「なんだとっ……?」


 アクアの読みが外れたのか、たかだか一般兵にも嘆息されてしまう。


「わかりやすく言わないと、俺たちが理解できるわけねぇだろ……」

「そうだった……貴様らはそうだったな……」


 ほぼ粗暴者や山賊の集まりと言えるクジャーロ軍に、知性や品性は期待できない。


 両者が揃ってすれ違う対話に頭を悩ませた。


 無論、クジャーロ国にも頭が回る者はいる。グォルミー王を始め、今は亡きカシュー・クジャーロやアフォーカ・クジャーロがそうだ。


「……一体の魔族に、竜に騎乗させた兵が三組も必要か」


 崖上から戦場の全体像を観察するアフォーカは、想定よりも遥かに機能しない騎乗竜に愕然としていた。


 魔族達は誰一人として欠ける事なく、群がる竜や兵を薙ぎ払っている。魔族一騎一騎が一騎当千であり、真っ向から迫る人竜一体の戦士達を跳ね飛ばす。


 これを失敗だという認識を持たせるわけにはいかない副官は、アフォーカへ声音を安定させて諭した。


「やはり奇襲や奇手で倒せても、正面からでは奴等には勝てないのでしょう。腐っても魔族です。あの鎧の遺物もあって、馬力が違い過ぎます」

「中型の竜くらいは運用できるようになれば良いのだがな」

「……的が大きくなるだけでは?」


 確かに。冷静な副官の指摘に、してやられたアフォーカは気まずそうに顔をしかめる。


 大型竜くらいでなければ、確かに魔族の相手は難しい。中型竜では動きが鈍い分、プエキモラスよりも狙い易いかもしれない。


「それに、アレ・・がいる限り我等に完全な勝利はありませんよ……」

「…………」


 今年で齢二十一になるアフォーカは二度目。副官は四度目となる光景をまた目にする。


 ブルーノだ。


 グォルミーとブルーノの戦闘は、周囲と次元が異なる。


 ここは戦闘部族である鬼族のいる戦場だ。不朽の軍団と不死身の軍隊、そして竜が暴れる戦場だ。


「————!」

「ちっ……!?」


 ブルーノはその暴乱の渦巻く場を、〈北の鎧〉で通貫する。


 二つの鋏を双槍のように使い放たれるグォルミーの刺突を盾で受ける。熾烈な連撃は盾を削るも破壊には至らず、一旦の気休めとして後退しようとするグォルミーを、愚直に追う。


「っ————!」


 盾を構えたと同時に、鎧へ通る魔力。瞬発力は度が過ぎれば、人の身で重戦車と化す。


「ああっ!? また速くなったか!?」


 突進を読んでバルーンを使用していたグォルミーも呆れる速度で通過し、竜を小石のように跳ね飛ばすブルーノを目で追う。


 何度となくその戦車を目で追っていたからこそ、反応が出来た。グォルミーならではの回避術だ。


 しかしブルーノは停止しながらに、魔力を溜めたメイスを投げる・・・


「っ、ドゥ!」

「ワレちゃえ」


 メイスが付近に到達した時、直撃せずとも魔力が弾けて致命的な傷を負うだろうと即座に意図を察した。


 ドゥケン卿に命じて浮上していくバルーンを割り、降下を試みる。


「————」

「————」


 すでに戦車は再度発車しており、降下速度も加味して予測した空中の一点へと飛び出していた。


 交錯する二人の視線。交わされる即死の攻守。


 根付いた実力で勝るブルーノに対し、グォルミーはドゥケン卿の助力を大いに活用する。


「————っ!?」

「それも読んでるさ」


 横合いから駆け付けた竜が、宙を猛進していたブルーノを蹴り付けた。


 竜騎はもつれ込むように、ブルーノを巻き込んで地上へ落下していく。


「どんだけアンタを見て来たか————忘れたのか?」

「っ!?」


 グォルミーの吐く台詞せりふの合間だ。掴み合う竜に乗る騎手から、グォルミーとドゥケン卿が飛び出した。


 もぬけのからであった胸元を破り、間髪入れずに鋏の先端をブルーノへと突き出す。


「っ……!」

「んあ!? なんだそりゃ!!」


 グォルミーの野性と邪気を何度でも上回るブルーノの戦力いくさぢから


 身動きの不自由な空中にあって、竜に掴まれる左腕の籠手を切り離パージし、引き抜いた左手で鋏を打ち払ったのだ。


 経験、発想、度量。いずれもがやはり、グォルミーが憧れて止まない雄強なブルーノそのものだ。


「やはりやはり、これも反応するのかよっ! 冗談だろ、おやっさんッ!! ワッハハ!!」


 また籠手を呼び起こして覆われる左手に打たれるよりも早く、竜から退散する。バルーンで地上に降り、メイスで骨肉を仕置きされる竜を見送る。


 再生しながらに飛ばされ、土煙を上げて転がる竜を目に脳内で計算を弾く。


(……今のは流石さすがに肩か腹を刺すくらいは出来たと思ったがな)


