第4話 狂人症7

「僕の方から、連絡する」

 スマホを貸してほしいと伸ばした手を、しかし賢人は睨み。その視線を浩に向けた。

「なんで?」

 その声音は固く、責めているようにも聞こえた。

 浩は、その声音を、視線を受け止める。

「状況を悪くしたのは僕だ。乾と一緒に来たけど決めたのは僕だ」

「それを認められるとでも?二人が来なくても狂人症だと気づけたよ」

「それは、魔術師としての意見?」

「ああ。末席とはいえ俺も魔術師だ。二人がしたことは事態を早めただけ。責任を負う必要はない」

「かも、ね……」

 それでも浩は手をおろさない。

「責任はないかもしれない。だけど、僕の中にある感情がそれを許してくれない」

 責任感が人一倍強いわけではない。変なところで真面目な部分は自分でも自覚している。

 自覚しているからこそ、そこで割り切って止めてはいけない。割り切ってしまったら自分ではなくなるから。


 長く感じていた沈黙を賢人は長いため息で破った。

「……ぜっっったい、長生きできないよ」

「乾にも言われた」

「そういうところ、直しなよ」

「努力はするよ」

 はいはいと軽く流して、賢人はスマホを浩に貸し出す。

 通話履歴からそのまま雄介の電話にかけ始める。

 コール音が鳴り始め、間を置かず通話がオンになった。

「沢村浩です。……月原局長、僕から、提案があります」

 そして浩は自分が考えた案を電話越しで話す。

「今の状況は賢人から聞きました。幻種が狙っているのは僕だって」

 浩の匂いを完全に覚えられた今、匂い消しの魔術は手遅れ。公園から抜け出すのも不可能。残っている手段は浩の安全を確保した後、匂いを追う幻種を早くみつけること。

「隠れた方がいいと賢人に言われました。だけどそれって、一時間ですか、三時間ですか?」

「それは……」

 残っている手段は本当に一つだけなのだろうか?

 ……まだ、一つだけ残ってる。

 目をつむり、深呼吸する。

「月原局長、僕を囮に使ってください。隠れるよりきっと早く終わります」

「許可できない」

 雄介の返事は予想通りだった。

「一般人である君を巻き込むわけにはいかない。これは息子の友人だからではないんだ、君はまだ」

「一般人でなければいいんですよね?」

 雄介の声に食い入るように声を被せる。

「……何が言いたい?」

 問う雄介の声は冷たい。だが浩は、臆さず言葉を繋げる。


「僕は月原組局に入ります」

 はっきり告げた言葉を雄介はどう受け止めたのか。わからないまま雄介は問う。

「それは息子の入れ知恵か?」

「違います」

 はっきりと否定する。

「僕が自分で考えて決めました」

「……君の選択だ、可能な限りの尊重はしよう。だが、部活や習い事に入るとはわけが違うぞ」

「わかっています」

 わかっていないのかもしれない。素人の浅知恵かもしれない。よく見なくても穴だらけの考え。

 それを隠して、浩は言う。

「僕を餌にして幻種を捕まえてください」

 お願いしますと言葉を締め、雄介の返事を待つ。

 長く感じた沈黙の後、雄介の息を吸う音がする。

「……わかった、認めよう。鉄浪君もな」

「乾も?」

「自分で何かできないか悩んでいた。責任だ、二人とも入ってもらう。鉄浪君もそれでいいな?」

 最後はそばにいるのだろう乾に確認を取り、わかったという声がかすかに聞こえ。

「緊急のため、一旦略式で済ます。時間をさかのぼって本幻種事件を取り組む直前に、沢村浩、乾鉄浪の両名の月原組局への入門を認める」

 月原雄介のその言葉に。

「……ありがとうございます」

 浩は一言だけ返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る