第7話 最強の冒険者VS最強の守護者
早速行動に移そう、そう皆が思い始め各々席を立とうとし始めた矢先、またもやノックの音がする。返事を待たずその人物は入ってきた。
「帰ったぜ。王様」
その男は衛兵と同じ赤の軍服をまとった長身の男だった。目の下にはクマがあり、短い灰色の髪が印象的だ。
「速かったね。エピック」
「まあ、とりあえず戦の備えだけはさせといた。開戦までに準備が整うとは思わねーが、覚悟は決まってるだろうよ」
「ありがとう。しばらく休んでくれ」
「ん。そうするが……おい、なんでここにミタリがいるんだ。死んだんじゃなかったか?」
灰色の髪の男はイオリを見るなり、ぶっきらぼうに言う。その場にアザミがいたにも関わらず、それは迂闊な発言ではあった。しかしすぐにアザミも同席していることに気づき「スマン」と謝罪の言葉を言う。
「彼女は今まで非公開だった『十三日目の今日』の副団長だ。最近この世界に来たみたいでね。……レンデル君、紹介するよ。『守護者』最強のエピック=ポエム君だ」
「最強だなんて言ってくれるなよ。王様。小っ恥ずかしいんだよ……ま、よろしく。レンデル」
イオリを一瞥し、エピックはさらに言葉を続ける。
「『十三日目の今日』最後の一人ってことは『最強の冒険者』って噂の本人か……いいな、おい、あんた。いっちょ、俺と
「試合うって、決闘みたいなのですか」
「そんな堅苦しいもんじゃねえよ。試合だ試合。王様、地下の修練場開けてくれよ」
やろうぜ、と挑発的な目線を送るエピック。
(試合……この人目が怖いんだよなー)
エピックの目はギラギラと好戦的な目をしている。
イマイチ乗り気ではないイオリだが、事実イオリもこの世界に来て特に戦闘らしい戦闘をしていない。この世界での体慣らしも兼ねてやってみるのもいいかも知れない、と思う。
(なにより、最強と呼ばれてる人とやり合うのは楽しそうだしね)
「レンデル君がいいのなら、開けるが、どうする?」
「やります。ボクもこの世界での肩慣らしとかがまだなので」
「んなら決まりだな。行こうぜ」
***
城の地下にある修練場は普段は閉鎖されており、エリック王の許可なしでは使用できない。この修練場は『守護者』専用の場所なので、兵士の修練場はまた別にある。
そんな手練場は特別頑丈にできており、守護の魔術でガチガチに固めた装甲が壁中に張り巡らされている。
城の地下への道を下りたところに一面だけガラス張りのような部屋が見える。ガラス張り以外は薄緑の壁に囲まれており、ガラス張りの方から入る仕組みになっている。
そんな部屋の前に一人の修道服を着た女性がいた。彼女は待ち人が来たのを確認し、一礼する。
「王様、どうもごきげんよう。王様が来るであろうと思いお待ちしていました」
「さすが、未来視持ちだ。ああ、そうだ。シスターエル。彼女はあなたと同郷のレンデル君だ」
「まあ! 『絶域』と会えるなんて。光栄ですわ」
王はシスターエルと呼んだ女性にイオリを紹介する。黒と白の修道服に身を包み、金色に輝く長い髪に、糸目の女性――シスターエル。イオリは彼女のことを知っていた。ソロプレイヤーであり、PvP戦や協力戦でも上位に名が入るほどのプレイヤーだ。
しかし彼女は見た目がアバターの時と変わっていない。そこに疑問を抱く。
「私、キャラメイクの時、リアルの顔を参考に構成したのでこうなりましたの」
イオリの顔を見て察したのか、エリック王の言う未来視で未来でも見たのか、先回りして回答する。
「え、じゃあ、あなた。外人さんですか?」
「そうです」
「日本語お上手ですね」
「移住して十数年は立ってますから。本職もシスターですからこの格好なんですけどね」
シスターエルは修道服の装備を装備したいがために、僧侶というクラスにもクラスチェンジして統合している。それほどまでにシスターを貫いている。
話はほどほどに、イオリとエピックは修練場に入る。ガラス張りの壁には扉らしきものはない。しかしエピックはそこを何もないと言わんばかりに進み、壁をすり抜けた。イオリもそれに倣うようにして、ガラスの面に手を突き出す。すると、すっと手はガラス面をすり抜ける。ぶつかることはない、と自分の体で確認してから中に入る。
