第5話 生娘みたいな反応
朝。朝日が窓を突き抜けイオリの顔にかかる。朝日が目にかかり、まぶたをこすりながら、上半身だけ起こす。窓を覗き込み、朝であることを確認する。イベントリを開き、そこに表示される日時を見れば、現在午前十一時を過ぎた頃だった。
「本当に昼まで寝てたね」
ふと横を見やると、そこにはイオリとは逆の方を向いたアザミが寝息を立てて、未だ深い眠りの途中だった。
なんでも睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の二種類があるそうだ。前者は脳が起きている状態、後者はその逆で脳が寝ている状態である。前者の状態で起きると朝はスッキリ起きれるが、後者の場合スッキリ起きれないどころか、脳にも良くないらしい、が。
「起きて、アザミさん。昼だよ」
イオリは気にしない。そもそも脳に良くないというのも半分違うのではないか、いや、そういうことにしよう、少なくとも自分の知識の中ではその節は半分違う、と結論づけ、アザミを揺り動かす。アザミの服装は昨日と変わらずの服装であった。流石に装備は脱いではいるが。
アザミは少し鬱陶しそうな表情をし、寝返りを打つ。イオリのほうを向く形になるが、その時に朝日に反射して、アザミの首元が光る。光を反射した物の正体は『冒険者の指輪』だった。リングコネクターのついたチェーンで首にかけた状態の『冒険者の指輪』で、彼女はどうやら指に付けるのではなく、ネックレスとして身に着ける派だったようだ。
しかし指輪の持ち主がわからない、とイオリはアザミを起こすことそっちのけで、首元に顔を寄せ、指輪を手に取る。
そこにはアザミの名と彼女のクラスが【聖騎士】であることが刻まれている。そして彼女がBランクの冒険者である事の証明も書かれていた。
イオリは自分の『冒険者の指輪』と見比べる。その指輪には名前と自身が冒険者である証明、クラスの名が刻まれていた。ゲーム時代では元々キャラメイク後、自動で冒険者となる。そしてその時に与えられるのが『冒険者の指輪』である。『冒険者の指輪』は決して外れることはなく、イベントリを開くのに必要なアイテムである。そしてランクというものも存在せず、Bランクというものもどれほど高いのかもわからない。
この世界特有のランク付けなのか、それとも誰かが作ったのか。疑問が次々に上がるが、ともかくイオリは一旦落ち着く。
(これがミタリさんの指輪だったら、重くてびっくりしたよね)
そんな感想を抱いて、胸をなでおろすのである。
「んー、もうひる……」
「はい」
アザミが眠気眼でイオリの方を向く。そしてイオリはアザミの方を向く。
そこで必然的に二人の目が合う。イオリは今アザミの首元まで顔を寄せているのでかなりの至近距離だった。瞬間、アザミの顔が見る見るうちに赤らみ始め、急いで後ずさる。
「あ……」
イオリとアザミ、両者が呆けた声を上げた瞬間、アザミは後ずさりすぎてベッドから転落する。ごつんと、床に重いものが落ちた時の音が響き、イタタと、頭を打ったのか後頭部を撫でるアザミの涙声が聞こえる。どうやら今の転落で完全に目が冷めたようである。
「って、れ、れれレンちゃん。ふ、服着て」
アザミは自分の目を手で覆い隠し、イオリに服を着るよう言う。イオリは言われて自分の体を見て、自分が今下着しか身につけていないことに気が付く。
「いえ、あの。胸がない人にもブラを着ける権利はあると思うんです。スポブラならその辺気にしなくてもいいんじゃないかなって」
「そういう問題じゃなくて、服着て! ブラを着ける権利より女性としての尊厳を大切にして!」
「あ、はい。それもそうですね」
実は昨夜シャツやスカートが皺だらけになると嫌なので、全部脱いでアイテムボックスに入れていた。自分の身につけていた衣服は装備品という扱いで、アイテムボックスの装備品欄に入れることができたのだ。イベントリを開き、アイテムボックスからシャツ、ネクタイ、スカート、黒ハイソックスを取り出し、上から順番に来ていく。その過程の最中、アザミは部屋の隅で壁に向かって体育座りをしていた。
「それはそれとして、なんでボクの体見て生娘みたいな反応をするんですか?」
「いや、だって久しぶりに恋人の顔した人の裸を見たし……ミタリの方が胸大きかったけど」
「最後のは蛇足ですよ、それ。ボクは貧乳であることに劣等感を抱かないタイプの懐の大きい人だから良かったものの。普通は何されるかわかりませんよ。因みに胸は大きい方が好きです」
「胸の好みは聞いてないよ! あと、君の口から生娘って単語は聞きたくなかった」
