第4話 狂人症3

 乾は噴水広場へと着いた。

 月原運動公園の中心にあるこの広場は、この時間でも噴水は動いているようで水の流れが聞こえる。

 だが、そこには誰もいなかった。

 警察が通行止めをしているから一般人はいないのは当然として、雄介や他の月原組の人間もいないのは気にかかる。

「……んだよ、誘い込めって言ったのは向こうだろ」

 息を切らせながら文句を言う。父親はすぐに迫ってきている。

 どうするべきか考えあぐねていると耳に声が響く。

『噴水の前に立て。合図を送ったら駆け出せ!』

 雄介の声に従い、噴水の前に立つ。父親が乾のいる方向へ向かっていく。

「今だっ!」

 通信越しではない生の声がして乾は父親に背を向け駆け出した。

 乾が立っていた場所に父親が立つと同時に地面から幾本もの鎖が飛び出す。飛び出した鎖は腕と足に絡みつき地面に引き寄せるように乾の父親を縛りつけた。

「す、すげえ……」

 腕の爪を使って急ブレーキをかけて振り返った乾は父親を縛る鎖を見、そして暗闇から姿を現す雄介たちを見て乾は呟いた。

 雄介は構成員たちに指示を出しながら乾のほうへと向かっていく。

「お疲れ、乾君」

 ぽんと肩に手を置かれ労う雄介に乾は気恥ずかしそうに肩に乗った手を払う。

「……親父は、どうなるんだ?」

「ひとまずは警察の幻種対策課に連絡だ。ここまで込み入った幻種事件は一度魔術側の司法へ引き渡すものだからね」

 手を払われた雄介は乾の横に立ち、懐に何かを取り出そうと腕を入れた。

「明るくなったらもう一度うちへ来てくれ」

「……なんでだよ?」

「未登録の幻種というのはそれだけで危険視される。絶滅したとされた極東人狼種ならなおさらだ」


 縛られた人狼の耳が何かに反応するようにピクリと動いた。


「幻種としての身分を証明するために必要な処置だ。君の場合は少し手続きが面倒だけどね」

「親父もするんだよな?」

「ああ、もちろん」

 スマホを取り出した雄介はおそらく警察だろう相手に連絡を入れようと乾に背を向ける。

 通話音が乾の耳に入る。

 父親のした事は許されない事だ。極刑とまではいかずともそれなりの長い期間、刑務所に入ることになるのは間違いないだろう。

 乾は視線を縛られている父親に向けた。

 父親は拘束を解こうと唸りながら鎖を引っ張っている。

 嫌な予感が乾の胸によぎる。

 自分も同じ行動をした。自分では解けなかった。だが、父親は?

 鎖を引っ張る動きは加減というものを知らないと言うように力強い。

 鎖にヒビが入る。


 乾は思い出した。

 最初のレージングでも二つ目のドローミでもフェンリルを縛ることはできなかったことを。


 鎖が砕かれた。

 地面に膝をついた父親から声がした。

「同族……、ナぜ、邪魔をスる……」

「同族?」

 無理矢理人の言葉を口にしたかのような声に乾は眉をひそめる。

「なにが同族だよ……」

 その言い方は乾の感情を逆なでた。いろんな感情がないまぜになり口から出た。

「それが……それが息子に言うセリフかよ!!」

「乾、下がれっ!」|

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