第3話 エリック王への謁見

「おーい! ちょっと通りますよー!」


 ハクは大声で城壁の上部にいる門番へ合図する。すると門番は手持ちの望遠鏡のようなものを覗き、ハクを視認したあと、どうぞとばかりに仕草で返事を返す。


「レンデルちゃん、ちょっとついてきて、ね!」


 言いながらハクの周りに白い霧のようなものが漂い始める。それは魔力を含んでおり、ハクの前方へと移動し始める。


「階段作るから登ってね!」


 前方へと移動した霧はやがて形状を持ち、ガタガタと音を立てて階段状の形状を作っていく。真白い階段が一段づつ形成されていき、やがて城壁の天辺まで作られた。しかも手すり付きという気の利いた作りである。


「すご……これが魔法か」


 基本魔術というものを使えないクラスということもあるが、現実味を帯びたこの世界の魔法を目の当たりにして、簡単の声を漏らす。

 ハクは階段を上り始める。それにイオリも続く。イオリが踏み終えた後から次々と段差が霧のように消えていくので、内心ヒヤヒヤしてはいるのだが。


「とーちゃく!」


 階段を上りきったハクは振り向き、イオリに笑顔を向ける。


「ようこそ! 我がスターチス王国へ! 歓迎するよん。レンデルちゃん」

「どうも。よろしくお願いします」


 イオリも登り終え、街を見渡す。暗くはなっているが、街には明かりが灯り、賑わっている。


「お帰りなさいませハク様」

「うんうん。良きに計らうのだ諸君! 私とこの二人は王様に用があるからちょっとお城に行くね」

「わかりました」


 門番と軽く挨拶を終え、三人は王様のいる城へと歩き出す。


「あの、ハク様そろそろ降ろして頂けると……その、恥ずかしいので」

「おっと! 私としたことがうっかりちゃんだ。よっと」


 ハクはケティをお姫様抱っこから解放し、改めて歩き出す。

 イオリはさて、と思案顔になる。どうも門番のイオリに対する表情が気になったのである。皆が皆、イオリの顔を見るなり驚いたような表情をするのだ。驚愕、というほど露骨には驚いていないが、表情の変化が顕著だった。ハクの客人であろうと察しがついたのか直ぐに戻っていたが。


(本当はボクの顔になにか付いているのでは?)


 そう思っても仕方のない反応である。「こいつ顔になにか付いてるぞ」と驚いているのかもしれない。しかし、顔になにか付いているのならば、付いてますよと教えるのが人情ではないのか、と思わなくはない。この世界の文化、いてはこの国の文化もわからないので基準はよくわかってはいないが。少なくとも指摘くらいしてくれそうな、人の良さそうな者達ばかりである。そんな人が指摘しないということは、あまり目立たないのか、それとも――


「――死人のそっくりさん?」


 声にしてみたが、突拍子のない答えである。しかし気にしても仕方がないので、後で鏡を見るなりなんなりしようと思うイオリであった。

(瓶があるんだし鏡もあるよね)



***



 イオリはハクに続き暫く歩いて、城下(まちなか)を観察しながら歩いていた。気づくことがあるとすれば、多種族で街の営みが形成されているということだった。獣人、エルフ、ドワーフ、リザードマン、妖精など様々である。中にはスライムやゴブリンなど魔物と称されるような存在もいた。人以外にこうして文化や寿命も違うであろう種族達が、こうして肩を並べて住んでいるのには驚かざるを得ない。

 種族ごとに得意なことは違うのであろうが、それも関係なく、やりたいことを生業にしている、といった印象を持つ。鍛冶屋にはドワーフばかりと思えば、人や獣人も火事場にて鉄を打っているのである。

