第8話 亜空間運行列車

 身支度を済ませたアザミとイオリは伊勢仁に付いて行く。エリック王は執務があるとのことで見送りはハクとケティがしてくれた。


「じゃ、アザミちゃんを頼んだよ」

「いってらっしゃいませ」

「任せて」

「行ってきます」


 王国の城門前にてそんな言葉を交わし、三人はムロク王国へと旅立つ。途中商人の団体や冒険者、傭兵などといった人々とすれ違う。有名人であるアザミと伊勢仁を見ると輝かんばかりの笑顔を見せるが、イオリの後ろからぞろぞろと付いて行く十三人の男達を見て、少し萎縮している。

 冒険者と傭兵は組合組織が違うだけで似たような存在だが、強力なモンスター退治は傭兵がやっているというような印象がこの世界にはあるようだった。しかし近年組合同士が結託し、冒険者組合の方へ傭兵組合が吸収されていく形になっているようで、傭兵という肩書きは現在薄れつつある。


「そういえば、レンデルちゃんはこの世界に来てモンスターを倒したかい?」

「一匹で動いていたウルフンを倒しました」

「基本集団行動してる魔物なのに珍しいね。倒してみてわかったと思うけれど、モンスターを倒しても素材は解体しないとゲットできないからね?」

「あ、そうなんですか」

「うん。それと、下級のモンスターはそうでもないんだけど、中級から上のモンスターはゲームの時より強くなってるし気をつけてね」


 レイドボスを単独で倒せるイオリには余計なお世話かもしれないが、と伊勢仁は言う。

 それから三人と十三人は雑談しながら歩く。イオリの過去の戦績の話や、二つ名の由来など、イオリが赤面にしている隣でアザミは興味津々に聞いていた。

 そして十三人の男達は持て囃し「こりゃ姐さんじゃなくてお嬢だな」や「そうだな! これからはお嬢って呼ばせていただきやす!」と非常にノリが良かった。伊勢仁はそれが面白くなったのか、さらに話は加速していく。

 スターチス王国領を越えた辺りで人通りがなくなる。そこまで来て伊勢仁は立ち止まり「ここでいいか」と呟くと、アイテムボックスから金色に輝く細長いホイッスルを取り出す。

 そしてそのホイッスルを吹き鳴らす。汽笛のような甲高い音を響かせるホイッスルに呼応するかのように一部の空間が歪んでいく。その歪んだ空間は亜空間となり、そこから列車が飛び出してきた。列車の前には自動的にレールが敷かれ、列車はそれの上を走り、やがて十三両編成の列車がそこに到着した。


「これってまさか」

「そう。これはマックスの固有技能さ」


 現在列車の四両目がイオリ達の前にあり、車両の扉が音を立ててスライドする。扉の中からはスーツを着た女性が降りてきた。ガタイがよく筋肉質な体ということが服の上からでもわかる。


「ようこそ我がギルド『十三日目の今日』の本拠地『亜空間運行列車フレンドリーファイヤー』へようこそ。そしておかえり、レンデルたん」


 車掌の女性は『十三日目の今日』の団員マックスである。クラスは隠しクラスの『車掌』だ。ゲーム時代のアバターは筋骨隆々のイカしたおっさんだったが、リアルの彼女は長い黒髪の肉体は美女である。そして本職も車掌であった。

 山本よし子――そんな、なんのひねりもない名前が彼女の本名である。


「久しぶり、マックス。ていうか『たん』ってなに?」

「ふふふ。私がレンデルファンクラブというものをゲーム内でも作っていたのを覚えてる? 実はこの世界に来てからもレンデルファンクラブを設立したの。しかも正式に! 私が会長で、ジンクスが副会長。因みに親衛隊体調も兼任しているわ。会えてとても嬉しい! あなたは私達にとってのアイドルなのだから!」


 嬉しさのあまりか、マックスはレンデルに抱きつく。見た目通り力は強く、レンデルはどう頑張っても抜け出せそうにもなかった。無論リアルであろうと、ゲームが現実となった世界であろうと、イオリはマックスの抱擁から抜け出すことはできないのだが。


