第六場 - 修道僧ロレンスの庵にて

「見てロミオ……雪よ」

「ホントだ。もうすっかり冬だね」

「キレイ……! こないだまで夏だったのに、一年ってホントあっという間ね。あと数週間したら、もうクリスマスにお正月……」

「今年はサンタさんに、何頼もうかなぁ」

「もう、ロミオったら」

 ロミオがジュリエットの頬を人差し指でツンツンと叩く。季節はもう、十二月だった。窓辺に降り積もる雪を眺めながら、寄り添う恋人同士カップルがクスクスと笑った。俺はそんな二人の後ろで、やれやれと肩をすくめてみせた。


「バカだなぁ、お前ら。高校生にもなって。良いか? サンタってのはな……」

「オイオイ一郎。君にだって、欲しいものの一つや二つくらいあるだろう?」

「あのなぁロミオ。サンタってのは、”良い子”にしてないとやって来ないんだぞ」

「え……」


 その瞬間、時が止まったかのように部屋の中が急に静まり返った。ロミオとジュリエットの目が宙に泳ぐのを、俺は見逃さなかった。俺はコタツで体を丸めたまま、畳み掛けるようにニヤニヤ笑った。


「そ……そうだったのかい?」

「し、知らなかったわ」

「そうだよ。ちゃんと一年間行儀よくしてないと、プレゼントなんてもらえる訳ないだろ。お前ら高校生にもなって、無茶苦茶やってっから。サンタさんは、ちゃーんと見てるからな」

「そ、そうか……」

 ロミオとジュリエットが何やら意味深に目配せし合った。すっかり意気消沈する二人を尻目に、俺は揚々とみかんを頬張った。


「一郎はサンタクロースを信じ……いやサンタさんを、とても楽しみにしてるんだな」

「そりゃそうだろ。だって一年間頑張ってたら、無料タダでプレゼントもらえるんだぜ?」

「ち、ちなみに……」

 よほどショックだったのだろうか、ロミオがぎこちない笑顔を浮かべながら俺に尋ねた。

「一郎は、今年のクリスマス何か欲しいものは……あるのかい?」

「え? 俺? そうだなァ……」

 腕時計だ。防水・防塵にソーラー電池の、去年出たばっかりの最新モデル。本当はもう、サンタさんにはちゃんと数週間前に『フィンランド宛て』で手紙を送っていたのだが、何だか恥ずかしいので二人には内緒にすることにした。


「それはまぁ、クリスマスまでのお楽しみって事で。でもきっとロミオも、見たら羨ましがると思うよ」

「そ、そうかい?」

「た、楽しみね。クリスマス……」


 それから二人は逃げるように自分たちの部屋へと帰って行った。いつもなら、遅くまで延々と俺の部屋に居座るのに。急に広々とした部屋の中で、俺はクリスマスまでの残りの日数を数えつつ、ワクワクしながら眠りについた。


□□□


「……誰だ!?」


 深夜二時過ぎ。

 急に部屋の中でガサゴソと物を漁る音がして、俺はびっくりしてコタツから飛び起きた。暗がりの中目を凝らすと、上背のある謎の人物が、あろうことか俺の机の中身をひっくり返しているのが見えた。


「ロミオか?」

 俺は目を細めた。とりあえず俺の部屋で怪しい動きをしている奴がいたら、そいつは十中八九ロミオかジュリエットのどちらかだ。よく見ると全身真っ赤なタイツを着て、口元にたっぷりと白ひげを蓄えている。


「何やってんだお前、他人の部屋で」

「フォ、フォフォフォ……。どうやら見つかったようじゃな」

「フォ?」


 その人物は俺を振り返ると、今まで聞いたこともない奇妙な笑い方をした。


「誰だよ、アンタ」

「ワシは……サンタじゃ。サンタクロースじゃよ」

「サンタだぁ?」

 俺は急いで立ち上がって、部屋の電気をつけようと右手を伸ばした。するとサンタを名乗る謎の人物が、慌てて俺の手の甲を平手打ちしてきた。


「痛え! 何すんだよ!?」

「やめろ! 電気をつけるな!」

 全身赤タイツの男が鋭く声を尖らせた。

「姿を見られたらマズイのじゃ……ホレ、ワシはサンタクロースじゃからな」

「サンタ、だと……」

 俺は改めてマジマジと侵入者サンタを見つめた。暗闇に目が慣れてくると、なるほど確かに日本人離れした顔立ちをしている。上背は俺よりあって、ちょうどロミオと同じくらいだろうか。年齢は、俺と変わらないように見えた。


