Fame side-Yutaka- 4

 年が明けても、二月に試験が控えているため、ゆっくりしている時間もなく成人式を迎えた。

 会場は市内の新成人が集まっていてごった返している。

 俺はスーツを着て、髪を緩く纏めた。

 周りを見ていると男性は俺と同じでスーツ姿が多いけれど、女性は晴れ着姿が多い。

 俺は職業柄ヘアスタイルとかメイクが気になって、遠くからチェックを入れていた。



「あれ、九重じゃん」



 声を掛けてきたのは、中西だった。


「向こうにみんなで集まってるから行こうぜ。大野もあっちにいるんだ」

「ああ」


 中西もスーツで着ていた。髪は自分でセットしたのか、ペッタリしている。

 なんともまあ、気合の方向性が間違っている。


「あのさ、ワックス付けすぎ」

「え、そう?」

「そうそう。昔のお坊ちゃんみたいになってる」

「そういや、九重は美容師になるんだもんな。お前にやって貰えばよかったよ」


 中西は笑って、俺の背を力強く叩いた。

 たった二年離れていただけだけど、懐かしくて涙が出そうだ。

 中西に付いて行くと、高校の面々が集まっていた。


「穣じゃん、久しぶりだな!」

「九重!」


 大野と竹内が気付いて、他のやつらも集まってきた。

 あちこちから話しかけられて、俺は適当に笑っておいた。

 人混みの隙間から、綺麗に着飾った式部が見えた。

 赤を基調にした鮮やかな古典柄の着物が、式部の白い肌に映えている。

 髪は美容室に行ったのだろうか。

 髪飾りをして、緩く巻いてもらっている。



「穣?」



 数秒の間だったけれど、式部に見惚れていたらしい。

 中西に覗き込まれて、驚いた。


「どうかした?」

「あー、そろそろ中に入れるんじゃないかなって思ってさ」

「そうだな、行くか。今日の同窓会来るんだろ? 積もる話はそこでしようぜ」

「……おう」







 同窓会は、ホテルの披露宴会場で行われた。

 学年全体で四百人近いはずだが、出席しているのは三百人程度だろうか。

 それでも、同窓会としての出席率は高いようだ。

 立食形式なので、ウェイターがドリンクを持って歩き回っている。


「二十歳を迎えたやつは飲んでいいぞ」


 飲み過ぎるなよ、と釘を刺しながら、担任が声をかけて回っていた。

 俺の前を、ドリンクを持ったウェイターが目の前を通っていく。


「ビールください」


 俺がビールを受けとると、真似するように大野と中西もビールを手に取った。

 生徒会長の司会で、主任教師が乾杯の音頭を取った。

 グラスが掲げられて、乾杯の声が重なる。

 俺もビールを一口飲む。口内を刺激するような苦さはまだ慣れていないけれど、飲めなくはない。

 大野は早々にグラスを空けてしまい、中西は苦手なのか顔をしかめていた。

 食事はバイキング形式になっているので、料理を取りに行く振りをして、式部の姿を探す。

 式部はあまり顔が広いほうではない。

 女子のグループのどこかにいるはずだ。

 鮮やかな色彩の群れの中から、赤い着物の彼女を探す。

 諸里と竹内のグループにいるのが見えた。

 勇気を出して、声をかけようとその輪に近付くと、話題が式部のことだったので聞き耳を立てた。


「式部さんクリスマスにデートしてたでしょ」

「めっちゃイケメンだったよね」

「彼氏さん?」


 集中砲火されて、困った表情を見せながら、式部は頷いた。


「一応、そう、ですね」


 一瞬、目が合った気がしたけれど、俺はその場から逃げるように立ち去った。


「あれ、怖い顔してどうしたよ」

「いや、別に」


 料理を適当に取ってきて、俺は大野達の元に戻った。


「中西は?」

「酔ったからロビーで休んでくるって。ビール一杯なのにな」

「あいつ弱いんだな、知らなかった」


 俺は二杯目のビールを貰って、料理を流し込むようにして飲み干した。

 



 全部、遅かったんだろうか。

 同窓会の帰り道、二次会三次会と移っていく連中と別れて、覚束無い足取りで電車に乗り込む。

 たった一駅。数分乗って降りると、携帯を取り出して八城に電話をかけた。

 まだ夜の七時だ。起きていてくれるだろう。

 コールが数回鳴って、八城の「なーに?」と気の抜けた声がした。


「あのさぁ、俺、告白出来なかった」


 一呼吸間があって、八城は聞こえるように溜息を吐いた。


「バカねー。それだからいつまでも呪いが解けないんだよ」

「呪い?」

「そう、呪い。ずっとずうっと一人の人を好きでいる呪い」

「……そっか、これは呪いだったのか」


 俺はハンカチから四つ葉のクローバーを取り出した。

 高校のときに二つ拾って、式部に渡さなかった方を辞書に挟んで押し花にして取って置いたものだ。


 今は、美容師になることに専念しよう。

 クローバーを手の平に乗せて夜空に掲げると、快速の通り過ぎた風に舞って飛ばされていった。


「それでいいの?」

「……ああ。ありがとうな」


 通話を終えると、すっかり寒さで酔いが醒めてしまった。

 さすが田舎。多少明かりがあっても、仰ぐと星空が見える。

 最初はタクシーを使って帰ろうかと思ったけれど、なんとなく歩いて帰ることにした。

 夜風が吹き抜ける。

 寒くて、身を竦ませる。

 けれど、歩幅は大きくなっていった。

 




 四月。

 俺はほぼ満点に近い結果で美容師資格を取得して、専門学校を卒業し、内定を貰っていた美容室で働かせてもらうことになった。

 全国展開している美容室で、家から自転車で通える距離であることと、給料と福利厚生がいいということで選んだ。身も蓋も無い気がするけれど、みんなそんなもんだろう。


「まさか、岸本さんと同じところになるとは」

「ねー。俺も思わなかったよ。よろしくね」



 一緒に働くことになった岸本さんは高校卒業後、学費を貯めるために一年接客業を掛け持ちしていたらしい。接客に関しては誰よりも上手くて、俺と同じで他の店からも内定を貰っていた気がする。

 安田ちゃんはまだ就職先が見つかっていないようだったけれど、器用なのですぐに見つかるだろう。

 八城が一番意外で、結婚式場の専属のヘアメイクになった。

 俺たちのクラスは優秀で資格試験に落ちた者はいなかったらしい。



 駐車場の掃除に外へ出ると、眩しいと思うくらいに暖かな春の日差しで満ちていた。

 





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