 やりたいことをやれる、自由という言葉が似合う街である。


「ついたね」


 ハクの声で、自分が城についた事に気づく。周囲にばかり気を向けていたため、気付かなかったようだ。

 城と言うので豪華で目立つ白いものを想像していたイオリだが、実際は違った。白いのは白いのだが、実に質素な雰囲気の城である。レンガ造りで、二階建てくらいの高さしかない。しかし街並みを見下ろせるくらいには高い場所にあるので、城下を見るくらいならば問題なさそうである。


「ねえ、王様の前での作法とかを教えてもらえる?」

「あー大丈夫だよ。動きは私の真似をしてもらえばいいから。発言とかは、まあ適当に失礼なさそうな感じで」

「わかりました」


 (いや、わかんないよ)

 ハク自身地位の高い家臣ではあるのだろうが、王様相手に適当でというのもどうかしている。

 そうこうする内に王がいるであろう謁見の間と呼ばれる部屋まで来た。扉が開かれ、王が玉座に鎮座している。王の横に控えているのは白銀の鎧を来た金髪の美女だった。髪色だけで王の血縁か、と判断したが、顔が似ていないのでその線はないだろうと考えを改める。

 そして扉から玉座までの間に四人ほど護衛であろう鎧を着た騎士が控えている。


「ちゃおーっす! ただ今戻りました!」


 謁見の間に入るなりハクははっちゃけた声で、手を振りながら堂々と入っていく。

(いや、これ真似したら死刑でしょ!)

 横を見ればケティは一礼して、慎ましく入っていく。イオリもそれを真似する。流石に不敬罪で死にたくはない。というよりこの国に不敬罪があるのか、あってもそれで死刑はあり得るのかは異世界初心者のイオリではわからない。考えても仕方がないのだが。


「よく帰ってきたね。無事でなにより――」


 王は金髪碧眼の美青年だった。顔は若めで、三十前後といったところだろう。服装はそれほど豪華ではなく、緑色の簡素な服装で、マントだけ少々装飾が凝っている。王冠はしていなかった。

 王との距離が近くなったところで。


「――だ」


 そこで止まった。時間でも止まったかのように、謁見の間にいる者達全員が目を見開き、口を半開きにした状態で、止まっていた。それは王も例外ではない。

 共通して、皆イオリの顔に目線が行っているというところだろう。


「え、やっぱり顔になにかついてるんじゃ……」


 イオリがそう呟いた途端、王の横で控えていた金髪の美女が身を翻し、「失礼します」と玉座の奥にある扉の中へと消えていく。

 それがきっかけか、王は口を閉じ、苦笑する。


「ああ、いやすまない。少々驚いただけだ。理由はあとで話すよ」

「はあ……」

「改めて挨拶させてもらうよ。私がこの国の王、エリック=ヴィ=デュクロラサールだ。元々勇者だった身でね。周辺国からは勇者王とも呼ばれている。あまり緊張しなくともいい。私もフランクな方が話しやすくてね」

「ボクはレンデルです。一応『十三日目の今日』というギルドで副団長をしています」

「え、副団長だったの!? あ、いや。そうそう。例の神殿で出会ったんだよ。シスター・エルと同じ状況らしくてさ。それにこっちのケティもね! ケティは私の専属メイドだからね!」

「ケティです。神殿にて盗賊に囚われていたところをハク様に救っていただきました」


 スカートの裾を摘まみ、優雅に一礼するケティ。その行為を見て、自分もするべきだろうか、と思うイオリだが、自身のスカートがだいぶ短いことに気づき、やめておくことにした。


「驚いた。あのギルドの一員か。十三人の内一人だけ非公開だった人物がこのタイミングで……」

「一応、ギルドの者が一人こちらに来るようなので、証明はその人がしてくれると思います。誰が来るのかはわかりませんけれど」

「ふむ。丁度話したいこともあるし……お疲れのところ申し訳ないが、このあと、私の部屋に来て頂けるかな? 先ほどの彼女のことも説明したいし、そこでハクの調査報告も聞こう」

「わかったよーん!」


 イオリの代わりにハクが返事をする形でこの場は締められ、イオリは再びハクとケティに続き王の私室へと行く。


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