【第2部勇者伝説編】第1章、勇者祭編

第1話、稲刈りと野犬とハゲ

 金剛壁の自宅にて。


 大自然に包まれた魔境の果てにも、一日の始まりを知らせる朝日が登る。


 まぶしい光の気配に目覚める者、これからようやく眠る者、もう少しだけ寝過ごす者。様々な生命がいる中で、光も闇も混沌も分別なく活動する者がいる。


 はい。玄関前で真夜中から早朝にかけて、日課の鍛錬に勤しむ私がおりました。


「フンッ、っ……っ!」


 虚空の幻影(黒翼付き)を想定し、拳を突き出しては避け、細かな動作フォームを改善または戦法を模索しながら戦い続ける。


 十時間をかけて日課である格闘術の稽古を終えようとしているが、この後にもまだまだ刀や剣の練習が控えている。


「ふぅ……」


 期限リミットは、ウチの子が起きるまで。


 乱れた呼吸を一息だけで立て直し、また心肺機能と全身を鍛え抜く。


 魔力の訓練は常時のこと。加えて魔力凝縮法の強度を弱め、格闘術の稽古で身体を疲労させ、その状態から未だつたない剣と刀に取り組むのだ。


「ッ……! ッ…………!」


 まだまだ足りない。まだまだ強くなる。その必要があると知った。


 ただひとつの思いを胸に、剣を振り続ける。


 と、同時にぃ…………俺はどうやって勇者達に負けるつもりなのだろうと、少しだけ疑問に思う時もある。そこはかとなく、どのようにしても、なにがなんでも不可能なような……。


 まぁ、気のせいだろう。勘違いに違いない。


「…………」


 魔王軍、セレスが運営しちゃってるから、魔王すっごい暇なんだよなぁ……。


 じゃあ黒騎士はって言うと、リリアが頑張っちゃってるものだし、あれは団員がそもそも俺よりもやる気満々だから。


 ならばグラスはって言うと、『エリカ様もお忙しいし、弟の方が優秀だから、もっと有給ゆうきゅう取っていいよ』なんて、ヤム○ャが言われるような事を容赦ようしゃなく言われる始末。


 エンゼ教もいなくなって、ベネディクトも倒しちゃって、仕事も無くなっちゃって、随分と静かな日々を過ごしている。


 まっ、そのお陰で放出系魔力の練習とか、レルガのお勉強とか、岩塩の採掘とか、色々と行えたわけだが。


 ……いや、これではいけない。俺は魔王。常に魔王らしく邪悪な活動を続けなければ、『火遁って印をめっちゃ重ねて放つ技だったくね?』みたいな初期設定のごとく忘れ去られてしまう。


