第2話、博士と勇者伝説

 控えめな毛髪と大きな顔が特徴的なこの小さいお爺さんは、ロレンゾ・ハッコイという偉い研究者さんらしい。執事はマイクさん。


 助けたご縁もあって、馬車に乗せてもらえる事になった。お陰で次の街まで、三十倍の時間をかけて行ける事になったのだ。


「——勇者祭?」


 ロレンゾ博士の目的地は、なんと『勇者祭』などという聞き捨てならない催しのある街だったのだ。


 そんな大事な祭りを、なんで魔王に知らせないかね王国は……。


「知らないのか? ライト王国における三大祭りの一つなのだがな。王家の方も来られる大々的な祭りだ」

「えっ、セレスティア様方も来られるんですか?」

「例年はな。今年は例の宗教的事件もあって、暴動が起こるのを考慮して参列を控えられる」


 エンゼ教の生き残りや信者はまだ残っている。彼等が暴徒と化して王家へと弓引く可能性は当然に考えられるだろう。


 王族の欠席は妥当である。


「代わりに黒騎士殿へ出席をと打診されたようだが、どうにも日程の調整が上手くいかなかったようだ」

「凄い初耳……」

「それはそうだろう。これは関係者しか知らない事だ」


 本人まで知らないなんて、誰が予想できるだろうか。


 どうやらリリアの判断で、黒騎士は欠席させようという運びになったようだ。


 でも折角だから、お祭りなら是非とも参加したかったものだ。


「儂はガキは嫌いだが、勇敢な者は好む。その歳で一人旅できているというのも驚きに値する。折角だ、この儂が直々に勇者伝説について語って聞かせよう」

「へぇ、勇敢な人がね。……自分に無いものだからですか?」

「なんだとっ、クソガキ!」


 博士と名の付くもので、ここまで知性を感じない事があるだろうか。


 さっきのさっきなので、魔王ジョークも兼ねて皮肉を添えると、デッドボールを喰らったメジャーリーガーの形相で激怒される。


「お前みたいなクソガキに、この儂の高説を聞かせてやろうと言うのだぞ!? くっちを慎めぇいっ!! ハゲやがってっ!」


 鼻息も荒く指差して、口汚く罵倒される。数分前まで命の恩人だったクソガキなのに。


「さっきから何なんですか? その“ハゲやがって!”って怒鳴どなるやつ。ハゲてんの、自分じゃん」

「ハゲとらんわぁ!!」

「いや、ハゲてはいるよっ! まだチビとかジジイなら言い逃れ出来ても、ハゲだけはど真ん中で該当者じゃん!」

「何を根拠にっ…………」


 禿げ頭に手を当てて、『えっ、儂ってこんなに禿げてたっけ……? まるで焼け野原のようだ……』みたいな顔をして、愕然としている。


「……いや、別に? 最初からこんなんだったし。儂は昔から額が広かったからな」

「おでこって言うか……山頂全域がスッカラカンですよ? 側面にペラ〜ンって張り付いてるだけでしょ? 山肌に添えてあるだけでしょ?」

「二度と言うなっ……? そのスッカラカンとかペラ〜ンっていうの、二度と言うなッ。儂の最後の砦を、二度とそんな風に言うなッ!」


 大丈夫、ハゲていても格好いい俳優なんていくらでもいるから。博士は違うけど。


「そう言えばまだ名前も知らんガキに、何故にそこまで言われにゃらならん。さっさと名乗れっ」

「……リカルド・カイザー・カタパルト・ブロッコリウスJr.です」

「嘘を吐くなよッ!! そこは名乗れば良かろうに! リカルドから始まったとは思えん名前になっとるじゃないか!」


 また激昂して立ち上がり、大人気なく怒声を浴びせて来る。


「本当の名を言えっ! あぁ、いや! あだ名とかでもいいから言えッ!」

「……みんなからは“陛下”って呼ばれる事が多いですかね」

「お前、何様っ……?」


 天秤が『勇敢なクソガキ』から『嫌いなだけのガキ』に傾きかけるも、ぐっと耐えてみせたロレンゾは語り出す。


「コホンっ……勇者ユーファは盟友であった初代国王陛下の願いを聞き、世界を滅ぼさんとしていた【太古の魔】を倒した。ざっくばらんに語れば、彼の伝説はこうなる」

「ふむふむ」


 現役魔王として真剣に話を聞く俺が興味ありと見たのか、博士は饒舌じょうぜつに勇者伝説について語り始めた。


 束になった大量の書類が覗くかばんから、数枚の紙を取り出して。


「勇者祭はその名の通り、偉大な伝説を成し遂げたユーファ。並びにジューベを筆頭とした仲間達をたたえて行われる、欠かす事の出来ない行事なのだ」


 血の一滴から魔物という邪悪な生物をこの世に生み落とし、世界へ混沌をもたらした暴君。


 世を黒く塗り潰す“魔”そのものであり、永遠の覇者をうたった強欲な魔物の王。


 森羅万象に存在する様々な生命を“光”とするならば、それはただ一点の“影”。たった一つの“闇”。


 立ち向かうには、向き合うには、まるで規模が違うその存在へと挑み、見事に勝利したというのだから勇者達が今もたたえられるのは必然である。


「しかし、その歩みは多難を極めた。【太古の魔】が率いる魔物の軍勢はただただ強かった。それ故に多くの仲間を率いて、多くの犠牲を払い、取れ得る手段を全て使い、死力を尽くして勝利を掴み取ったのだ」

