Fame side-Yutaka- 3


 ――Age 20――



 付き合ってからもうすぐ二年を迎えるけれど、俺と八城は特別恋人らしいことをしていなかった。

 俺は線を引くかのように、八城のことを下の名前で呼ぶことがなかったし、八城も俺に合わせて苗字で呼び続けた。

 自分からデートを誘ったことはない。

 いつも八城の行きたいところに付いていくだけ。

 手も繋がない。抱き締めるのも、彼女に求められたときだけ。

 周囲からすれば、なんで付き合っているのかという疑問が湧くことだろう。

 実際、付き合っている俺にすらわからないのだ。

 彼氏彼女と言いつつ、セフレと変わらないような、境界線が曖昧で自堕落な関係。

 八城と居ながらも、式部のことを思い出す俺は最低だと思うけれど、彼女は好きにならなくていいを繰り返すばかりだった。

 


 今日は八城の希望で、放課後に漫画喫茶に寄ることになった。

 もうすぐクリスマスということもあって、店内は緑と赤、金色の装飾が多い。

 三時間のパックでペアシートの個室に荷物を置くと、俺も八城もそれぞれ飲み物と漫画を見繕ってくる。

 そして特に会話もなく、俺も八城も好き勝手に漫画を読んでいた。

 「ねえ」と声を掛けられて振り向くと、少女マンガのヒロインが電話するシーンを俺の眼前へと突き出した。



「九重さ、卒業してから二年近く経っても連絡来ないってことはなんとも思われてないんじゃないの?」

「……そうかもな」

「可哀想にね。九重、その子のことずっと好きなのに」



 漫画を退かすと、八城は可哀想と言いながら、俺の頬にキスをしてくる。

 彼女の言う通り俺は可哀想なんだろうか。

 ただの臆病者で、楽な方に転がっているだけではないか。



「……でも、九重が可哀想なら、あたしも可哀想なんだよね。きっと」


 

 八城の好きなやつは、どうして八城のことを好きにならなかったのだろうか。

 変なやつではあるけれど、明るくて素直で健気で、欠点という欠点はない。

 式部のことに囚われていなければ、普通に付き合っていたのだろう。

 そんなたらればで都合のいい解釈をして、また自嘲した。


 私生活とは反対に、学校のことは滞りなく上手くいっていた。

 美容師になるには千四百時間程の必修課目と選択必修課目が六百時間あって、俺はどの課目でもいい成績を修めている。

 特にカットの技術と、機器の知識は一日の長があって、二年になって始めた就職活動ではクラスで一番先に内定を貰った。

 たまに、実家が美容室だから、と僻まれたりはしたけれど、努力しているところを認められてからは影で囁くような声は聞こえなくなった。

 約二千時間の必修課目を全て受け終わると、晴れて二月に行われる美容師免許の試験を受けることができる。

 そして実技と筆記試験に受かれば、憧れてきた美容師になれる。

 

 ――そうして、そうしたら……。



 以前は、美容師になった後を様々な夢を見ていた。

 母の店の手伝いをする、とか、ヘアスタイリストとして本を出すとか。

 式部に会いに行く、というのもその夢の一つだ。

 けれど、二年経った今、変わってしまった俺を見て幻滅しないだろうか。

 思い描いていたものが現実になるにつれて、失望していく。

 夢を叶えたら、その先には現実が続くのだ。

 そんなネガティブに陥っていく俺の気持ちを知ってか知らずか、八城が口を開いた。


「そういえばさ、成人式の後に学年で同窓会あるみたいだよ」


 八城が髪を留めていたバレッタを外すと、長い髪が背に流れていった。


「行かないの?」

「いや、俺は」

「会えるかもよ? 九重がずっと好きな子」

「……お前こそ、行かねーの?」

「行かないよ、あたしは」


 八城は変なところで頑固で、一度こうだと決めるとなかなか譲らない。

 今回も言い切っているということは、行かないのだろう。


「……あのさ、九重」

「なんだよ」

「あたし達、今日で終わりにしよう」

「……お前、ホント勝手だよな」


 付き合うときも、キスもセックスもデートも。

 全部彼女に引きずられるままだった。

 別れ話をしているとは思えないほど、八城は笑顔で語る。


「あたしね、入学した頃からずっとね、九重のことが好きだったんだよ。だから、二年くらい一緒に居たら、きっとあたしのこと好きになってくれるって思ってた。

 でも、あんたの心にずーっとその子が居るんだもん。もう疲れちゃったよ」

「……八城」

「同情しないでよね。あたしは先に可哀想な子から卒業するから」


 八城は席を立つと「帰るね」と自分のダッフルコートを腕に掛けて、ペアシートから抜け出ていった。

 腰まである長い髪、振り返ることなく去ってしまった彼女の背は、とても潔くてかっこよく感じられた。

 この約二年間一緒にいて、八城の想いに気付かなかったわけではなかったけれど、意図的に目を逸らしていた。

 静まり返った個室。

 八城を追いかけたい気持ちを抑えて、広くなったソファに沈む。

 ここで追いかけても、余計に傷つけるだけだろうと思った。



 ――俺も、可哀想な子、卒業しなきゃな。



 傷付けていたことを後悔する痛みとは別に、彼女の背に勇気をもらった。

 家に帰ると、早速溜まっていた俺宛のハガキから同窓会の案内を見つけた。

 まだ、間に合うだろうか。

 急いで出席に丸をしてから、近くのポストの口に放り込む。



 両手を合わせて、無事に届くことを祈った。





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