第4話 調査報告
王の私室は静かな豪勢さがあった。金色や派手な装飾といった過剰さがあるわけではなく、上等品、あるいは品質が最上級のものが多かった。例えば、床に敷いてあるカーペットもその一つだろう。本来防具に使われる魔獣の革が使われている。本棚にも術式が刻まれており、本の保管を助ける効果を持っている。
本棚が壁に敷き詰めてあり、様々な本が置かれている。そして王の執務机に、客人を持てなす時に使う、二つソファーが机を挟む形である。
エリック王、ハク、イオリは王と対面する形でソファーに座っている。座ると体重によって沈み、ふかふかして気持ちのいいソファーだった。簡易ベッドとしても使えそうなソファーである。
ちなみにケティはハクの部屋で待機している。
「さて、まずは調査報告から聞こうか」
「はい。では、結論から言いますが――あの遺跡はクロでした。邪な者が封印されています。封印の状態まではわかりませんが、恐らく外から手を加えれば復活する程度には弱まっていると思います」
「……そうか。ならばすぐにでも我が国の領地にし、シスターを向かわせるべきだな」
「それでムロク王国との交渉は……」
「難航している。時間稼ぎされているとしか思えない返答が多い。恐らくあちらも勘付いているのでしょう。最悪強行するしかないな。わかりました。そちらは私が対応しましょう。ありがとうございました」
簡単に結果報告が終わり、エリック王はイオリの方を向く。
「レンデルさん、お待たせいたしました。事情から話させてもらっても構いませんか」
「は、はい。大丈夫ですし、あの、そんなに改めなくてもいいですよ。先程フランクな方が話しやすいと言ってましたし」
「そうですね。では、事情からだけど……その前提の知識として、この国には私が選んだこの国の最終防衛戦力である七人の守護者がいるんですが」
便宜上『守護者』と呼ばれているその者達は最終防衛線であり、最高戦力だという。因みにハクもその一員である。国王と親密であるのも頷ける地位でもあり、フランクに話す理由でもある。因みに王の次に権力がある。
その守護者の中にミタリという子がいた。あろうことかエリック王はミタリとイオリの顔が、生き写しや生まれ変わりを疑うほどに瓜二つだと言う。しかし瓜二つとはいえど、同じなのは声と顔くらいなもので、体型とか身長、性格は違うらしい。
「……生き写しということは」
死人のそっくりさん――自分の出した結論が実に的を射た答えだったことに驚くイオリ。ここまで自分の勘が冴え渡っていたのは、過去にもない。
「そうさ、ミタリはもうこの世にいない。先程途中退室した側近。彼女はアザミと言うんだが、彼女の恋人でもあったんだ。同じ守護者同士でもあったし、コンビネーションも抜群だった。それだけにミタリの死は凄惨なものだった」
まるで自分の苦しみを話すかのように語るエリック王。いや、まるでではなく、実際彼も信頼していた家臣の一人だったのだろう。顔からは悲愴感が出ている。
チラリと横を見れば、ハクも同じような表情をしている。まだ幼い顔の彼女の方が感情が表に出ているように見える。
「ミタリはアザミの目の前で邪龍に喰われて死んだ――アザミを庇って。だからね、君を見て、耐えられなくなったんだろう。後悔、喜び、トラウマ、様々な感情が湧いて出たのかもしれない」
「そう、だったんですか。悩ましい顔ですね。ボクの顔も」
「いや、君まで悲観しなくてもいいんだ。こちらの勝手な都合だからね。こんな話をして図々しいことこの上ないが、お願いを聞いてくれると嬉しい」
「なんでしょうか」
「アザミと暫く行動を共にして上げて欲しい。彼女の心のケアをして欲しいんだ。もちろん報酬は出そう。君は冒険者だからね、相応のを払うよ」
「いえ、対価はいいですよ。わけわからない場所から安全な場所まで連れてきれくれたんですし。それで十分です。引き受けましょう」
人助けというのもたまにはいいだろう、そんな軽い気持ちでイオリは承諾した。むろん、他人に頼られる――それも一国の王からの依頼だ。単純に他人から頼られることに抵抗はあるものの嫌いではないイオリは、不謹慎ながら少々わくわくしている。