「得物の準備はいいか?」
そう言いながらエピックは右手に円柱状の長い棒を持っていた。それは魔力を圧縮し形成された銀色に輝く鋼鉄の棒であった。
イオリはエピックとは少し離れた位置につく。お互い中心から五メートル離れたところに立っている。
「一瞬で出せるから大丈夫」
「そうか。んじゃま、王様。合図を頼む」
「わかった」
一瞬静寂がその場に宿る。そして王の言葉を待ちわびている。
「始め」
合図の瞬間、イオリが動く。対してエピックは不動だった。
地面を蹴り上げ、両手に魔力を集中させ刃を形成させていく。それは青い光を湛えた細身の両刃剣だった。右手の剣でエピックの左脇を目掛け振り抜く。
それをエピックはバックステップで交わす。そしてすかさずイオリに向けて棒を縦に薙ぐ。それは軽やかな動きに反して重苦しいプレッシャーの放った一撃だった。イオリはそれを左手の剣でガードするが、剣に棒が接触した瞬間右へと体を反らして回避する。
エピックはその動きを見て、ニヤリと笑みを浮かべる。イオリは一旦後ろに下がり、体制を整える。左手の剣を見れば、それはひび割れ今にも砕けそうだった。
「接触した瞬間に察して回避するたあ、慣れてるな」
「ビックリしたよ……あなた魔力の出力がかなり高い」
魔力の出力――それは言い換えれば魔力の濃度であり、威力である。魔力は色で濃度の具合を測ることができる。出力が高くなるにつれ赤から順に青、白、銀、金と変わる。例外で黒というのもある。
そして今イオリの魔力で作った剣は青、そしてエピックは銀。明らかな出力差がある。だが、イオリにとって出力差というのはすぐに覆すことができる。
普通魔力の出力というのは生まれながらに決まっており、鍛えることである程度上昇させることは可能だが、出力を可変することはできない。だが、イオリは――Xoverというクラスは違う。Xoverは魔力の出力を自由自在に変化させることができる。それは赤から金まで。そして例外の黒にも変化させられる。
イオリはすぐさま、両手の剣に魔力を注ぎ込み、白へ出力を上げる。別に段階を踏まないと最高にまで上げられないということはないが、あくまで修練であり、体慣らしのため、いきなり全力を出さず、じっくりやる方針でいるからだ。
「行くよ」
すぐさま、イオリは突進する。そして、斜めに剣を振るい、連撃を繰り出す。
二本の剣がエピックに襲いかかるが、それをエピックは涼しい顔で防いでいく。剣が当たるたびに、こ気味いい金属音が響き渡るが、棒が斬れることも、ましてやイオリの剣がヒビ折れることもなかった。
イオリは刃の方に魔力を集中させているため、刃に当たる分には剣が破損することはない。今までは見えない剣による不可視な不意打ちばかりしていたので、剣の形成に自体が久しぶりということもあり、不備があった。それをイオリは瞬時に修正したのだ。
「おもしれえな。出力じゃこっちのが優ってるってのに、よく耐えるもんだ」
暫く受身だったエピックは更に顔の笑みを深くしていく。
「じゃあ、ここいらで反撃するぜ」
受けに回っていたエピックは横に棒を薙ぐ。イオリはそれをわざと剣で受け、その勢いを利用して後退する。だが、エピックの移動速度が異常なのか、棒がイオリに迫る。しかしその棒は途中で何かに当たったのか、イオリに当たる直前に金属音を響かせ、止まる。
「んだこりゃ」
「見えない盾。このあと見えない銃と剣もとい、見えない弾丸と斬撃が来るよ」
ピューと口笛を鳴らすエピック。直後、笑顔が消え、瞬時に地面を蹴り、後ろへ移動する。一瞬遅れてエピックのいた場所に斬撃の嵐が吹き荒れる。それはエピックの形をズタズタに切り裂く小さな斬撃の軌跡だった。
【固定斬撃:嵐界】
それはイオリが愛用している技の応用である。不可視の斬撃を空間上に固定することでそこにあるものをズタズタに切り裂く技だ。その斬撃の大きさを変え、瞬時に複数設置する。
これだけ見ると非常にチートじみた技に見えるが、技を放つ本人にも斬撃は軌道しか見えないので、設置するのが非常に難しい。現在イオリは使い慣れているのと、異常なまでに優れている空間把握能力によって成り立っている。
つまり、他の人がこの技を使えばもれなくフレンドファイア不可避である。
