Wealth
side-Miori-
Wealth side-Miori- 1
――Age 17――
高校生になっても、女子の中での一番の話題は恋愛だった。
誰が誰を好きだとか、付き合っているだとか、イケメンだとか、そういった話題。
恋愛という感情はどのようにして生まれていくのだろうか。
つい最近まで、私は適当に笑って流していたけれど、本が好きなことを理由に図書室や中庭へ逃げたりするようになっていた。
小説、エッセイ、漫画、辞書、図鑑、絵本。
ジャンルも多種多様、なんでもよく読むほうだと思う。
今日も創作の世界へ逃げ込んで、私は疎ましい話から耳を塞いだ。
高校二年生。梅雨だと言っても、雨の降らない空梅雨で、もう夏を迎えてしまったかのようにジメジメと暑い。
パタパタと下敷きで仰ぐ音の響く教室で、私は今、人生の大きな転換点にいるらしい。
手の平サイズに裁断されたコピー用紙に、枠が三つ。
名前と第一志望から第三志望までの記入をするようにと言われたけれど、そのホームルーム中にはとても思いつかなかった。
私はなにがしたいんだろうか。
空欄の紙とにらめっこしながら、シャーペンで机をコツコツとつつく。
中学の頃を思い出した。
あの頃も、特にやりたいことが見つからなくて、進学先なんてどこでもいいと思っていた。
友達が制服が可愛いと言っていたからこの高校を選んだけれど、いざ着てみると私にはあまりしっくりこなかった。
高校デビューしていく友達を遠くで見詰めながら、これでよかったのかと考える毎日。
一年先も想像できないのに、どうやって将来のことを考えたらいいのだろう。
それとも、みんなはずっと先の将来のことを考えて生きているのだろうか。
「授業中に出せないヤツは放課後までに持ってきてくれ」
よかった、猶予ができたと、ホッと胸を撫で下ろした。
チャイムが鳴ると、私は用紙をバッグに仕舞って、お弁当と本を持って席を立った。
進行方向に人だかりが出来ていた。
クラスの女子で一番活発な諸里さんと、美人な竹内さん。他にも三人女子がある席を囲うようにして集まっている。
中心に居るのは男子だ。
九重 穣くん。背は普通くらいで、痩せ型。
アシンメトリーでやや茶色の髪は緩くセットされている。
ご実家が美容室だというのは聞いたことがある。
それが関係しているのかはわからないけれど、彼はとてもオシャレだ。
まるで雑誌の表紙の男の子みたいだ、と思っていた。
いつも、九重くんの周りには人が居るけれど、彼は自由にふらっとその輪から離れて、一人の時間を過ごしていたりする。
それでも、彼の席は常にあって、離席して戻ってきた後も、今までいたのと変わらないくらい自然に会話に溶け込んでいける。
猫のように気ままにいる九重くんを、私は羨ましいと思っていた。
女子の群れがはけていったので、私は遠慮なく横を通らせてもらった。
最近は、中庭で本を読んでお昼を過ごすのが楽しみだった。
絶好の日陰ポイントだけれど、中庭はあまり
確かによく風の通り抜ける教室よりは涼しくないし、芝生と記念樹のお陰で虫の生活しやすい環境が整っている。
最近は男子でも虫が苦手な人がいると聞く。
私は昆虫が嫌いな方ではない。ここ、中庭では先日小さなクワガタを見かけて感動していた。
母の作ってくれたサンドウィッチを片手に、文庫本を読む。
今日のお供は森鴎外の『舞姫』だ。
小説の好き嫌いはないけれど、得意不得意はある。
『舞姫』は、ヒロインに感情移入してしまい、ちょっと苦手だ。
それでも、読むことは好きなので、諦めずに読み進める。
気付けばチャイムが鳴って、私は現実へと引き戻された。
教室に戻ると、諸里さんと竹内さんの髪型が変わっていることに気付いた。
時折、九重くんが女子の髪を結んでいることがある。
恐らく彼の席に集まっていたのは、ヘアセットを頼んでいたのだろう。
私は自分の髪を指で弄る。
――いいなぁ。
彼女達のようになれるとは思わないけれど、腐っても女子。少しはオシャレをしてみたいとも思う。
……思うだけで、踏み込もうという勇気はないけれど。
放課後、私は軽い足取りで図書室へと向かった。
席にバッグを置かせてもらって、図鑑の置いてある低い本棚へと歩み寄る。
今日はなんの本を借りようか。
常に未読の本が三冊くらい手元に無いと落ち着かないので、図書室にはよく入り浸っていた。
本棚の間に座り込んで熱心にタイトルを追っていき、野草の本を手にして立ち上がった。
すると、九重くんがこちらを見ていて、私は驚きのあまり飛び上がってしまった。
彼を図書室で見かけたことがない。
あまり、本を読むタイプではないと思っている。
「式部」
手招きをされたので近付いてみる。
一体どんなご用件なのだろうか。
彼と会話したことはあまりないので想像もつかない。
「なんですか?」
「今日の進路調査の紙、まだ提出してないんだろ。担任が探してた」
しまった、すっかり忘れてた。
きっと九重くんは担任に頼まれて私のところへ来てくれたのだろう。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「あー……そう、だったんですね。すみません、わざわざ」
「いや、別に」
彼が出口へ向かうのを見届けて、バッグを置いていた席へ戻る。
バッグから空欄のままの紙を取り出して……そして、机に置くと野草の本に手を伸ばした。
やる気がない訳じゃないけれど、とても空白を埋めれる気がしない。
いい案が出るまで本でも読もうと思っていた矢先、ふと背後に気配を感じた。
「あれ、九重くん?」
記憶にあるかぎり九重くんは帰宅部で、てっきり帰ったものだと思っていたから余計に驚いてしまった。
彼は笑顔を引き攣らせている。
好んで来た、という訳ではなさそうだ。
「もしかして、これ貰ってくるように頼まれてました?」
「いや……別に、そうじゃない」
「そうですか」
「なんで書かないんだ?」
用紙を取り出すなり、書かずに本に手を伸ばしているのだから、そう疑問を抱かれるのは当然かもしれない。
「……わからないからです」
自分でも、その答え方はどうなんだ、と思うけれど、わからないというのが事実なので仕方がない。
「すこし、外に出ませんか?」
このまま九重くんとここで話すのは、他の利用者さんに失礼だと思って、中庭に誘うことにした。
九重くんは忙しくないだろうか。
眼鏡を掛けなおすと、九重くんは頷いた。
「いいよ」
エアコンの効いた図書室から出ると、途端に湿気を帯びた暑さが纏わりついて来る。
九重くんも不快なのか眉を顰めているのに気付いた。
「おすすめの場所があるんです」
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