 とは言え、田んぼの管理で長く金剛壁に滞在していたが、明日の稲刈りだけやったらそろそろ旅に出るか。


「——わぁぁぁぁあああああ!!」


 いつもよりも早く目覚めたらしいレルガが、ペット達を連れて走って来た。純真無垢な満面の笑みを浮かべ、朝一からアクセル全開だ。


 我が家の子達は今日も元気いっぱい。


「寝起きが良いねぇ。いっぱい眠れた?」

「ねたぁーっ!!」

「う〜んっ、いい音圧だ、腹から声が出てるよ。じゃ、もう少ししたら朝ご飯にしようか」


 流石に稽古で汗だくなので、抱っこせよと飛び付くレルガを掴み止め、その場に降ろす。くせのある水色髪をでて、早起きした良い子をねぎらった。


「むふぅ……! レルガ、クロノさま好き〜!」

「おっ、ありがとう。俺もレルガが大好きだよ?」

「しってる〜!」


 ばっちり睡眠が取れたようで、機嫌が良いなんてものではない。互いにとって、存外に良い朝ではないか。


「ふんっ」


 すると良いお返事をした直後、レルガが気合を入れて腰をかがめ、俺へと軽く身構えた。


 右手の人差し指を伸ばし、何かを告げようとしている。


「…………」

「…………」


 これはきっと、朝ご飯まで追いかけっこに誘おうと、俺へ悪戯いたずらをする時の構えだ。


 朝食の仕込みは既にしてあるので、問題は誘い方である。


 さて、今日はどのようにして誘うつもりだろうか。


 ちなみに前回は、『レルガはこっちだよぉ〜!』と言いながら逃げ回るという可愛らしいものだったので、うご期た——


「クロノさまなんかアッチいけぇ。ばっちぃからコッチくるな」

「愛は何処どこへ消えたのっ?」


 今日に限って、刺しに来た。時々ある、鋭くえぐるような文言の方だった。


「どうしてそんな事を言うのっ。魔王が傷ついちゃうでしょうが! はい、謝って!」

「そしたら捕まえてごら〜ん!! キャ〜〜〜っ!」

「よ〜し、待て〜!」


 朝から二桁キロメートル単位の鬼ごっこから始まるのは、きっと我が家くらいではないだろうか。


 次の日。


 レルガを連れて実家に帰省し、手塩にかけて育てた稲を刈っていく。中腰での鎌の扱いも魔王である俺は、親族達の六倍の速度で作業を進めている。


「……アレ! クロノさま、わざとゆっくりやってんの」

「あらっ、そうなの? でもしっかり見てごらん。他の人よりも速いでしょう? クロノはうちの里で一番の稲刈り名人なの」

「かあちゃんが見てるから、ウソやってんの。クロノさま、ヒトのマネしてる。全然できないのに」


 溺愛されているからなのか、母ちゃんへと積極的に俺の本性を暴露するという謎の性質を持つレルガ。母ちゃんと土手へ座り、昼飯を待つ暇潰しに密告してしまう。


 しかもこの子の場合は半端な事はしない。


「クロノさま、マオーなの」

「ん? 魔王? あの王国で噂になってる?」

「そう、かあちゃんには教えたげる。たまにクロキシンもやってるの。レルガもお手伝いしてあげてる」

「そうなの、怖いわねぇ。ちゃんと働いてって言っておいてもらえる? 可愛いレルガちゃんからそんなこと言われたら、きっと辞めてくれる筈よ」

「わかった、言っとく」


 がっつりバラしていく。信じるまで何回も念押ししていく。


 しかも母ちゃんにだけと言いながらも、稲刈りする俺に届く声量で話している。


 修学旅行の先生くらいに声を出している。集団へと語りかける声の大きさだ。


 信じるわけないからいいけど。俺は喧嘩が強い米狂いとしか認識されていないから。


 かなりの量の米を売り捌いているし、俺の商売を疑う事もない。商才があるのだと、一目置かれているくらいだ。


「ふぅ〜…………よし、こんなもんだね」


 稲刈りを無事に終え、今年の収穫を前に一息を吐いた。


 豊作だった昨年よりは劣るものの、出来は良いと言えるだろう。そんな米具合。


 てなわけで、仕事ついでの家族との時間も程々に、何か悪さをしに行こう。




 ………


 ……


 …

 



