第9話 お風呂
イオリとアザミはお互い体を洗いっこしたあと、湯船に浸かっていた。風呂場は思ったよりも広く、あと三人ほど入っても狭くなさそうなほどの容量があった。湯船もそれに合わせて広い。しかし二人は寄り添う形で入っている。
アザミの方からイオリに寄って座った経緯があり、理由は「近いほうが話しやすいでしょ」とのことであった。イオリとしても特に離れる理由もないのでそのままである。そもそも洗いっこしている時点で、湯船に浸かるときに離れるのも不自然だ。
「レンちゃんはなんであんなに強いの? 守護者最強のエピックくんに『体術は互角だ』なんて言わしめてたし」
「ボクはほぼ我流で強くなったのであまり参考になりませんよ?」
「あちゃ。参考にしようとしてたことバレてたか」
「まあ、邪竜を倒すの目的がある以上、強くなりたいと思うのが自然ですから。……そうですね。ボクの修練を聞くよりも、アザミさんの現状を話してもらって、それを改善する方が近道だと思いますけどね」
それもそうかな、とアザミは自分の現状を話す。
剣をメインに使っているがなかなか上達しないということ。
軍団を動かす指揮力は高いということ。
昔は聖属性の力を重点的に鍛えていたので、その手の力は桁外れに強いということ。
魔力の出力は白ということ
「そうですね。今のところ手っ取り早いのは武器を変えることですね。昔から使っていて上達しないというのは、努力の仕方がおかしいのか、根本的に向いていないのかですね。でも、指導は受けていたんですよね?」
「そうだね。でも、頭打ちになるのは早いかもとは言われたけれど」
「それはいつ言われたんです?」
「うーんと二十、いや三十年前かな」
「それもう頭打ちの段階に入っちゃってるんじゃないですかね?」
「そ、そうかな?」
「二、三十年修練してダメなら今後もダメでしょ。多分」
「だよね。うん。……あ、そうか。占い師に見てもらえばよかったか」
思い出した、とばかりにぽんと手を打つアザミ。
「占い師ってクラスのことですか?」
「うん、そうだよ」
ここでイオリは頭を傾げる。元々占い師というクラスは道具や武器の強化方法の模索や、ダンジョンなどのマッピングやモンスター配置を調べたりするのに特化したものだ。そういう適性だとかを見るクラスではなかったはずである。しかし占い師という名前からはどちらかというと適性を見るという方が正しく映る。
そもそもゲームと同じ世界観が現実化したようなものである。色々と仕様が変わっている場合もあるだろう。
例えばシスターエルが使用していた未来視――それは本来対象の攻撃を受けた時のダメージ予測をするだけのものだったが、エリック王とシスターエルの会話から察するに、本当に未来を見ているように思えた。
おそらく、現実化による大幅な修正が入っている可能性が高い。
そこまで考えて、占い師のクラススキルを統合習得していたギルドメンバーがいたことを思い出す。
「なら、ボクのギルドにいますね。占い師。いや、メインのクラスは鍛冶師なんですけどね」
「もしかしてイザミナギさん? あの有名な!?」
「そうですね。生産系――それも武器系統を作らせたら右に出る者はそうそういないとまで謳われた人です」
イザミナギは『十三日目の今日』において生産系の役割を担っていた。生産系とは言えど、戦闘も一応可能である。
ゲーム時代も生産系の頂点まで上り詰め、彼女が作った武器は高値で取引されていた。そのため『十三日目の今日』の資金面はかなり潤っていた。団長であるアランとはリアルでも親友らしく、色々と夫婦漫才のような喧嘩を繰り広げてはメンバーを笑わせていた。
どうやら生産系面で有名なのはこの世界も変わらないみたいである。それにゲーム時代になかったムーン大陸でも有名ならば地位は磐石だろう。
「それならレンちゃんとお揃いがいいな……」
「お揃い? ……鉾は扱いが難しいのでオススメはできませんが。でも鉾だとボク自身教えやすいのでアリと言えばアリの方ですかね」
「祈ろう! 鉾に適性があるように」
アザミは誰に祈っているのか、両手を合わせて拝んでいる。
なぜこんなにも自分との距離を縮めようとしてくるのか――イオリはアザミの気持ちに薄々気がついてはいるものの、気付いていない振りをしている。自分はレンデル《あまがみいおり》であり、ミタリではないのだから。無理してミタリの代わりを演じることもない。
むしろ恋仲になってしまえばミタリに申し訳が立たない。それ以前に恋愛感情を抱いてもいないのに、恋仲のように振舞うのはアザミにも失礼だ、とそう考えていた。
(この先――邪竜を倒したあと。アザミさんとはどう接するべきなのだろう)
エリック王からの依頼はアザミの心のケアである。おそらく仇討ちが終われば、その問題は解消されるだろう。トラウマを乗り越えることがおよそ考えうる限り、最良の治療方法だ。かなりの荒治療だが。
依頼が終われば彼女はそのまま守護者の任を全うするだろう。自分は自分でギルドのみんなと一緒にこの世界を満喫してみたい。
そこにアザミがいるのといないのとの違いは?