『まあ、ゲーム内仕様なんだからチートじみててもチートではないから』とは彼女の弁である。
「扱いづらそうな技だなそれ」
エピックは一見してその技がどういうものか見当を付ける。これを捌くには勘と相手の挙動、目線、殺気といった様々なものを統合して判断しなければいけない。
そして実際、エピックは捌けていた。イオリが振るう剣に対応しながら、不可視の斬撃と銃撃を弾いてやり過ごす。
「ったく、ピクリとも笑わねえなお前。俺は強い奴とやるときはニヤケが止まらなくなるってのによ」
エピックは慣れてきたのか雑談を始める。顔に余裕はないが、笑みだけは消えていない。
「もう、戦いを楽しいって思わなくなったから。誰も追いつけないし」
「ほーう。なら、俺が楽しくしてやんよ」
瞬間魔力の壁がイオリを阻んだ。それは特殊な技能がなくとも、触ることが出来るほど肥大化した魔力の塊だった。エピックはそこから更に放出し、イオリを吹き飛ばす。
「俺はよう。生まれつき魔力量が桁違いなんだわ。んでもって鍛えてさらに容量は増えたし、魔力の回復速度も鍛えて早くなった」
棒にも魔力をまとわせ、エピックは不敵に笑う。
「こっから全力で行かせてもらう。お前も全力出さねーと、死ぬぞ」
エピックの魔力が部屋を覆い尽くす。膨大な魔力の奔流にイオリは溺れかける。魔力からはとてつもなく重いプレッシャーを感じ取り、気分までもが沈んでいく。だが、イオリは地に立つ。
笑みを浮かべて。少女らしくない、挑戦的な笑み。
「全魔力開放!」
「領域擬似展開!」
イオリは出力を銀にまで上げ、エピックの魔力を押し返す。丁度部屋の中心が二人の魔力の境界線になる。
イオリは魔力で自身の強化を図る。身体能力などを瞬時に強化する方法は二つある。一つは魔術による強化である。魔力の消費が少なくて済み、重ねがけも可能だ。
もう一つは魔力を直接肉体に注入し底上げする方法である。これは魔術よりも速く効果を得ることができ、尚且つ魔力の限り上限なく強化できる。魔術の重ねがけには限界があるが、こちらの方なら限界がない。しかし魔力消費が多い上に、
現在イオリ、エピック両者共後者の方法を取っている。
それからイオリは両手の剣を霧散さたあと、手を合わせ、離す。すると手を合わせていた位置を中心に銀色の魔力が棒状になり、片方の先端には斧の刃と、槍の刃を合わせた形状になる――すなわちそれは
イオリの十八番は剣だが、なぜかあまり使わないハルバードを使った方が強い。レイドボスなどの強敵相手にはいつもハルバードを使っていた。つまりイオリはエピックをレイドボス並みと捉えていた。
部屋を両者の魔力が充満し、交じり合う。それは二匹のウロボロスが互いに相手の体を喰ら尽くさんとするかのような情景だった。
二人は地を蹴り、中心で激突する。激しくぶつかり合い、高速戦闘を繰り広げる。それは常人では目で追うことが厳しい戦闘風景である。その場にいる者は戦闘慣れしている者ばかりなので、目で追うことはできる。しかし皆が皆見とれていた――魅せられていた。
最強と謳われる二人の戦闘が甘美なオーケストラの音楽に勝るとも劣らない、高級芸術そのものに幻視するほどに。
そして決着がつく。
キン――と今までのぶつかり合う激しい金属音ではなく、か細い、まるで命でも途切れたかのような儚い音が響き、カランと音を立てて地面に落ちる。
地面に落ちたのは、エピックの棒だった。その断面は鏡のように滑らかな断面である。そしてエピックの首に皮一枚隔てて、ハルバードの刃が寸止めされる。
「いいな。参った。こいつは気味のいい敗北だ」
エピックが負けを認め、イオリは鉾を霧散させる。
「ヒャッホー! さすが姐さんだぜー!」
と緊張感のない賞賛の声が、部屋の外からかけられる。その声はいつの間にそこにいたのか、綺麗な服装を身にまとい、髪や髭を整えた盗賊の男達だった。
「いつの間に」
「姐さんが吹っ飛ばされた辺りからですぜ」
イオリは呆れ顔で問うと、リーダー格の男が代表して答える。
しかし身なりを整えた男達はどこか精悍で、いわゆるイケおじといった雰囲気に仕上がっていた。
「ま、いい運動にはなったかな。エピックさんはどう?」