 レルガはドウサンと探検の約束がある為、金剛壁へ帰るとの事だ。ヒサヒデの眷属に任せたので、俺はこのまま魔王としての職務へ復帰する。


 と言っても、組織から要請が届かなければ仕事はもちろんない。


 なので、子供魔王の姿で王国中をランニングしながら悪さをして、魔王力を高め、次の活動へ備えようと思う。


 時に迷子の旅人に道案内をしたり、妊婦さんの荷物を運んであげたり、一緒に家の鍵を探してあげたり、子供達とザリガニ釣りで決闘したり。


 かれこれ五日程を、そうして過ごしていた頃だった。


「〜〜! 〜〜! 〜〜〜〜ん?」


 口笛を吹きながら馬を追い抜き、街道を爆走していたところ、道の端に停めてある馬車に目を付ける。


 御者により停車したというよりも、馬がたまらず道かられて車輪が泥濘ぬかるみにハマったように見える。


 周りには野犬らしき群れがいるし、御者は屋根に避難しているので、もしかすると襲われているのかもしれない。


「ほっ! よっ!」


 宙返りしながら指先から小さな魔力の斬撃を幾つか放ち、野犬の動きを先んじて制止する。その間にすかさず駆け付けた。


 もしかすると、犬とたわむれている可能性が一%くらいあるので、ボスらしき猛犬を抱き上げてから念の為にいてみる。


「すみませ〜ん、もしかして襲われてます? それとも遊んでます? まぁ、たぶん襲われてるけど」

「ッッッッッッ!!」


 首がもげそうなくらいうなずかれてしまう。


「ですよね、あちゃあ……。……シッ! シッ! 森で狩りをしなさい! 森でもっと良質なタンパク質を探しなさいっ!」


 森へ向けてボス犬の尻を叩き、『なんだよ、いいところなのに……』みたいな目で一瞥いちべつして去る群れを見届ける。


 それから振り返り、馬車の屋根から降りて来た執事らしき男性へ向き直った。


「大丈夫でし——」

『ま、マママママイクッ!!』

「はい、マイクですっ! どうしましたか!」


 本人は疲れているだろうから、マイクさんに代わって馬車の中の人と会話してあげる。


『どうしたもこうしたもわきの下もないわッ!! そ、外の様子はどうなのだ!? というか、なんで止まった!? お前は馬鹿なの!? まったくハゲやがってっ!』


 ちなみに、マイクさんは別にハゲていない。


「……今、一体目をやっつけました!」

『戦っているのか!? 馬車を停めてやり合ってんの!? なんでいま勇敢になるのだ! 夜のトイレには付いて来てくれないくせにっ!』

「ぐわっ!? 嗚呼ああぁぁああ!?」

『負けてるじゃないかっ! 頑張れ、マイクなら出来るから!!』


 隣のマイクさんから正気を疑うような眼差しを受けながら、昼食までの空き時間を有意義に過ごす。


 差し当たり、七十年物のお爺さんが入っていそうな馬車でも揺すってみた。


『ホワッ!? 馬車が激しく揺れ始めた!? もしかして馬車ごと食われてる!? イヤぁぁぁ!?』

「何があっても出て来ないでくださいっ! 私に何があってもです! ——ギャァぁぁぁあああ!?」

『いやいやいやいや!! 直後にそんな叫ばれたら不安になるだろっ! 絶対に急所をいかれただろ!! どこをやられた!?』

「心臓がぁぁぁぁ!!」

『内部!? 内からいかれた!?』


 右心房をハムハムと甘噛みされた設定で、胸を抑えながら馬車を揺すってみる。


『くっ……! えぇ〜い、分かった! 儂も共に戦うぞッ!!』

「クソッタレぇ! 左心室で一杯やりやがって! たとえ俺がやられても、第二第三のマイクが貴様等を倒してみせるからなぁ!」

『…………』

「ぎゃぁぁぁ!! 今度は小腸まで行きやがったぁー!! まさに目の前で綱引きしてやがる!! マイクの十二指腸で運動会するつもりかぁ!?」

『…………』

「こいつらっ、悪くなった肝臓には手も付けやがらない! 酒飲みで助かったぜ! …………うん?」


 馬車を揺らしながら迫真の芝居しばいを打つ俺だったが、馬車の窓から見下ろす視線を見つける。


 禿頭はげあたまの小さな男性が、文句でもありそうな目で見下ろしている。


 その人は窓を開き、たった一言だけ言った。


「……何故なぜにそんな事をする?」







〜・〜・〜・〜・〜・〜

・呟き

また活動し始めた奴がいるらしいです。

今日か明日にでも、近況ノートに詳しく書くって聞きました。


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