第3話 紫電の人狼4
頭で考えるより先に体が動いた。
伏せた沢村の頭上から何かが通りすぎた。沢村が気づくより前に乾が何かに向かう。伏せたまま顔だけを暗闇に向ける沢村の耳には狼の、獣の唸り声が二つ聞こえた。
それとは別に周辺からガサガサと何かが近づく音がし始める。
何が起こっているのか疑問に思う前に周辺が明るくなった。急に明るくなったため顔をしかめる沢村に聞き覚えのある声が降ってきた。
「浩君、なぜここに!?」
「その声、おじさん?」
逆光で見えにくくなっているがその姿は月原雄介だった。
「すいません、おじさん。でも僕は……」
「話しは後で聞く。堅侍、彼を後方へ」
呼ばれた構成員が沢村の前に出て立ち上がらせる。
「ま、待ってください、まだ乾が近くに!」
沢村の言葉を後押しするように別の構成員が二体の人狼を発見したと報告する。
「乾君まで……!」
言葉の端から感じられる雄介の苛立ちがしてはいけないことをしてしまったと沢村に後悔させる。
何か言ったほうがいいのだろうか、それとも黙って事が済むのを見ていればいいのか。沢村には判断ができない。
悩んでいる沢村を置いていくように雄介は他の構成員に指示を出していく。
「幻種は予定していたポイントへ誘い込め。ただし、殺すな!幻種対策課にも連絡、急げ!」
てきぱきと指示を出している雄介の姿は沢村にとっては初めて見る姿で、その手際のよさに局長と呼ばれるだけの実力が素人の沢村にもわかる。
結局何も言えないまま、構成員に後方まで連れていかれることになった。
堅侍と呼ばれた構成員に連れられた『後方』は体育館だった。体育館の前にはいくつものワゴン車が並んでおり後部から何かしらの道具をテントに運んでいる構成員が何人もいる。
その構成員たちに指示を出している人物は沢村達に気づくとすぐ市原を呼んでくれた。
「沢村、お前なんでここに。眠らせたはずなのに……」
開口一番、そう言った市原に沢村はやはり薬で眠らされてたと内心ショックを受ける。
「……乾に起こされて」
「そっか。……ごめん」
「……いいよ、気にしてない」
安全を優先したのもあるだろうし、これ以上深く踏み込まれないようにしたのだろう。感情が追いつけないが理解はできる。
「乾は?」
「公園の奥。たぶん、乾のお父さんがいたんだと思う」
暗闇の中、乾が伏せろと言わなければ自分は死んでいたのかもしれない。
急に体が震えだす。寒気が背中を走り、ひざが笑っている。
「……あれ?」
落ち着けと心の中で何回も唱えても体が言うことを聞かない。
「沢村?」
「ごめん、だいじょうぶだから大丈夫……」
言うも大丈夫に見えないのは誰が見ても明らかだ。
目から涙が出始める。
「なん、で……?」
そっと沢村の肩にタオルが置かれる。
「浩、お前は生きてる。大丈夫、大丈夫だから」
ワゴン車の横まで付き添われ、ドアを背にして座らせ市原もその横に座り込み、肩を優しくたたかれる。
「怖くて当たり前なんだ、幻種なんて存在。普通に生きてりゃまず気づかない」
「でも、市原や、乾は……」
「俺はまぁ、そういう家に生まれたから」
「怖くないの……?」
タオルで涙を拭きながら沢村は尋ねる。市原は、夜空を見上げながら。
「怖いとか怖くないとか、そういうのないんだよね。なんていうか、それが当たり前にあるから、怖い部分も怖くない部分もそこそこに知っているから大丈夫というか」
市原の言葉には裏表がなかった。本当に市原にとっては当たり前の世界なのだ。
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