Wealth side-Miori- 4
――Age 32――
帰宅して、お風呂で身奇麗にしてから、ベッドにごろりと横になった。
今日も疲れたなぁ。立ちっぱなしの仕事なので、足が浮腫んでいる。
寝転んだまま、高校の卒業アルバムを見返していると、ベッドサイドで充電していたスマホが鳴った。
表示されたテルという名前に言葉を失う。
別れてから、もう三ヶ月も経つのに一体なんの要件があるのだろう。
私が躊躇している間も、スマホはずっと鳴り続けている。
恐る恐る、受話器のマークをスライドして耳に当てた。
「はい」
「……久しぶり、美織」
少し前まで、すごく近くに聞こえていた声が今では遠い。
同じように久しぶりと軽く応えられない。
まるで石になったかのように、体が固まってしまっている。
なんの話をするつもりだろう。
出来ることならこのまま、スマホを切って、耳を塞いでしまいたい。
「あのさ、元気してるかなって思って」
こちらの様子を窺っている彼の声に、居心地悪さを感じる。
不安から身を守るように体を縮めて、彼の意図を探る。
「なにか、用ですか?」
私の素っ気ない返しに、彼は苦笑いを浮かべた。
「冷たいな」
「……そうですかね」
「用件は単刀直入に、やり直さない? 俺達」
あまりに軽い一言に面食らう。
私と一緒に居られないと、一方的に別れを告げたのは彼なのに、一体なにをやり直したいというのだろう。
同じ口で言う彼の気持ちが理解できない。
「やり直すって、なにを?」
「相変わらずニブいな。もう一回付き合おうって言ってるんだよ。俺、やっぱり美織が一番好きだ」
やっぱり、という単語に引っかかる。
やっぱりと思うなら、別れようと言ったあの時の態度はなんだったのか。
やっぱりと言える今は、何を心変わりしたというのか。
危うく責めるような言葉を口にしかけて、ふぅっと溜め息に変えた。
「返事は今すぐじゃなくていいからさ」
「……あんな別れ方して、よくやり直そうって言えるよね」
「俺も反省してるって。美織が本読むの好きなのなんて、今に始まったことじゃないのにな」
付き合ってしばらくしてから気付いたことだけれど、彼は読書家でもなければ、特に本に興味を持ってはいない人だった。
彼はゲームが好きなインドア派で、私の読書というインドアな趣味に惹かれたらしい。
最初は一緒に本を読んだりしていたけれど、次第にお互い好き好きに時間を過ごすようになった。
それを、別に咎めたりはしない。
趣味や味覚みたいなものは、一つ二つくらい同じものを共有しなくても、一緒にいることの妨げにはならないと思うからだ。
けれど、彼はそういう考え方ではないらしい。
私は本を読むことに集中し始めると、彼の返事を疎かにしてしまうことがあった。
ゲームをしているときの彼も同じ事をしていて、お互い様ではあるのだけれど、彼は私の本ばっかり読んで、返事すらおざなりな態度が気に入らなかったらしい。
別れる数日前は、本当に最悪で、本を破かれたときは、私もキレた。
一緒に居た空間の居心地よさを知っていたから、彼と結婚したいとすら思っていた。
こんな別れ方をしなければ、結婚していたのかもしれない。
そのくらいには好きだった。
「ねぇ、美織。聞いてる?」
「……ごめんなさい」
「それは、なんの謝罪?」
「もう、元の関係には戻れない。だから、ごめんなさい」
「……好きな人でも出来た?」
好きな、人。
私の好きな人、は……。
横に置いていた卒業アルバムに目をやる。
最近、よく昔のことを思い出す。
レシピノートに挟まっていた四つ葉のクローバー。
そして、卒業アルバムに描かれた四つ葉のクローバー。
どちらも、九重くんのくれたものだ。
「……いない、よ」
伝えることもなく、終わった初恋。
彼の想いに気付かない振りをして、終わらせた恋。
彼の残した四つ葉のクローバーを見つけてから、閉ざした思い出が溢れてくる。
なぜだろう。今は電話しているテルくんとの思い出よりも、九重くんとの思い出を強く思い出している。
「いないんならさ」
「そうじゃないよ。好きな人がいなくても、もう戻れないよ」
傷付けあって別れたのだ。
関係を修復するのは簡単なことじゃない。
まだテルくんは言葉を紡ごうとしている気がしたから、私は「さようなら」と一方的に通話を切った。
その夜、もう一度スマホは鳴ったけれど私は手にすることはなかった。
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