「エピックでいい。レンデル、あんたは俺と対等だ」
「負けた方が言うんですか?」
イオリは少し調子に乗ってエピックを煽る。しかし精神的にまだ子供な部分が残っているイオリの心情を察していたのか、エピックは煽りに乗らない。粗暴そうな雰囲気の男だが、落ち着きはある模様である。
「全力は出したが本気は出してないんでな。奥の手も出してねえし。これはお互い様だろ? レンデル、あんたこそまだいくつか出してねえ技や切り札があんだろ」
「ま、ね。確かに、あそこまでボクの固定斬撃と剣術の猛攻に雑談交じりで対応されるってのは経験なかったし。対等だね」
「剣術つったか。最後の鉾捌きは剣以上に驚異だったな。究極に完成された動きだが。誰かに習ったのか?」
「いや、我流だよ。色々と参考はしたけれど。体を動かすのは好きだから」
「我流であそこまで精度がいいってなると、才能かねえ。ま、俺とて我流だが。親近感わくな」
そう言い苦笑を浮かべるエピックとイオリのそばにはいつの間にかアザミがいた――怒りが宿った顔をした。
「もう! エピックさん! レンちゃんが怪我したらどうするんですか!?」
「あん? てめぇレンデルがミタリに似てるからって過保護かよ。怪我してねえからいいじゃねえか」
「結果論で語らないで! レンちゃんの可愛い顔に傷が付いたら……私、怒るから」
「現在進行形で怒ってんじゃねえか」
「怒ってないですー。それに親近感が沸くとか……その、なんか許せません!」
「おま、そりゃアレだろ! 完全な言いがかりじゃねーか! 嫉妬かおい」
ったく、とエピックは頭を掻きながら、呆れ顔になる。
「まるでミタリがいた頃みてえじゃねえか。少しは楽になったのか」
「……ま、まあね。それより、早く行きましょ。レンちゃん。身支度しないと」
「身支度必要なのはアザミさんだけじゃ」
「ほら行くよ」
「うわちょっ――」
アザミは強引にイオリの手を引き、修練場を出ていく。それをエピックはやれやれと肩を竦める。
「大胆お嬢様復活ってか? 顔と声が似てるだけの別人だってのに。あそこまでイキイキするかよ」
「お疲れ様だ、エピック」
「おう王様」
エピックが部屋を出た辺りでエリック王が声をかける。
「どうだった」
「んー。体術は完全に俺と互角だ。これは断言していい。魔力量こそ俺のが断然上だが、それを出力の可変で対応してきた。あれがクラススキルってやつか? 戦闘センス自体は俺より上だな。俺は技っつーより力技のゴリ押しだから種類が違うんだがな。それにまだ隠しているモンもあるみてぇだし」
「君がそこまで評価するのか。ま、僕の目から見てもあれは相当な化物だ」
エリック王は戦闘後の部屋を見やり苦笑する。その部屋の壁は魔力のこもった攻撃を当てようが、上級魔術を何発ぶつけようが傷のつかない代物なのだが――二人の戦闘の余波によりそこらじゅうヒビだらけだった。酷いところは捲れたりしている。
修繕が必要と判断したエリック王は暫くは使用禁止とすることに決めた。
「だろ。あと、動きは完成してはいるが、まだ成長途中だな。発展途上とでも言うのか。限界地点は見えているが辿り着いていない。ま、俺みたく限界をぶっ飛ばしちまうだろうが」
「末恐ろしいね。あれがアランさんの隠し玉で切り札か」
「あの女の仲間ってのがなあ、ぞっとしねえな」
「ま、アランさんは僕の友人だし実質仲間みたいなものだよ」
そうかよ、と納得しかねると不満そうな顔をするエピック。どうやら『十三日目の今日』団長のアランには苦手意識を持っているようだった。
「それはそうと、アザミお嬢さんはやっぱレンデルにホの字なのか」
「多分そうだろうね。今はまだ顔と声だけで好意を寄せているけれど。内面も好きになるのも時間の問題だと思うよ。なにせレンデル君――彼女」
「ああ」
「危なっかしくて庇護欲を掻き立てる」
「危なっかしくて庇護欲を刺激させる」
だよな、だよね、とアザミの危なっかしい人はほっとけない、悪い男に引っかかりそうな性格を指摘する。
そしてまた、ミタリも危なっかしい人物だったと思い返すのだった。
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