第6話 仲間との再会

 王の私室に入り、イオリはそこでソファーに腰をかけている女性を見て、安堵する。

 本来ならば、雑なまげを頭にぶら下げ、浴衣を着流す無刀の侍といったアバターだった。だが目の前にいるのは髷の代わりにポニーテールを揺らし、浴衣を着流した女性だった。

 しかしその姿に見覚えがないわけではない。オフ会で何度もであっている人物でありリアルでは従姉妹の関係。伊勢仁の中の人日向 ひゅうが なつであった。


「やあ、レンデルちゃん。三十年ぶりだ」

「昨日ぶりです。ジンさん」


 二人の会話に違和感はあるものの、対面して漂う空気に、間違いなく知り合い同士であろうと、感じるエリック王。

 そして三人も席に着く。エリック王は机の後ろにあった椅子を引っ張り出してそこに座る。イオリとアザミは伊勢仁と対面する形で座る。


「まずは、そうだね何から話そうかな」

「えっと……ここで話しちゃっても大丈夫なんですか?」

「問題ないよ。この国とうちのギルド……というよりエリック王と団長個人同士が裏で繋がってるから」

「防音に優れていますし盗聴の類はないので、安心して話してください。ま、『十三日目の今日』のアラン団長から色々聞いてはいますがね」


 王は砕けた態度でそう言う。

 王個人がいるのは、団長と繋がっているという点で理解できるのだが、アザミがいることに疑問が出る。


「彼女はほら、一応私の護衛兼関係者ですから」


 と、エリック王が補足する。


「ま、一応情報を適度に流しますかね。……この世界、簡単に言えば『黄昏ログイン』の世界とほぼ同じ世界です。同じ地形、及び国にNPC、モンスター。ダンジョンまでもが、です。これ全てが現実化した状態といえばが想像つくでしょう。ですが、違う点がある。まるで大型拡張アップデートでもあったかのような」

「異なる大陸――サーン大陸の隣、つまりここムーン大陸ですか」

「おや、そういう話は聞いたんですか。その通りここムーン大陸は本来ゲーム内にはなかったものです。ですが、この大陸はこの大陸で歴史がある。しかも、ほぼほぼ攻略されてきているサーン大陸と比べ未知の領域が多い。これってワクワクしませんか?」


 わかる、とでも言うようにイオリは二度大きく頷く。それを見た伊勢仁はにやりと笑みを浮かべ「さすがレンデルちゃん」と呟く。


「で、次に私とあなたの姿についてですね。これ、最初この世界に放り出された地点がムーン大陸の人限定の現象みたいです。現に初期位置がサーン大陸の人はアバター姿です」

「え、なにそれ。色々と暴動とか起きそうだけど」

「実際起きましたね。複数の大型ギルドが内部崩壊したほどです。今はもう沈静化しており、プレイヤー同士の溝は埋まっています。残念なことに内部崩壊などで亡くなった人もいるのですがね。フレンド欄、見ました? ログアウト表示の人はもう亡くなっている認識でいいと思います。実際、私のフレンド欄もそんな有様です」

「……ギルドでフレンド登録している人以外は全部ログアウト状態なんですよね。ボクのフレンド欄。それはそうと、この世界、現実と同じで死んだら死ぬんですか」


 死んだら死ぬとはまた哲学的な言葉だ。しかしゲーム内であれば、死――HPがゼロになれば死ぬ。経験値が半分減り、所持金も少し無くなる。そういうペナルティーがある。


「死ぬと死ぬ。概ねその通りだと思うよ。ただ、死んだ直後ならば蘇生魔術で甦れる。さすがにどれだけ経つと蘇生できなくなるか、なんて実験はやっていないけれど」

「そう、ですか」


 チラリと目線だけアザミの方を見る。アザミはイオリの方をずっと見ていたようで、目が合う。アザミは少し頬を赤らめ、目線を外すが。イオリの目には、暗にミタリのことを想像させてしまい気分を悪くさせた、と映る。