 どれだけ裏をこうとも、戦士としての腕前ひとつで攻略する手腕に、今回も肝を冷やしながら鳥肌を立てて歓喜する。


 グォルミーに言わせるなら、魔族が化け物なのではない。ブルーノが化け物なのだ。


「もっとシカケをだす?」

「止めとこうや。ここらが引き時だ」

「…………?」


 いつもならば環境を変え、地形を移り、数時間単位で死闘を繰り広げるグォルミーが、わずか数十分のやり取りで撤退を決める。


「竜がおやっさんのヤバさを知る前に退かにゃならん。他の魔族も腐っても魔族だ。正面から押し通るには、乗ってる兵士と共に順応させていくしかない」


 改造竜を投入したクジャーロ国軍が、初めて実戦での運用を終える。


 結果は、まずまずであった。


 現地の体感では魔族の軍団には全く歯が立たず、最大の難関であるブルーノにはやはり手傷一つ付けられない。


 けれど、竜研究による再生は魔族達の猛攻を凌げると判明する。少なくとも殺し切れないと確認されたのだ。


 メイスで粉々に粉砕したブルーノ以外には。


「……ん? おぉ、あねさん」


 撤収作業を終え、軍隊が引き上げようとする頃。


 水浴びを終えたグォルミーを、魔族の女が出迎えた。出迎えると言っても、八人もの魔族が目付きも厳しくグォルミーを睨んでいる。


「あんたの旦那と遊んで来たぜ? 久しぶりに面でも見たかったか? いいや駄目だ。あんたらはもう俺の女だ」

「……以前から言っています。我ら魔族に夫婦という関係性はありません」

「でも誇りなんだろ?」


 馴れ馴れしく魔族の女……セイの肩を抱き寄せ、表情をしかめる青肌を舐め上げる。


 生暖かく湿った感触はもう慣れたもので、彼女が最もグォルミーの情欲をその身に受け止めていた。


「あんたをおやっさんの前で抱いたら、どんな顔をするだろうなぁ。カッははは!」

「…………」


 目を伏して恥辱に耐える素振りを見せるセイは、一呼吸を置いてから気丈にグォルミーへ向き直った。


「……私はあなたの奴隷となった身です。以前はあなたを奴隷として使っていたのですから、私達は奴隷の扱いに何ら不満を申す事はありません」


 グォルミーが“これはまずい”と感じ取れたのは、低い声色だけでなく、まれに出る決まり文句が始まったからだ。


「けれど魔族である自分を捨てたつもりはありません。仮に尊厳までも奪おうと言うのなら、あの約束は破られたと解釈します」

「……ただ揶揄からかっただけだ。本気でへそを曲げるこたぁねぇだろ……」

「失礼します、グォルミー王」

「待て、姐さん」


 魔族の女衆を連れて去ろうとするセイを呼び止め、無言で催促した。


 約束と言うのなら、グォルミー側からも提示した条件がある。


 これには憤慨していたセイも困り顔となって、頑固なグォルミーへと聞き分けのない幼子おさなごへ向ける眼差しとなる。


「……あなたを認めてはいます。ですがこの感情が“愛”へ変わる事は、不可能としか言えません。私達は“愛”を持たされてはいない種族なのです」

「俺といりゃあその内に目覚めるさ」


 諦めの悪さはセイ達も知るところで、ブルーノにこだわるグォルミーが彼へついぞ贈られる事のなかったセイ達の愛情を欲するのは止められない。

 

 満足げにセイの返答を受け取ったグォルミーは、待機していたホウジョウ達の元へと長髪を揺らして上機嫌に戻って行った。


「陛下、ラルマーンの者等が会いたいと。また女を用意して欲しいのでしょう。なんと返答しましょうか」

「殺して首を送っておけ」

「は、はっ? こ、殺すのですか……?」

「そろそろ手を切る頃だろう。竜研究を奪われる前にな。あいつらからは魔物の躾方を充分に教わった。もう得るもんはない」

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