「ありがとうございます。それと、これは提案なのですが。この国の守護者に、レンデルさんもなりませんか? 非公開になっていた『十三日目の今日』最強の冒険者であるあなたなら十分に務まると思いますが」
「いえ、それは遠慮しておきます。ボクにはギルドがありますから。どうしてもというのであれば、個人的にお願いしてくれれば、引き受けますよ。ボクの方も王様とのコネクションがあると何かと便利でしょうし」
「なるほど、ではそういうことでお願いします。ハク、レンデルさんをアザミの部屋まで送ってあげてください」
「りょーかい」
***
「あの、最強の冒険者ってなんです?」
「え? 君のことだよ。『十三日目の今日』ってギルドに最強の冒険者がいるって事実として語られているんだけど」
エリック王の私室から出てイオリは真っ先に先ほどの会話の疑問を聞いた。最強の冒険者など名乗った覚えも、呼ばれたこともないのだから当然ではある。『絶域』という二つ名自体はあるものの、最強の冒険者などという称号は自分には似合わない。
(いや、確かに協力戦とかPvP戦での成績は常に一位だったけど)
ギルドチャットに反応があったことから、ギルドの人間あるいは自分と同じ状況の者はいると推測できる。可能性としてはそんな人ら――つまりはプレイヤーが広めたものではなかろうか、と。
「できれば、恥ずかしいのでそう呼ばないでもらえると嬉しいなー」
「そう? まあ、守護者最強の人もそう呼ばれるの嫌がるし、そういうもんなのかな」
なんとなく納得したハク。
「さて、ここだよ。レンデルちゃん」
そしてアザミの部屋の前まで来た。ハクは部屋の前でそれとなく待機し、イオリが一人で部屋の中に入る。念のためノックはするが、返事はなく。鍵自体はかかっていないので、小さな声で「失礼します」と呟き、イオリは中に入る。
中は女性らしい部屋という印象が浮かぶほど華やかな部屋だった。エリック王の私室と似て本棚が多く、そのどれもに術式が描かれている。
その部屋の一角にあるベッドに目的の女性がいた。服は着たままで、枕に顔をうずめ、押し殺したような泣き声が聞こえが聞こえる。
イオリはベッドへ足音をなるべくたてずに近づき、ベッドに腰掛ける。ベッドに腰掛けたときに、誰かが来たことに気づいたのか、アザミは涙で汚れた顔をイオリの方へ向ける。イオリの顔を視認するなり、アザミはイオリの胸へと素早く抱きつく。
「ミタリ……会いたかった。ミタリ、もう、はなさない」
錯乱、というよりは気持ちの整理がついていないのだろう、とイオリは思い、そっとしておく。
やがて落ち着いてきたのだろうか、アザミは泣き止む。そして顔を上げ、じっとイオリの顔を見る。目は泣き腫らした跡があるが、それは今できたばかりのものではなく、長期間断続的に枕を濡らしていたのだろうと思えるものだった。目の下のクマがその証とでも言うように濃く残っている。
少し落ち着いたのだろうか、アザミは腕を離し、イオリを見つめる。涙と鼻水をタオルで拭い、イオリの服についた涙も拭いてくれる。
「ごめんなさい。ちょっと気が動転してて」
「いいえ、構いませんよ。……あの、エリック王の頼みっていうのもあるんですけど、なんていうか、少し興味を持ちまして。よければ聞かせてくれませんか? あなたのことと、ミタリさんのこと」
アザミは小さく頷くと、ポツリポツリと話し始める。
ミタリ――スターチス王国の守護者であり、軍部の遊撃部隊隊長。そしてアザミの
概要を聞いて、イオリは自分と正反対だな、と思う。幼少期ならいざ知らず、ここ最近のイオリは笑い方を忘れてしまったのではないか、というほど笑わなくなった。ポーカーフェイスが得意なことも一因していたが、それはあくまで一因であり、全容ではない。
「ガンブレードの二刀流で魔術を周りにまき散らしながら戦う、危なっかしい人でした」
剣術で伸び悩んでいた自分をフォローしてくれたと、アザミは嬉しそうに語る。
(ガンブレードか。クラスはガンブレードマスターってところかな)
「正直守護者の中で一番弱いから、私」
そう自虐するが、アザミはどちらかというと個の武よりも、集団戦の指揮の方が才がある。「でも集団戦は得意なんです」と庇護もする。今のところ――四十年近く集団戦で敗北を味わったことは一度としてない。
