Glorious Health side-Yutaka- 5
人を避けながら、廊下を走って、階段を飛び降りて――校庭の真ん中、校舎を見上げて感傷に浸っていた式部を見つけた。
「式部!」
「九重くん」
彼女は目を丸くしたあと、頬を染めてはにかんだ。
久しぶりに式部の笑顔を見た気がする。
「なんだか、すごく久しぶりだね」
「……だな」
話したいことは山ほどあったけれど、胸の奥から湧き上がってくる感情の奔流に、言葉が出てこない。
――嬉しい。
目の前が明るく感じる。肌寒いはずの風が、心地よい。
式部の二つに結ばれた黒髪が揺れて、その度に光が弾けた。
「もう、卒業なんだね」
「ああ、そうだな」
「美容師になったらお店教えてね」
「ああ」
これが、最後のチャンスだと思った。
「なあ、卒アル貸して」
「え?」
「いいから」
式部はトートバッグから卒アルを取り出し、俺はリュックから入れっぱなしにしていたペンケースを取り出し、油性のペンを一本出す。
「これでいいのかな?」
式部から受け取って、卒業アルバムの後ろの余白を開くと、式部からは見えないように背を向けてから四つ葉のクローバーを描いた。
そして、彼女に渡すと、俺は校舎の方へ向かう。
「じゃあ、またな!」
――四つ葉はたしか、私のものになって、とか……真実の愛、とか。
四つ葉のクローバーの花言葉を式部は覚えているだろうか。
この想いに気付いてくれるだろうか。
俺の初恋はこうして始まった。
今はただ、彼女に想いが届けばそれでよかった。
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