第三場 - キャピュレットの館の一室
「見て、ロミオ。この照明オシャレじゃない?」
「本当だ。値段はでも、Oh……そこそこするね……」
「やめとけ、やめとけ。そんなの」
「でも、このピンクのカバーが、壁紙の色とぴったりじゃない!? ねぇ、買おうよロミオ。こんな可愛いライトがあったら、部屋もとっても華やかになるわ」
「そうだねえ。ジュリエットがそう言うなら……」
「こないだ、黄色い奴買ったばっかじゃねえかよ。あんま無駄遣いすんなって!」
「ちょっと!」
にこやかにロミオの腕に抱きついていたジュリエットが、急に険しい顔をして俺を振り返った。
「なんでわざわざ私たちの会話に入って来るのよ、田中くん!」
「なんでって、そりゃ……」
ずずいっ、と顔を近づけて来るジュリエットに、俺は鼻息を荒くして叫び返した。
「お前らが買った大量の食器やら電化製品が、俺の家で置物になってるからだ!!」
俺は今、ロミオとジュリエットの三人で、百貨店の家具売り場に来ていた。ベッドや照明器具などが並べられたコーナーで、俺は両手に紙袋を抱えながらジュリエットに詰め寄った。
「大体何で、俺ん家にお前らの家具置いとかなきゃいけないんだよ!? おかしいだろ!」
「まぁまぁ、落ち着いてくれよ一郎」
ロミオがやれやれ、と言った顔で割り込んで来た。
「ちょうど僕らの部屋の間に、君の部屋があるんだから。仕方ないじゃないか」
「何が仕方ないんだか、さっぱり分からねえ」
白い歯をキラリと輝かせるロミオに、俺はふつふつと湧き上がって来る怒りをグッと堪えた。
「照明だって、もう二つくらいあるだろ。しかもダンボール開けてない奴。おかげでもう俺ん家、足の踏み場も無いじゃねえか」
「ねえロミオ、もうお昼にしましょうよ」
「そうだな、そうしようか」
「話聞いてんのかコイツら」
どうやら二人の間では、俺がイライラしている時は『とりあえず腹さえ満たしておけば良い』程度の認識らしい。それはまぁ確かにその通りなのだが、この日の俺はさすがにもうちょっと粘った。
「大体夜中にバターとか砂糖とか、俺ん家に借りに来るの止めろよ」
「あと片栗粉とか卵とか」
「麦茶とか乾電池とか、ね」
「俺ん家はコンビニじゃねえっつーの!」
俺が地団駄を踏んでいる間に、二人はスタスタと歩いて行ってしまった。
「オイ、ちょっと待てよ……」
「ダメよ!」
俺が追い縋ろうとすると、ジュリエットが鋭く声を上げた。
「来ないで。ここから先は、私とロミオの二人だけの時間なんだから!」
「えぇ……」
「そうだね。一郎、それはちょっとデリカシーがないと思うよ」
「お前らが呼んだんだろうが」
俺は拳を握りしめた。ロミオとジュリエットが、自分たちが抱えていた紙袋を押し付けて来た。
「良い!? 絶対ついて来ちゃダメよ!」
ジュリエットが俺に念を押した。
「それ、ちゃんと持って帰ってよね!」
「気をつけて帰るんだぞ、一郎」
「何だよ……」
身軽になった二人が軽やかな足取りでフロアから去っていくのを、俺は紙袋に囲まれ、呆然と立ち尽くしながら見つめていた。
……さすがにもう、限界なのかもしれない。
家に帰っても、電気も付ける気にならなかった。窓の外からカラスの鳴き声が聞こえる。差し込んだ夕日が、俺の顔の右半分を薄暗く照らしていた。天井まで積み上がった大量の段ボール箱を見上げて、俺は一人部屋で体操座りをしていた。
片田舎を離れ、憧れの、都会での高校生活。憧れの一人暮らし。一体どうしてこうなってしまったのだろう。なぜ自分の部屋で、肩身の狭い思いをしなければならないのか分からないが、やはり恋人同士の間に割って入って住んでいるのが間違っていたのだ。遅かれ早かれ、いつかはこうなっていたのだろう。
引っ越そう。
部屋に溢れそびえ立つ『ロミオ&ジュリエット』グッズの海の中で、俺はついにそう決心した。契約している不動産会社に電話しようと番号を押したその時、
『ピンポーン』
と音がして、玄関の向こうに人の気配がした。
ゆっくりとドアを開けると、そこにはロミオとジュリエットが立っていた。
「一郎」
「田中くん」
「お前ら……」
「「誕生日おめでとう!」」
「え?」
ぽかんと口を開ける俺の前に、二人がシフォンケーキを差し出して来た。ロミオが申し訳なさそうにぽりぽりと顔を掻いた。
「今日はごめんよ、一郎」
「え? え……」
「サプライズがしたくって。田中くんにプレゼントを見られる訳にはいかなかったから、キツイこと言っちゃってごめんね」
ジュリエットが舌を出した。よく見ると、彼らの足元にプレゼントらしきものが置かれていた。そうだった。二人に振り回されっぱなしですっかり忘れていたが、今日は俺の、誕生日だった。
「じゃあ、もしかしてバターとか卵とか……」
「田中くんの誕生日ケーキを作るために使ってたのよ」
「そうだったんだ……」
「実は、ずっと黙っていたんだけど」
ロミオが少し言い辛そうに切り出した。
「僕たち、来週から引っ越すコトにしたんだ」
「え?」
突然の話に、俺の頭はさらに混乱した。
「親の意向で、このマンションから、もっと広い
「何だよ、そんな急に……」
それで、このところ家具やら電化製品をやたらと新調していたのか。
「この街を、離れるコトになる」
「!」
俺はハッとなって顔を上げた。ロミオの瞳の奥は、よく見ると哀しみを帯びていた。
「ロミオ……」
「一郎……今までありがとう」
ロミオとジュリエットが、そっと俺の手を握りしめて来た。俺は、さっきまで自分が引越しを考えていたくせに、急に胸がかあっと熱くなった。
「何だよ。じゃあ……」
俺は思わず言葉を詰まらせた。
「じゃあここで、お別れってコトか!?」
「いいや。もちろん、一郎の家も間に用意した」
「何でだよ」
「君のお父さんお母さんにも話はつけておいた。来週から、転校だ」
「これからもよろしくね、田中くん」
「だから何でだよ!」
それから俺たちは三人でケーキを食べた。十七歳になった誕生日ケーキは麦茶の味がしたし、乾電池が入っていたりしたが、まぁ美味しかった。
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