「四十年……四十年!? え、アザミさんいくつなんですか」
「あーえっとね。王に選定された守護者は不老の加護を授かるの。だから年は取らないんだ。一応永遠の二十三歳だよ」
そう言えば二十三から自分の年を数えていない、と笑うアザミ。くすくすと、いたずらに成功した子供のような笑顔である。
「でも、君だって不老……というよりは見た目はずっと変わらないと思うよ」
そう言いながらイオリの右手を見る。右手の薬指――そこには冒険者の証である『冒険者の指輪』がはめられていた。白く輝く冒険者組合のエンブレムが付いている指輪だ。付ける指はどこでもいいし、なんならネックレスとして首につけてもいい。『冒険者の指輪』は持っていること自体に価値が有る。
なんでも冒険者の登録をしていないのに冒険者の資格を持っている者がいる、そして決まってその者は何年経っても容姿が変わらない――つまりは英雄種のことである。因みに冒険者組合自体ができたのが四十年前くらいのことである。
(……ボク以外もいる。少なくともギルドの人はいる)
イオリはそこでふと疑問に思ったことをアザミに聞いてみる。
「ここってサーン大陸ですよね?」
「ううん。違うよ。ここはムーン大陸。サーン大陸は海峡を挟んで隣の大陸」
イオリは目を見開く。
(サーン大陸と呼ばれる大陸があるってことは、この世界は『黄昏ログイン』と似た世界じゃなくて、同じ世界ってこと?)
名前が同じだけで違う世界ということも考えられるかもしれないが、イオリとしては同じ世界と考える方が都合がいい。正直変なことで頭を悩ませたくないのが本音である。疑い深くなると欝になる。
「あぁ、すいません。話、脱線させちゃいましたね」
「いいよ。だいぶ楽になったし……ミタリがいた頃ぶりだよ。こんな楽な気持ちになったの。今夜はぐっすり昼まで寝られそうだよ」
「体に悪いですよ。昼まで寝るのって」
「でも、気持ちがいいよ。二度寝みたいにさ」
五年前――スターチス王国領内の村を襲うワイバーンを討伐するべくアザミとミタリは遊撃部隊を率い出撃した。ワイバーンの討伐自体はなんてことないことではあった。所詮
だが、ヤツが来た――邪竜が襲来したのだ。人語を解し、知能があり、世界最強の種族である竜種を自称する邪竜は自身を『クロウカシス』と名乗り、襲いかかってきた。
二人なら何とかできる。そう思い、二人の守護者はそれに対峙した。どんな逆境や危機に対面しても乗り越えてこれた。
しかし結果は無残としか言い様がないほど、惨たらしいものだった。クロウカシスの初撃であるブレス攻撃で、守るはずだった村は人や建物諸共クレーターと化し、爪や牙、そして魔術を駆使し、挙句の果てには盾のようなものを召喚し、ここぞという時に放つ全力の攻撃を防いでくる。無論遊撃部隊も全滅。
そして消耗した守護者二人を弄ぶように、嬲り――ミタリのみをアザミの目の前、否、五十センチという至近距離で喰い殺した。
手も足も出なかった。実力差という意味と、ミタリが喰い殺される直前に両手両足を折られて物理的にも手も足も出なかった。
折れた手足などの外傷は回復魔術により綺麗に痕も残らず治ったが、心傷は治らなかった。三日間部屋に閉じこもっていたアザミだが、三日で無理やり立ち直り、死に物狂いで鍛錬に励んだそうだ。それでも剣術の腕は上がらなかったそうだが。
「傷は、癒えましたか?」
「全然。痛みはなくなったけど、癒えてはいないかな」
「ですよね。でも、ボクがこれからあなたの傷を治しますよ」
「お願いします。不思議な来訪者さん」
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。ボクの名前はレンデルです。仲間からはよくレンって呼ばれてます」
「私は、聞いてるかもしれないけど、ってさっきから呼んでたね。アザミだよ。よろしく」
二人は握手を交わす。
「それじゃ、特効薬を見つけないといけませんね」
「特効薬?」
「はい、邪龍退治――手を貸しますよ」
夜は更け。朝が来る。
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