 蘇生魔術が間に合えばミタリはアザミの隣で笑っていたのかもしれない。

 しかしそんなイオリの思いとは裏腹に、アザミはただただイオリの顔に見とれていただけなのだが。


「あ、そうだ。ギルドのみんなはどうなんですか」

「ま、お察しの通りかもしれないけれど、我がギルドは拠点なんてものがないから全員この大陸が初期位置でね。あとはご想像の通りさ。一応サーン大陸で建国したり、ギルドの拠点を建ててたり、そこに所属していたりする人はサーン大陸、無所属だったり、私達みたいに定住しているギルド拠点がない人はムーン大陸が初期位置って法則だろう、というのが学者系プレイヤーの見解だね」

「へぇ……じゃあマイマイちゃんは……マイマイくんに」

「そうだね。本人は恥ずかしがっているけれど中々様にはなっているよ。元が女の子っぽい可愛らしい顔だったから」


 マイマイとは『十三日目の今日』内唯一の中の人が男の子のギルド員である。初オフ会の時に判明したことだが、マイマイ以外全員が女性だった。アバターこそ男の人はいるが、全員女性――マイマイは女性アバターで中の人は男の子である。

 しかしその可愛らしい容姿から男の娘とネタにされ、暫くログインしてこなかった時期があった。しかし数日後ログインした彼は吹っ切れたのか、クセになったのか、割とノリノリでロールプレイしていた。そんな彼女かれのクラスは【魔法少女】である。


「あと、この世界。レベルの概念がなくなって、元々あった修練で熟練度を高めてスキルや魔術を覚える仕様になっているみたい。アイテムを触媒としたり人に教えてもらって覚えるのもあるけれどね」


 『黄昏ログイン』での技能スキルや魔術の習得方法は主にレベルを上げてポイントを振り込むというのと、修練や特定のアイテムを触媒にしたり、消費したりして習得というものがあった。しかしレベルが上限まで達するとそれ以上スキルや魔術の習得ができなくなる仕様だった。

 しかし現状習得方法は後者に絞られたとはいえ、レベルの概念がなくなったため習得できる可能性はさらに広がったとのことだ。


「だから、レンデルちゃんも修練や触媒なんかを利用したりして、今より強くなれるよ。多分。私だって今まで魔術しか掴めなかったけれど、今じゃ魔力すら掴めるようになったよ」

「へえ、面白いですね。……でも、今より強くなってもいいものですかね」


 トップランカー【絶域のレンデル】。PvP戦及び協力戦の戦績は常にトップで、他の追随を許さず、数字で見てもレンデルと一つ下のプレイヤーとの差は文字通り桁が違った。

 そんな彼女に与えられた、もとい呼ばれた二つよびなが【絶域】である。誰も到達することができない領域。そういう意味で付けられたものだ。他にも二つ名はあるのだが、やはりメジャーな二つ名が【絶域】である。


「構わないでしょ。あなたに並ぶ程のプレイヤーやこの世界の現地民は現れてきたから。それに、レイドボスを一人で攻略できる人がさらに強くなるのならそれは磐石というもの。未知相手に上限や限界なんて言葉は不要だから――必要なのは

「ふーん。じゃ、久々に修練やってみようかな。レベルの概念がなくなるってのはいいものだね」

「あの、その修練に私も混ぜてもらってもいいかな?」


 アザミがそう言う。二人の会話に割って入るような形になって、バツの悪そうな表情をしている。しかし意思が、動機が、割って入ってでも参加しなければないという原動力となったようだ。