「ちょちょ、なんでこういう状況でファンクラブなんて作ってるんですか!?」

「だってイオりんいなくて寂しかったし」

「いや、ちょ、なに本名で呼んでるんですか!? 身バレしたら危ないでしょ! それにあのファンクラブってアバターのボクが対象じゃ」

「いやあのね。もう顔割れしている状況で名前知られても問題ないというか。元の世界に戻れるかもわからないのに。それに、アバターじゃなくてもレンデルたんは可愛いから!」

「せめて身内しかいない空間で呼んでください」


 やっとこさマックスの熱い抱擁から解放されるイオリ。しかしかなりの拘束力だったのだろうか、イオリはかなりの体力を消耗していた。


「ま、とりあえず入って入って、あんまり見られていいもんじゃないから」


 マックスに促されるがままに、全員が列車の四両目に乗り込む。

 室内は外観からは想像できないほど広かった。ベッドに机椅子。そして壁を隔ててトイレや風呂場、キッチンまで完備していた。しかしそれだけで、壁は白く味気ない。それに家具の類も少なく、些か物足りない雰囲気であった。


「ま、今はこんなだけどさ。要望を出してもらえれば部屋を増築したりできるし、家具なんかも持込OKだからね。自分で好きな部屋にしなよ」

「なるほど。つまり初期状態の部屋ってことだね。これは模様替えのしがいがあるね」

「ふふふ。じゃ、頑張ってね! 私は運行を再開するよ」


 マックスは進行方向側の扉の方へ行き、扉についたダイヤルを操作して、一両目まで移動した。ダイヤルには一から十三の数字が刻まれており、これで好きな部屋へと移動できるようだった。

 同じ要領で伊勢仁も自分の部屋に戻っていく。やがてこの部屋には二人の女性と、十三人の男達が残った。


「じゃあとりあえず、一緒にお風呂入ろう。アザミさん」

「ええ、確かに。そういえば昨晩は入る暇なくて入れなかったしいいかも――って一緒に!?」

「そうだよ」


 イオリは特に気にすることなく、赤面するアザミをよそに風呂場の扉を開ける。まず扉の先には脱衣所があった。服を置く棚に洗濯と顔を洗うのを兼用した水面所と鏡があった。イオリはネクタイをほどき、シャツを脱ぐ。そこまでしてアザミが入ってこないことに気がつき、脱衣所から顔を出す。


「アザミさん。早く早く」

「れ、レンちゃんふ、服着て!」

「いや、お風呂入るんだから服は着ちゃダメでしょ。あ、いやこの世界の入浴はもしかして服着たままなんですか?」

「いや、そんなんじゃないけど……ちゃんと裸で入いるけど」


 十三人の男達は「頑張れ姐さん」「ここで行かなきゃ女が廃りますぜ」などとアザミを鼓舞していた。その男達の中の一人――細身で長身の男が前に出て言う。


「ほら、アザミの姐さん、早く行ってあげないとお嬢が風邪ひいちまいます。あ、お嬢、俺こう見えて料理が出来るんでさあ。何か作っときますぜ」

「ああ、イングランドの飯は美味いですぜ。ゆっくり入ってくださあ」


 イングランドは腕まくりをしてサムズアップしてみせる。細身ながら、腕の筋肉はそれなりに大きく隆起していた。そしてイングランドの料理は俺が保証すると、リーダー格の男ロンドンは言う。

 そういえば、とイオリはこの世界に来て何も食べていないことに気づく。何も食べていないという事実を自覚した瞬間、腹の虫は泣き出し、同時に空腹感がふつふつと湧き出してくる。イングランドという名前に若干不安を感じながらも、イオリは料理を男達に任せることにした。

 幸いなことに、キッチンにある冷蔵庫には食材がそれなりに入っており、材料に心配はないということだった。イオリは男達に指示を出して、アザミに早く来てねと言ったあと、脱衣所へ再び引っ込む。

 そして一方アザミはといえば。


「女は度胸……うん。頑張れ私」


 自分で自分を勇気付け、腹を決めたのかイオリの待つ脱衣所へと足を踏み入れる。


 脱衣所に入ると、そこには全裸の美少女がいた。服を、繊維を一切見にまとわぬ美少女――レンデル。肩甲骨くらいにまで伸びた黒髪は艶やかだが、特にケアをしている風にも見えない。

