Fame side-Miori- 3
久しぶりの優奈との会話はすごく楽しくて、あっという間に四時を回っていた。
窓の外の景色はすっかり夕陽に染まっている。
優奈は予定があるらしく、私も暇人とはいえ早退した身なので、話足りないけれど今日は解散することになった。
「いい男見つけて、人生ハッピーにいこう! 合コンの時間決まったらメールするね!」
「はーい」
優奈は少し離れた駐車場に停めているらしい。
夕陽に向かって歩いていく彼女の背を見送ると、私も反対側の自分の車を停めている駐車場へ向かった。
自分の影を追うようにして歩く。
一歩一歩と歩みを進める度に、明日のことを考えてしまう。
――仕事、行きたくないなぁ。
憂鬱な未来を想像して、首を振る。少しでも、ネガティブな気分がどこかへ飛んでいってくれればいい。
コートの前を掻き合わせて、寒空の中を駆けた。
三日後、私は優奈に誘われた合コンが催される居酒屋へ足を運んだ。
駅前にある全国展開しているチェーン店のお店だ。
元気な店員さんに案内されて、二階の広間に行くと、優奈が手を振って呼んでくれた。
「お疲れ、美織!」
既に男性陣も、私以外の女性陣も揃っているようで、私は空いている優奈の隣に頭を下げながら腰をを下ろした。
テーブルの下が掘りになっていて、中は暖房が効いていて暖かい。
ちらりと参加者の顔を見渡してみるけれど、優奈以外に知り合いはいなかった。
「美織はなににする?」
「ウーロン茶で」
「飲めないの?」
私の前に座っている男性が、そう問いかけてきた。
片肘を着いて、顎を乗せて、横柄な態度が少し気になる。
「飲めますけど、今日は運転してきてるんで」
「ふーん?」
訊いてきた割には、興味がない、と言わんばかりの返事だった。
隣に居た男性が、彼を肘で突く。
「ごめんね、こいつツンデレだからさ」
「俺は別にツンデレじゃないっすけどね。ってか先輩、ツンデレの意味違間違ってますよ」
「ホント生意気だよなぁ、お前」
それがいつものやりとりなのか、男性陣に笑いが起こった。
「お待たせしました、ウーロン茶です」
店員さんはジョッキのウーロン茶を置いて、さっさと去って行った。
忙しそうではあるけど、ちょっと愛想ないなってチクリと言いたくなってしまう。
「それじゃあ、飲み物も揃ったところで乾杯にしますか」
それぞれジョッキを掲げて、相手のジョッキやグラスへと当てていく。
その瞬間の、ガラスのぶつかる涼やかで透明感のある音が好きだ。
私の前に座る男性は、照基さんと言うらしい。
男性陣は、彼をテルと呼んでいた。
わたしよりも三つ上、とのことだけれど、話し方や纏う雰囲気は年下のようだった。
どこまでも、人の懐に入っていけそうな。
それでいて、煙たがられないタイプ。
「美織ちゃんってさ、趣味ってある?」
照基さんと私は、端の席にいることもあって、盛り上がっている中には入っていけなかった。
グループの中に居るはずなのに、二人きりで話す時間が増える。
「趣味……読書、ですね」
「へぇ。なに読むの」
興味を持ってもらえたのだろうか。
表情からは読み取れないけれど、視線は真っ直ぐ私へ向かっている。
「今は、星の王子さまを」
「サンテグジュペリの星の王子さま? 小学生のとき読んだっけなぁ」
サンテグジュペリの名前が、彼の口から出たとき、まるで爽やかな風が吹き抜けたようだった。
「大人になってから読むと、また楽しいんですよ」
「へぇ……」
それから間もなく席替えがあって、照基さんは私から一番遠い席に移動してしまった。
他の男性は、読書が趣味だと答えると、「頭がいいね」とか「すごいね」と一言でその話題を片付けてしまった。
趣味は人それぞれ違うし、好みの問題だ。
そこをとやかく言うつもりはない。
それでも、好きな話題に興味を持って貰えないのは、やっぱり、
私は氷が溶けて薄まったウーロン茶を、舐めるようにちびりと飲んだ。
予約していた飲み放題の二時間が終わると、二次会の話が持ち上がった。
行きたい、とは思えなくて、明日用事があるから、と輪から抜けて駐車場へ急ぐ。
暗くて寒い道に心細さも重なって、歩くスピードはどんどん速くなる。
「美織さん!」
振り返ると、照基さんが息を弾ませながら駆けてきた。
「足、速いね」
「そうですか?」
「俺、久しぶりに走ったわー。あのさ、まだ十時くらいって言っても女の人が一人でウロつくの危ないでしょ」
気怠そうな態度を取りながらも、言葉からは優しさを感じられる。
「どこに車停めてんの」
「次の角を曲がったところ」
「ふーん。近くが空いてて良かったね」
すたすたと一歩先を行く彼の背を見つめる。
ツンデレ、と言われて否定していたけれど、強ち間違っていないように思う。
「あのさ、星の王子さま以外になんかおすすめないの」
「え?」
「一冊じゃすぐに読み終わるだろ。……だからさ、他のタイトルも教えて」
他のタイトル、かぁ。
私は空を仰ぐと、微かに星が見えた。
好きなタイトルを記憶から一瞬で抜き出すことは難しく、先を歩く彼が振り向いた。
「えっと……それが、嫌いな本のほうが少ないくらいで」
何から教えようか迷うほど、好きなタイトルはありあまるほどにある。
「じゃあ、LINE交換しよう。それで、買った本のタイトル教えてよ」
なんだか、彼とのやりとりが面白くなってきて、つい笑ってしまった。
「小説、お好きなんですか」
「人並みに、ね」
人並み、か。
今日合コンに来ていた人達を思い浮かべて、彼の人並みは誰を指すのか気になった。
駐車場に着くと、早速スマホを取り出してLINEのIDを登録をした。テルと表示された名前の横には、ゲームのコントローラーのアイコンがあった。
「送って頂いてありがとうございました」
「ん。じゃーね」
バックミラーを覗くと、彼は寒空の中、私の車が大きな通りに出るまで見送ってくれていた。
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