第五場 - キャピュレットの館の大広間

「Uummm……困ったなぁ……」

「そうね、困ったコトになったわね」


 今日も今日とてロミオとジュリエットは、わざわざ俺が住む部屋へと上がり込んできて、二人して『膝枕&耳かき』を始めた。それに加えて、さっきから何やらブツブツと困り顔で呟き続けるもんだから、俺はとうとう読んでいた漫画雑誌を放り投げ、ぶっきらぼうに質問を投げかけた。

「何が?」

「実はね、一郎」

 ロミオが、ジュリエットの膝に頭を乗せたまま、何だか物憂げな顔を見せた。

「僕たちどうやら……『倦怠期』みたいなんだ」

「倦怠期!?」

 俺は目の前で『膝枕&耳かき』をする恋人たちをマジマジと見つめた。ロミオは恋人の膝の上で気持ち良さそうに目を細め、小さく頷いた。


「そうなんだ。ホラ僕らのこの距離感……見ていれば何となく、分かるだろ?」

「いや全然分かんねえ」

「はぁ……。僕は今まで、ご飯を食べている時もお風呂に入っている時も、四六時中ジュリエットのコトを考えていたんだけれど……」

 ロミオが深々とため息を漏らした。

「今では時々ジュリエットの間に……例えばゴミの日なんかに……ふと一郎のコトも頭を過ぎるようになっちゃったんだ」

「いや何でゴミの日に俺を思い浮かべるんだよ! もっとマシな日あっただろ」

「私も基本一日中ロミオのコト考えてるんだけど、ケチャップが切れた時とか、つい田中くんのコト思い浮かべちゃうわ」

「俺をパシらせる気マンマンじゃねーか!」

 ジュリエットが優しくロミオの頭を撫で、ロミオは逆側の耳を差し出した。


「お前ら倦怠期の意味本当に分かってのか」

「まぁなんだ、その、つまり」

「ヒトに後頭部見せながら喋りかけてんじゃねえ」

「どうしても僕ら、長く付き合ってると『慣れ』や『飽き』が出ちゃってね……何か良い倦怠期の解消法は無いかと、一郎に聞きたかったんだ」

「解消法って言われても……」

 俺はこの頃なお仲睦まじくなっていく二人を見つめながら、軽くため息を零した。あのロミオとジュリエットの倦怠期だと言うから、一体どんなものかと思っていたら……。


「……別に、わざわざ解消しなくても良いんじゃねーのか?」

「何だって?」

 俺は肩をすくめた。ロミオが怪訝な顔をして起き上がったので、危うく耳かきが突き刺さりそうになっていた。

「だって……倦怠期倦怠期ってお前ら悪いように言うけど、端から見たら余計仲良くなってるようにしか見えないし……」

「そうかな?」

「より仲良くなって、相手の良いところ以外も見えるようになったって事だろ? なら別に良いじゃん。ホラ、”相手の良いところだけじゃなくて、悪いところも十個挙げられてこそ本当に仲が良い”って言うぜ」

「そうか……そう言う考えもあるのか」

「私は、ロミオの良いところ十個言えるわ! カッコいいところでしょ、優しいところ、頼りになるところ……十個じゃ全然足りないくらい」

 ジュリエットが嬉しそうに胸を張った。

「僕だって同じさ。ジュリエットの良いところなら、一晩中だって言い続けられるね」

「じゃあ、悪いところは?」

「それは……」

 ロミオとジュリエットが少し考え込むように顔を見合わせた。


「思いつかないな……」

「私も……何も出てこないわ」

「じゃあチャンスじゃん。倦怠期で、相手の悪いところにも気づくチャンスだよ。そうやってもっともっと、相手と仲良くなっていけば良いんじゃねえの?」

「そうか……そうだね。そう考えると、ちょっとは気持ちも楽になるのかも……」

「ありがとう、田中くん」

 ジュリエットが嬉しそうにほほ笑むので、俺は少し恥ずかしくなった。


「良いよ、お礼なんて」

「私、田中くんの良いところも十個言えるわ」

「え?」

「僕もさ!」

 ロミオとジュリエットが身を乗り出して来た。

「先ずホラ、『醤油を買って来てくれるところ』だろ? それから『大広間のトイレ掃除を毎週欠かさず一回はしてくれるところ』」

「『洗濯物を綺麗に畳んでくれるところ』とか、『朝早起きしてお弁当を作ってくれるところ』なんてのもステキね!」

「それは良いところじゃなくて、最早『やってほしい事リスト』だろ!」

 

 それから俺はロミオとジュリエットが俺のベッドでうたた寝している間に、切れかけていた醤油を買いにスーパーに走り、三人分の部屋の風呂場やトイレを掃除し、洗濯物を取り込んで、全員の夕食の準備と明日の弁当の下ごしらえを済ませた。明日も良い天気になりそうだった。

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