 顔は王が絶賛した通り、各パーツが整っており、自他共に美人と認めるのにもうなずけるものであった。目が若干ダウナー系というのが数多くいるであろう美女と差別化できており、それが魅力的だった。

 そして視線はさらに下へ行く。少々痩せ気味なのか、鎖骨はより一層浮き出ているように見える。脂肪が少なく、骨に直接皮を張っているのではなかろうかと思えてしまうほどに、イオリの鎖骨は形がはっきりとしていた。しかしその状態の鎖骨に嫌悪感を抱くということは一切なかった。むしろ触りたい――撫でてその感触を味わってみたい、そう思えるほどに美しい鎖骨だった。

 次に胸から腰まで視線を一気に走らせる。胸は本人が認めていた通りなかった。しかしそれは貧相という意味ではない。貧乳と呼ぶのは侮蔑に等しい表現である。その胸は形がしっかりとしており、重力に逆らってそびえ立っていた。確かに谷はないが、それは些細な問題である。

 形がよく、なおかつ弾力性にあふれた胸である。触れば恐らく反抗的なまでに、触れた指を押し返してくるだろう、そう想像に固くない胸である。

 お腹は痩せぎすというわけではなく、鍛えた結果細くなった代物であると確認できる。腰とお尻は細身の上半身に反して意外と大きく、安産型を想起させる。

 そして胸から腰にかけてのラインが非常に美しかった。それこそそれだけで一級品の美術品に勝るとも劣らないできである。背中の沿ったラインが暖かな日差しのごとく優しくも、水流のごとく緩やかに、綺麗な曲線美を醸し出している。

 視線はさらに下へと行く。太ももはお尻に合わせて、名前のごとくやや太く、脹脛ふくらはぎは鍛えているのかよく引き締まっている。手足の爪は透明で綺麗に切り揃えてあり、宝石のように魅力的に映る。

 顔から足先までゆっくり堪能するかのように視線を走らせたアザミにイオリはジト目で言う。


「アザミさん、なんか目線がいやらしいよ」

「い、いやらしいのはそっちじゃない! そんなエロイ体して! 誇らしくないの!?」

「え? ……アザミさん何言ってるの?」

「あう、えっと――これはその、違うの」

「アザミさんってもしかして――むっつりスケベってやつですか?」

「ち、違うの! レンちゃんの体がエロいのが悪いの!」

「他人の体のせいにしないでください! 第一、そこまでボクの体がエロいって思うんだったら、アザミさんも脱いだらどうです? ボクからしたらアザミさんの方がいやらしいと思うんですがね?」

「い、いいわよ。脱いであげる!」


 勢いよく服を脱ぎ捨てるがごとく剥いで棚に放り込んでいく。しっかりしたお姉さんという第一印象が既に崩壊しているとはいえ、その雑で生活が荒みきったOLのような行動にイオリは少々戸惑う。まさか、本性は意外と雑な人だとは思わなかったと。

 服を脱げば瑞々しい肌があらわになる。水すら弾きそうなしっとりとした肌に落ち着いた色の金髪が神々しく揺らぎ、神話にでも出てきそうな女神を想起する。

(スタイルバツグンだなぁ……いや、羨ましくはないけれど)

 自分のスタイルにも一定の自信があるため、無闇矢鱈と羨んだりはしないイオリ。しかし憧れはある。そのためか、自然とその手はいつの間にか胸に立ちそびえる二つの内の一つに伸びていた。

 触れる。

 それはイオリの手を優しく反発した。その弾力に裏打ちされているとでも言うかのごとく、その二つは重力に反抗しながら立っていた。


「レンちゃん?」

「あ、ごめん。つい触っちゃった」

「……じゃ、じゃあ私もキミのを触ってもいいかな? ほら、代わりに」

「いいよ。でも、その前にお風呂に入ろう。体冷えちゃうし」


 声を弾ませながら、二人は浴室へと足を踏み入れたのだった。


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