「邪竜退治ですか。確かにアザミさんの力を上げることも必要ですね。いいですよ、二人で頑張りましょう」

「よろしくお願いします。レンちゃん」


 二人の間に和気藹々とした空気が流れる。


「レンデルちゃん。質問とかある?」

「そうですね、一つだけ。ギルドチャットの方で会話している記録がなかったですけど。何かあるんですか?」

「ケータイ……というか、通信機が開発されてね。念話みたいな魔術も開発されたし、文字打つより速いってんでチャットはあんまり使わなくなったんだ。今じゃ誰が何してるとかっていう報告する掲示板替わりになってる」

「そうですか、わかりました。それも要習得ですね――って、ボクのクラス回復魔術以外使えないんですが、これはどうしよう」

「うーん。レンデルちゃんのは隠しクラスだから特殊だしねえ。でも同じく魔術習得不可のクラスだったマックスも習得できてたし、できるんじゃないかな。ある意味魔術内の分類から外れた新技術だし」

「そうですか。じゃあ問題ないですね。あと、これからについてなんですけど。今後、ボクはここでアザミさんと修練をしたいんですが」

「じゃあ、修練にいい場所があるからムロク王国まで来てくれるかな? そこがギルドの本店になってるんだけど。一応団長にだけでも会ってあげて欲しいから」

「アザミさんを連れていけたらいいんですが、アザミさんは重役ですし」


 守護者と称されるアザミは国外でも有名な存在だ。王国領内ならばいざ知らず、国外へはおいそれと連れ出すわけには行かなくなる。それに一国の最高戦力とされる人物が国外に出てしまうというのも二重の意味で危険である。自国の防衛が疎かになるのと、他国へプレッシャーを与えてしまうというものの二つである。

 悩む三人に一石の波紋が生じる。


「連れて行っても構いませんよ。装備を身につけていなければ、何も言われないでしょうし。ムロク王国は一応、我が国内では現在要警戒国であるんですが。ま、心強い人がいるので心配ないでしょう」

「王がそうおっしゃるのならば」

「うん。強くなっておいで」


 そこでノック音が響く。エリック王が入れと短く言うと扉が開き、衛兵らしき男と、薄汚れた男が入ってきた。薄汚れた男は後ろ手で縛られているようだった。


「ああ、もう一人の来訪者だね。」

「あ、あねさん!」


 その男はイオリが神殿のような建物で対峙した盗賊達のリーダ角の男だった。

出会ってから時間が経っていないのでイオリはその男を覚えていた。


「彼、一応噂ではそれなりの盗賊らしいんだけど……レンデル君とはどういった関係だい?」

「ハクちゃんと出会った神殿を根城にしていた盗賊ですね。ボクが軽くいなして伸びてたんですが」

「姐さん! 俺達は金をくれたあんたに惚れたんだ! 俺達総勢十三人の盗賊団は姐さんに一生付いて行くって誓ったんだ! 盗みもやらねえ!」

「本音は?」

「あんだけ金持ってる凄腕冒険者の下にいれば盗賊なんてしなくても金が大量に手に入っちまうからな」

「正直でよろしい……エリック王。彼ら、ボクの所に来たいと言ってるんですけど、もらっても構いませんか?」

「うーん。そうだねえ。実際噂の盗賊団の顔を見たことある人はいないし、彼らはもしかするとただの放浪者かもしれないしねえ。それなら実力のわかる君に預けておいた方が、こちらの牢も空くしで一石二鳥だ。うん、任せるよ」

「ありがとうございます」

「そうと決まれば身なりだな。服を見繕ってやれ」

「はっ!」


 衛兵は返事をし、リーダー格の男を連れ立って行く。


「ボクが言うのもなんですけど、良かったんですか?」

「私は王である前に勇者だからね。悪さをしないと懇願する者にチャンスを与えるのは、勇者としての役目だ」

「もう、王よ。それでは王失格ですよ」

「問題ないよ、あれは勇者としての発言だからね」


 アザミの言葉を都合のいいことを言って煙に巻く。だが、この国の者はそんな王らしからぬ一面を持つ王を慕っている。それは純然たる事実だった。

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