Fame side-Yutaka- 2

 放課後、学校の最寄のカラオケに四人で向かった。

 高校と違って私服なのはもちろんなのだが、やはり美容師を目指しているだけあって、服装が個性的なのか度々すれ違っていく人に振り返られる。

 特に、岸本くんと安田ちゃんだ。

 岸本くんは格好はネルシャツにジーンズで服装はラフだけれど、ブリーチして染められた真っ赤な髪に唇と耳、鼻にピアスをしている。

 その数、十六個、らしい。

 安田ちゃんはゴシックとパンクの合わさったゴスパンクという服装で、首にはトゲトゲのチョーカーに両手首を繋ぐ長い手錠。

 こんな田舎で同じ格好をしている人物はまずいない。

 そのうち通報されないかと、ジロジロ見られたときはヒヤリとした。

 俺も八城も二人の格好に関しては今ではもう慣れたものだけれど、外に出れば奇抜なのだと思い知らされる。


「いっそあたし達も奇抜にしちゃう?」

「やめろよ。おめでたい集団扱いされるぞ」

「俺はおめでたくてもいいけどね。穴、開けたかったら言ってね」


 岸本くんの一言に俺と八城が一歩下がって遠慮する中、安田ちゃんは興味があるのか食いついた。


「マジで? あたしも耳の軟骨に開けたいんだけど」

「ちょっと二人とも、店員さん引いてるからストップ」


 カラオケは迷路のようで、二階の一番奥の部屋に案内された。


「ねえねえ、ミラーボール回していい?」

「八城はしゃぎすぎ。ガキじゃねーんだからさ」

「いいじゃーん!」


 結局部屋の電気は付けず、ミラーボールが回しながら放つ、赤と緑と青の光が部屋を照らすことになった。

 L字のソファに、奥から岸田くんと俺が座り、入り口側に安田ちゃんと八城が座る。

 狭い室内は、四人でいっぱいな感じがする。


「岸田くんってなに歌うの?」


 俺はタッチ式の検索機を操作していると、岸田くんはにこにこと笑って「マイケル・ジャクソンかなぁ」と呟いた。


「え、マイケル?」

「うん、しかも踊れるよ」

「マジですか」


 てっきり見た目からのイメージで、ヴィジュアル系とか、パンクロックが好きだろうと踏んでいた。

 岸田くんは立ち上がるとテレビとテーブルの間のわずかなスペースで『スリラー』を踊り始めた。


「岸田くんすごーい」

「『バッド』入れちゃう?」

「いいね」


 岸田くんがキレキレで踊っていると、店員さんが恐る恐る入室してドリンクを置いていった。

 女子二人は身を寄せ合って相談しているようだ。


 さて、何を歌おうか。

 好きなアーティストの名前で検索をかけて、盛り上がりそうな曲を探した。





 一時間ほど経って、トイレに立った。

 戻る途中、部屋の前に八城が立って、俺のほうを見ていた。


「どうした、こんなとこ立って」

「九重とお話したくってさー」

「俺と? 中で話せばいいじゃん」


 俺がそう言うと、八城は部屋の扉の前に立ち塞がった。


「……なに?」

「ちょっとだけ、二人で話そうよ」


 「ね」と微笑まれて、無下に断るわけにもいかず、俺は付いていくことにした。

 そうは言ってもカラオケの外に出るわけでもなく、一階の受付の前にあるちょっとしたロビーに来た。

 点々と置かれた鉄製のガーデンチェアに二人で腰を下ろすと、揃いのテーブルに肘を乗せて、八城はご機嫌そうだ。


「ねー、九重ってさ、彼女いないよね」

「いないな」


 ちらつく顔はあるけれど、まだ自分の片想いだろうと押し殺す。


「付き合おうよ、あたしと」

「……なに言ってるんだよ。ドッキリでも仕掛けてるつもり?」

「ドッキリって酷いと思うなぁ。けっこう本気なのに」

「けっこう、なんじゃねーか」


 はぐらかしたことを責めてくる割には、彼女は笑みを崩したりしない。

 高校の卒業式の日に告白してきた竹内とは違い、随分軽く感じてしまう。


「九重って、好きな人いるでしょ」

「は?」


 誰かに式部の話をした覚えはない。八城に至っては、高校時代に同じクラスにもなったこともない。

 どこかから漏れたとは考えられない。

 それだけに、酷く動揺してしまった。


「……あたし、昨日振られちゃったんだ。好きな人と一緒になれない同士、くっつかない?」

「それになんのメリットがあるんだよ。虚しいだけだろ」

「それじゃあ、好きな子とくっつけそうなの? それとも諦めるの?」


 胸を刺されたようだった。

 なんでそんなことを言われなければいけないのかと、怒りで頭から湯気でも出そうになる。


「そもそも、なんで俺に好きなやつがいる前提なんだよ。なんか俺のことでも調べたりしたわけ」


 そこで初めて、八城は笑顔を崩した。

 射抜かれてしまいそうなまっすぐな視線に、目を逸らしたくなる。


「さあ。誰が好きかまではわからないけどね。

 卒業式の日に 竹内さんの告白断ってたよね。そのときに、九重は好きな人がいるんだろうなって思ったの」


 そういうことか。

 やっと、彼女が俺に声をかけてきたのかが理解できた。

 好きな人とやらを引き摺っている、と勘繰ってきたわけも。


「これから卒業するまでの二年間、彼女作らないで生きていくの?」


 八城は、ぐっと身を乗り出すと、耳元で囁いた。


「お互い、楽なパートナーが欲しくない?」 



 瞼の裏を過ぎるのは、式部の笑顔。

 そして、四つ葉のクローバー。



「ねえ、別に本気にならなくっていいよ。あたしも本気にならないから」


 気持ちが悪いと思った。

 同時に、八城に縋りつきたいとも思った。

 卒業して、立派な美容師になって、彼女に告白しに行く――そんなの綺麗事で、言い訳に過ぎなかった。

 同じ県内で市内にいるのだ。いつだって自分の足で彼女の元に行って告白なんて出来たはずだ。

 いつまでもずるずると引きずっているのは……。


 気付いてしまうのが怖かったから。

 彼女が、俺が卒業アルバムに描いた四つ葉のクローバーの意味を読み取った上で、俺を拒絶しているのではないかと思って、怖くて堪らないから。




「……いいよ、付き合っても」

「ホント?」

「卒業までの二年間。どっちかが別れたくなるまでな」


 間違っているのはわかっている。

 それでも、彼女の一言を馬鹿馬鹿しいと言って、拒否することが出来なかった。

 満面の笑みで頷く八城に、俺はまた胸の痛みを覚えた。

 話を切り上げて、二人の待つ部屋へ戻ると、岸本さんと安田ちゃん仲良くデュエットをしていた。

 八城が楽しそうに、俺と付き合うことを公言していた。


「おめでとう!」


 安田ちゃんが八城に抱き付いて跳ねている。


「ありがとう」


 八城も安田ちゃんを抱き返す。

 岸本くんは静かに俺にマイクを渡してきた。


「ほい、幸せな歌でもどうぞ」

「……どうも」


 心境的に今歌いたいのは失恋ソングだが、俺は渋々恋の始まりを思わせる歌を予約に入れた。


 なあ、式部。

 お前の教えてくれた、真実の愛ってやつを俺はいつか手にすることが出来るのかな。


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