「まさにこれぞ英雄譚えいゆうたんって感じですね」

「だが実のところユーファの伝説には、まだまだ解明されていない謎が多く残されている」


 ロレンゾ博士、急に研究者面となって古びた冊子やメモ帳を開く。それなりに揺れる車内だけど酔わないのかな。


「謎って例えば?」

「例えば? そうだな……どうにも説明の付かない事があったりするのだ。あくまでも現存する文献ぶんけんや残された物品などから推察するので、矛盾むじゅんは百も承知なのだがな」


 どうやらこのロレンゾ博士、レッド・ライト国王陛下から出資されてまで勇者伝説について研究している専門家らしい。


 つまりは、本物の学者さんだったのだ。でも専門は数学者という。


「まず、【太古の魔】……つまりは魔王を倒したユーファ達は、その後どこへ消えたのかだ」


 ユーファが生還した事は、いくつもの文献に明記されているのだという。


 だが、以降の正確な足取りは誰にも分からない。文献や伝承にも、あやふやな結末しか見受けられない。


 ならば彼等は一体どこへ消えたのか。


「最もユーファが信を置いていた仲間までもが、その後の足取りに霧がかかっている。不透明なのだ」

「……こんなこと言ったら怒るかもですけど、伝説自体が空想とかなんじゃ」

「儂は真実と思いたいが…………確かに訳の分からない展開や表現が散見されるのも事実だ。何を何処どこまで参考資料として良いのか、慎重に吟味ぎんみする必要がある」


 苦虫を噛み潰したような表情で、出鱈目でたらめだらけだった冊子の一つを放り捨てた。


 面白がってアレやコレやと書き加えたり、架空かくうの物語をさも現実に起きた出来事と書いてある物も多いのだろう。


「謎はまだある。ユーファはなぜあの種族・・・・だけは、仲間としなかったのか」


 高度な封印術と優れた大剣術を持ち、数多の種族をまとめ上げたユーファ・ユシヤ。


 文献を読めば、誇張表現や脚色はされていると分かる。


 とても意志伝達が出来るような種族ではないものまで、戦線に参加したとされているのだ。あまりに荒唐無稽こうとうむけいで、突拍子とっぴょうしのない話だった。


 しかし、たった一種族。その種族だけは同盟へ誘うどころか、全く言及すらされていない。


「最大の謎は、魔物の王【魔王】とは結局のところ何者だったのかだ」


 雷をまとねじづのを持ち、炎の入り混じった毒の吐息を吐き、黒い獅子の頭と蛇の尾を持っていたという。


 その黒々とした巨体は優に十メートルを超えていたとされる。


 性格は獰猛どうもうにして狡猾こうかつ咆哮ほうこうひとつで数百万の魔物達を意のままに操ったのだそうな。


 俺よりウンカイやモリー寄りだな。規模はとんでもない事になっているが。


「今の【黒の魔王】みたいに、ただ悪い事やってやんぜぇ! ってノリの人じゃないですか?」

「魔王がお前みたいなクソガキであってたまるか……!」


 まるで、ヤンチャしたい盛りの不良を見る冷めた目だ。


「じゃあ、きっと王道に世界征服とかですよ」

「……一般的な見解では、そうなっている。魔物を血液一滴から生み出し、世界へ解き放ったのもその為だとな。けれど、少し考えれば疑問が浮かぶ筈だ」


 博士の疑問視する点は、以下の通りだ。


 ・【太古の魔】は、どうして自身で行動しなかったのか。


 ・何故、勇者の軍勢が完成するのを、孤島でじっと待っていたのか。


 ・そもそも世界征服する目的は?


 ・現在、孤島に君臨しているとされる“魔王”とは何者なのか。その関連性は?


「……ちなみに専門家である博士のお考えは?」

「儂の推論は、『魔王自体は然程さほど強くなかったから』だな。唯一の能力だったからこそ、魔物を生み出すという神の所業をせたのだろう。世界征服というのも、ただ魔物達をうとむ生命への憎悪だったのかもな」

「おぉ〜なるほど、だから自分は動かなかったんですね」

「実際にそのような記述が見つかったわけではないので、これは妄想とも区別できん推論で終わりそうだがな」


 自嘲じしょう混じりに推察をくくり、それでもロレンゾは勇者物語に心踊っているようだった。


 過去に何が起きたのか、壮大な歴史を想像するだけで彼の熱意は加速するばかりなのだろう。


 織田信長とか長尾景虎とか、過去の人物が本当は何を考え、何をしていたのか、実際のところを知りたいのと同じ。


「でもそれだと、今の魔王はどうなんですかね。その島にいるかもなんでしょ?」

「……まぁ、奴等の心配は要らないだろう。本当にいるかも分からないからな」

「あっさりぃ……」


 ロレンゾ博士、現役の魔王にはあまり関心がないらしい。


「それより問題は、アレら・・・だからな……」

「…………」


 この意味深な独り言っぽい呟きに、『今、何か言いました?』って訊いたら、『いいや、何でもない』って必ず返ってくるかどうかを検証したい。


「……今、何か言いました?」

「んあ? 儂は何も食っとらんだろう。目の前にいるのに何を言い出すのか…………馬鹿が」

「なんだ博士、この野郎っ!!」

「ほぁ!?」


 検証結果、聞き間違えたロレンゾ博士の小馬鹿にして来る返答に腹が立って喧嘩になります。

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