「嘘つけ。サンタってもっと、お爺さんだろ」

「そりゃいつの話じゃ。最近は少子高齢化で、サンタクロース業界も人手不足なのじゃ」

「この忙しい時期に、サンタがわざわざ俺の家に何の用だよ?」

 俺が訝しむと、サンタが顎髭を撫でながら、困ったように唸り声を上げた。


「ふむ。実はの……今度のクリスマス、君の頼んだプレゼントが何なのか、ちょっと知りたくなっての」

「え? 俺の?」

 俺は不意打ちで嬉しくなって、ドキリと胸を高鳴らせた。


「そうじゃ。君が何を頼んだかが分かれば、コッチも対策ができると言うか……ごにょごにょ」

「でも……毎年、手紙送ってるだろ?」

「ま、毎年? 毎年サンタに手紙を送っているのかい、一郎?」

「そうだよ。何で俺の名前知ってるんだ?」

「そ、それは……もちろんワシが、サンタクロースだからじゃ!」

「フゥン……もしかして、届いてねえの?」

 俺は首をひねり、しどろもどろになるサンタに詰め寄った。

「い、いや……届いておる。届いておるよ。ただちょっと、失くしてしまったというか……!」

「失くした??」

「いや失くしてなかった。手紙はあるんじゃが、その……近づくな!」

 急にサンタが頬を打ったので、俺はその場で悶絶した。


「痛え!!」

「か、顔を見られては困るのじゃ……! ワシは、サンタクロースじゃからな」

「だからって、何も殴らなくても……」

「スマン。子供たちの夢を守るため、君を殴った」

 何とも理不尽な殴られ方だ。俺はヒリヒリとする頬を摩りながらヨロヨロと立ち上がった。


「もしかして、日本語だったから読めなかったとか?」

「そ、そうじゃ! だから知りたかったのじゃ。一郎が何を欲しがっているのか……」

「分かったよ。それじゃあ、今度ロミオに頼んで英語で手紙送り直すから……」

「そりゃあ良い! ぜひそのロミオくんに、プレゼントの内容を教えて上げてくれ給え」

 俺の一言に、サンタの表情に安堵の色が浮かんだ。


「その代わり、一つ頼みがある」

「頼み?」

「あぁ。そのロミオと、後恋人のジュリエットの二人にも、プレゼントを上げてくれないか」

 ぽかんと口を開けるサンタに、俺はポリポリと頬を掻いた。


「あいつら二人とも、今年良い子にしてなかったから、プレゼントもらえないんじゃないかって不安がっててさ。俺だけもらうのも気まずいから、二人にも何か渡してくれよ」

「一郎。君って奴は……」

「一郎?」

「田中くん、何やってるの? もう夜中よ……」


 すると扉の向こうから物音がして、ロミオとジュリエットの眠そうな声が飛んできた。サンタが急に顔を強張らせた。

「いかん! もう行かねば!」

「あ! サンタさん……!」

 俺が止める暇もなく、サンタは開け放たれた窓に猛ダッシュすると、そのままターザンみたいな叫び声を上げて下へと墜ちて行った。俺は急いで窓から顔を出したが、眼下には降り積もった雪が見えるだけで、すでにサンタは姿を消していた。


「一郎? どうしたんだ、こんな夜中に……」

 振り返ると、入り口から二人が、不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。俺は窓枠から手を離し、肩をすくめた。

「……何でもない。寝惚けてたみたいだ」

「そうかい? 大丈夫か、その怪我は?」

「お前こそ、何だよその赤パジャマ」

「見てロミオ……雪よ」

 ジュリエットが窓に近づいて、嬉しそうに外を指差した。


「ホントだ。もうすっかり冬だね」

「キレイ……!」

「今年はサンタさんに、何頼もうかなぁ」

「もう、ロミオったら」


 窓辺に降り積もる雪を眺めながら、寄り添う恋人同士カップルがクスクスと笑った。俺はそんな二人の後ろで、やれやれと肩をすくめてみせた。

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