「恋人と同じ声だからですか? 話を聞いてると、ミタリさんって生娘って単語くらい言いそうですけど。蛇足ですがアザミさんくらいの胸は結構ストライクゾーンですよ」
「本当に余計な一言だよ! ていうレンちゃんって、その……恋愛対象は同性だったりするの?」
「あーいえ。恋愛をしたことも、恋に目覚めることも、人を恋愛的に好きになったことがないので。わかりません」
「そ、そっか」
そことなく残念そうな反応をするアザミにイオリは疑問符を浮かべる。そして一つの結論に至る。
「もしかしてですけど、ミタリさんって男性じゃなくて女性だったりします? ボクの常識では異性愛が一般的なんで、ミタリさんっててっきり男性だと思ってましたけど。この世界では同性愛も異性愛も同じことって認識なんですか? ハクちゃんとケティちゃんの仲を見てると割と同じことって認識ぽいですが」
「うん。そうだね。そういう感じだよ。そしてミタリは女の子だよ。うん。私の好きになった人が女の子だってだけだけど。レンちゃんがもし男の子でも別に嫌悪したりとかは」
「いや、ボクは女ですよ。こんな一人称だし、胸がないしで間違われたり……いや、ないですね。顔は女性型ですから。美人って周りに言われてますから」
「自分のことを女って……レンちゃんもしかして男を知って」
「いや、もう本当あんた頭の中煩悩まみれですか!? 思春期の中学生かなんかですか!? よくそんな状態で恋人できましたね!」
「ち、違うもん。ミタリとは二、三回くらいは営みはあったし。でも、ほらいなくなってから欲求不満というか」
ゴニョゴニョと口をすぼめて小言を呟くアザミ。その光景にイオリはただただ呆れるのだった。
(さらっとミタリさんの名前が出てくる辺り、この人実はそんなにトラウマではないのでは?)
しかしミタリの最期を語るアザミは苦渋に満ちた顔をしていた。トラウマでないはずがない。やはり、いい思い出と悪い思い出を別々で分けられているのだろう。でなければ――折り合いをつけられていなければ、今頃彼女はこの世にいないだろう。
「おや、随分と打ち解け合えているね」
扉の方から声がした。それは男性の声で、二人のよく知る人物の声だった。二人共声のする方へと振り向く。
「お、王!?」
真っ先に声を上げたのはアザミだった。なにせ自分の仕えている主(しかもフランクとは言え一国の王である)が自分の部屋に来訪しているのだから驚くのも当然である。しかも今は起きたばかりでヨレヨレの服に乱れた髪という状態である。顔がみるみるうちに赤から青へと変わっていく。
「ノックは一応したんだけどね」
「し、しばしお待ちくださいぃ!」
アザミはイオリとエリック王を自分の部屋から追い出すと、扉を閉め、鍵をかける。そして身支度を始めていた。
「打ち解けているようで安心したよ。それに心なしか、彼女、元気になってるし」
「割とこの顔も役に立つものですね」
「おや、まるで今まで役に立たなかったと聞こえるが? 君の顔は容姿が整っていて、客観的に見て十分すぎるほどに美人だ」
「いや、役に立てることをしなかった、というだけですよ。ま、美人だって自覚くらいはありますよ」
イオリは冗談ぽく軽く肩を竦めてみせる。エリック王はそれを見てくすりと笑う。
「それはそうと、用があったんですよね? 従者に呼びに来させればいいのに、王自ら出てくるなんて」
「抜き打ちで君達の様子を見に来たかったものでね。随分とお寝坊さんだったみたいだけれど」
「あーいや、寝るのが遅かったので。あの、これには別に深い意味とかないんで」
「そうかい。そういうことにしておこう。ま、用っていうのが、レンデル君。『十三番目の今日』の伊勢仁君が君に会いに来たよ。君の立場の証明は彼女の存在が証明してくれたよ。それから、もう一人……いや、十三人かな」
(ジンさんが来たのか。確かに副団長という立場もさながら、ギルド内で説明が一番上手いのはジンさんだしね。というよりジンさん以外説明が下手くそなだけかもしれないけど)
しかしここでイオリはふと疑問に思う。エリック王は伊勢仁を彼女と呼んだ。アバターも中身も女性のイオリと違い、伊勢仁は中の人は女性だが男性アバターだったはずである。
まさか自分と同じ境遇ではと思い至ったところで、アザミの支度が終わったらしく、部屋から出てくる。
「では、行こうか」
エリック王に連れられ、イオリとアザミは王の私室へと足を運ぶ。
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