第二場 - 街頭にて

『ロミオへ


 昨日は遊園地、楽しかったね! 

 私、ジェットコースターとか絶叫系ホントダメだったんだけど、ロミオと一緒だからガンバって乗ったよ。お化け屋敷では、ずっとしがみ付いててゴメンね。チョコバナナクレープごちそうしてくれてありがとう。

 また一緒に行こうね。ゼッタイ、約束だよ。

 P.S.入園ゲートで二人で撮った写真、待ち受けにしてるよ♡


 ジュリエットより』


『ジュリエットへ


 僕の方こそ、楽しい時間を一緒に過ごしてくれてありがとう! 

 昨日はあいにくの雨だったけれど、内容はとてもエキサイティングだったね! 

 ジェットコースターやお化け屋敷もだけど、僕が一番印象に残ってるのはやっぱり観覧車かな。今思い出しても、顔が赤くなっちゃうくらいだ。あの時僕が耳元で囁いた愛の言葉は、二人だけの内緒にしといてくれよ。一郎にも秘密だぞ。

 今度は是非晴れた日に、お弁当を持って行こう。天気のいい日に丘でランチにしたら、きっと楽しいと思うよ!

 P.S.僕の待ち受けは、コーヒーカップ乗り場で撮った奴さ。キャットを抱えてる君のスマイルが最高!


 ロミオより』


『ロミオへ


 やだ、ロミオったら!///

 もちろん、秘密にしておくわ。あの時のコトは……思い出すだけで、私も胸がドキドキしちゃうわ。信じてもいいのよね? ごめんなさい。こんなコトを書くのは決して疑っている訳ではなくて、あんまり幸せだったから、これって本当に現実なんだろうかって不思議に思っちゃうってコト。私はロミオを愛してる。たとえ貴方の家が、皇帝派だろうと。それは決して変わらないコトよ。


 ジュリエットより』


『ジュリエットへ


 もちろん、信じてくれ。だけど人前で言うのは恥ずかしいから内緒にしててくれってコトさ。君の家が教皇派だろうと、僕には関係ない。僕らの恋だけが全てじゃないか。悪いが僕の父上にも、君のご両親にも決して僕らの邪魔はさせない。僕はジュリエットを愛している。それは決して変わらない……』

「何で俺が、わざわざ他人のラブレター代筆しなきゃならねえんだよ!?」

 

 昼下がりの教室に、俺の声が虚しく響き渡った。ロミオが隣の席から、怪訝そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。


「どうしたんだい、一郎? ダメじゃないか、授業中にそんな大声出したりしちゃ」

「いちいち俺を中継地点にするんじゃねえ。文通なら、二人でやり取りすれば良いじゃねえか」

「仕方ないだろう。僕とジュリエットの間に、ちょうど一郎がいるんだから」

 ロミオが肩をすくめた。

「それに、僕らまだ日本語の読み書きが下手クソなんだ。一郎が訳してくれないと、勉強にならない」

「何が『一郎には内緒だぞ』だよ。俺を介して、俺に秘密の話をするんじゃねえ」


 俺は、さっきからロミオとジュリエットの古めかしい英語を訳すのに必死で、脳震盪を起こしかけていた。


「SNSにしろ、SNSに」

「でも、この学校じゃsmartphoneの類は禁止じゃないか」

「ちょっと、田中くん? 早くロミオからの手紙訳してよ」

 待ちかねたジュリエットが、反対側から俺を小突いた。

「まだ、自分だけクレープ買ってもらえなかったコト拗ねてるの?」

「あのなぁ。昨日お前らが観覧車やらコーヒーカップやら乗ってる間、俺はずっと街頭で荷物持ちしてたんだぞ。ちょっとは労っても……」

「だから、三人で乗ろうって誘ったじゃない」

「乗れるかァ!」


 ただでさえ恋人同士のイチャイチャを目の前で見せられてお腹いっぱいなのに、あまつさえ密室空間に押し込まれては、もはや苦行である。


「ごめんね。今度、私の実家からたっくさんクレープ送ってもらうから。田中くんの好きなだけ食べて良いわよ」

「いらねえよ。お前の実家どこの国だよ。郵送してもらってる間に、ドロッドロになるわ」

「それなら僕の実家からも送ってもらおう。”皇帝の愛した、アップルサバクレープ”。イタリアでナンバーワンのクレープだって、観光客の間では有名なんだ」

 ロミオが身を乗り出して来て目を輝かせた。それを見て、ジュリエットがたまらず口を尖らせた。

「あら。私の家だって負けてないわ。あの教皇が選んだ、メロン柳葉魚ししゃもクレープよ。地元民に一番人気なのは、コッチなんだから」

「何で魚介類にこだわるんだよ」


 クレープの皮から飛び出した魚の頭を想像して、俺はたちまち食欲を失った。その間にロミオとジュリエットは、まるで味噌汁の味付けで喧嘩する新婚夫婦のように、お互いの意に反して何だか気まずい雰囲気になってしまった。


「アップルとサバって……悪いけど、クレープとして考えたら、邪道じゃない?」

「そうかな。メロンと柳葉魚ししゃもの方が、ちょっと歯ごたえが悪いと思うけど」

「あら。私は好きよ。子供の頃からずっと、メロンと柳葉魚ししゃもを食べて過ごしてたんだから」

「僕だってそうさ。何なら一郎に二つとも食べてもらって、どっちがナンバーワンか決めてもらおうか」

「ええ、良いわよ。田中くんにお腹いっぱい、食べてもらいましょ」

「ヤダよ! どっちもゲテモノじゃねえか!」

 間に挟まれた俺は悲鳴を上げた。すると、たちまち二人が鋭い目つきで俺を睨んで来た。


「何ですって?」

「それは聞き捨てならないな、一郎」

「い、いや……」

「私のメロン柳葉魚ししゃもを、バカにしてるの!?」

「一郎。実際に食べもしないで他所の国の食文化を否定するのは、あんまり褒められた態度じゃないと思うぞ」

 ロミオが俺を白い目でジロリと睨んだ。


「君だって梅干しやら納豆を真っ向から否定されたら、面白くないだろう?」

「だ、だって……知らないよ。どっちが何派とか。いちいち張り合ってんじゃないよ。梅干し派だろうが納豆派だろうが、外から見てたら大差ないよ」

「コラ、そこ!!」

 俺が二人に凄まれタジタジになっていると、教壇から担任のハゲが鋭い声を飛ばして来た。

「田中! さっきからゴチャゴチャと、授業中に一体何を騒いどるんだ?」

「す、すみません……」

 俺は担任ハゲに指され、横にいるカップルを恨みつつヨロヨロと立ち上がった。


「ロミオとジュリエットが……何かその、宗教的対立で揉めてて……」

「大体そこにいる外国人は、何者なんだ?」

 担任ハゲがロミオとジュリエットを見て、怪訝そうな顔をした。

「勝手に部外者を校内に入れない! 早く連れて行きなさい!」

「お前ら入学手続き取ってなかったのかよ!」


 それから俺はロミオとジュリエットと一緒に家に戻り、二人の作った『林檎とメロンとサバ柳葉魚ししゃもと梅干しと納豆をたっぷり挟んだクレープ』を口の中に強引にねじ込まれた。皇帝派と教皇派と、和食派の歴史的和解の日になった。次の日腹痛で学校を休んだのは、言うまでもない。

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