答えは出ない。その時が来てから考えるしかない――イオリはその問題を一旦保留にした。
「そろそろ上がりましょう」
イオリの言葉がきっかけで二人は風呂から出る。
イオリは体を拭いたあと、アイテムボックスの装備欄から適当に装備を引っ張り出し、それを着る。今回はキャラメイク時に身につけていた冒険者の服と呼ばれるものだ。白いシャツにオーバーオールという、冒険者というよりは農家の方が正しいのでは、と疑問に思う代物である。
アザミは事前に着替えを持ってきていたのか、アイテムボックスから取り出し、それを着ていた。風呂へ入る前のと変わっていなかったので、おそらく同じものを何着か持っているのだろう。
服を着たあと、アザミが魔術により温風を生み出して、髪を乾かしてくれる。
「そうだ。これ、付けてあげる」
そう言ったアザミはイオリの後ろ髪をまとめ、髪留め用のゴムでひとつにくくる。紅いゴムでゆるいポニーテールに髪型が変わり、少々イメチェンした気分になる。
「ありがとうございます」
「うんうん。やっぱり、髪が長い娘は髪型変えるべきよね」
「アザミさんはしないんですか?」
「わたしは今の髪型がトレンドだから」
二人はそのまま脱衣所を出ると、いい匂いが漂う空間に出た。テーブルには色とりどりの食卓が食欲を掻き立てる匂いと共に出迎える。しかしそこには先客がいた。料理中のイングランド以外の男達はその先客を睨み、威圧している。そんな威圧をものともせず先客の女性は右手に箸、左手にフォークを持ち、料理にがっついていた。
「メタ子さんじゃない。おひさ」
「んー。んんん、ぬ」
「口の中のもの飲み込んでから喋ってください」
「んぐ……はぁ。ようひさしぶりん。副団長ちゃん」
食卓の先客は『十三日目の今日』団員のメタリカファー――愛称はメタ子――だった。黒縁の大きいメガネをかけてはいるが、長い前髪で目の半分が隠れている。根暗そうな見た目に反してハツラツとした声を出す。
リアルでは安楽椅子探偵をしており、生粋の引きこもりである。引きこもりにして警察の特別顧問も努めており、推理力には一家言あるとは本人の弁である。名刺を見ただけでは本当かはわからなかったが。
「お嬢! この方はどなたなんですか? 俺たちゃ、いの一番にイングランドの料理をお嬢に食べてもらいたかったってのに、この女堂々と食いやがるんですよ。ここに乗せてもらっている身として、手は出せねえから大人しく睨むだけで済ましてやしたが……」
「この人はボクのギルドの団員だよ。ちょっと身勝手なところもあるけど、悪い人ではないよ」
仲間であるメタリカファーを擁護するイオリ。
「いやーしっかし美味いなこの料理。最近ジャンクフードばっか食ってたから体に染みるぜ! おい、副団長。お前も食えよ!」
しかしその擁護も剥がれ落ちそうなほど、メタリカファーは余りにも堂々と自分本位の言動だった。
「悪い人……ではねえんですよね?」
「うん。そうだと信じたい。実際頼りになる時は頼りになるし。だからみんな銃はしまってね」
イオリ自身、自信がなくなるがとにもかくにもこの場で暴れられても困るので、穏便に男達を宥める。
「おやおや、いい匂いがすると思えば。美味しそうな料理ですねえ」
「私もご相伴に預かりたいのだが、よろしいだろうか? なに手土産で酒を持ってきた」
次々とマックスに伊勢仁がイオリの部屋へと入ってくる。伊勢仁は酒瓶を二本両手に持ってきていた。
「ごはん、食べようか」
「そうね」
イオリはアザミに声をかけ、アザミはそれに苦笑いで応えた。
改めて食卓を見てみる。イングランドという名前と反して出ている料理はどこかイタリアンぽかった。トマトと白身魚のパスタにマカロニとチーズをふんだんに使ったグラタン。他にはロールパンにミネストローネ、オクラや根菜類の入った生野菜のサラダなどである。
意外と料理は現実と同じ――とはいえ、そもそもゲームの世界観が現実化したのだから料理まで変わらないのだろう、とイオリは納得する。そもそも回復アイテムとしてパイなどがあるゲームである。そういうものだと馴染むのに時間はかからない。
食材もトマトなど現実でも見たことがあるものから、この世界特有のものであろう食材もある。
「そういえばみんなギルドではどういう仕事をしてるんですか?」
イオリの部屋にて食事会が開催される中、イオリはふと疑問に思ったことを伊勢仁に振る。
「色々だね。生産係はアイテムや装備の製造。あとは情報収集だったり、物の仕入れだったり。マックスとメタ子は情報収集だね」
「引きこもりのメタ子さんが情報収集ですか?」
「おい、なんだよその意外って感じの目はよぉ」
「安楽椅子探偵が情報収集っていうのが思い浮かばなくて」
メタリカファーは自分の名前が出たことで反応するが、すぐさま料理に興味が行き、口へ料理を運び込む作業を再開する。
「ほらゲームの世界が現実になった影響で、マックスの列車に乗ることができるようになったしね。これで遠出してる。今じゃマックスの『亜空間運行列車フレンドファイヤー』がギルドの本拠地だよ」
「え、『十三日目の今日』ってムロク王国にあるのが本拠地じゃないんですか?」
ここでアザミが話に食いつく。彼女もギルドの商品を愛用していることもあってか、興味があるようだ。
「ムロク王国にあるのは本店だよ。お店としての本拠地。ギルドとお店は分けるさ」
元々ゲーム時代から定住する場所がなかったギルドである。おしゃべりやゲーム世界の探索がメインの目的で創設されたギルドなので、留まる場所というのは色々と不都合の種なのだ。
なにせ行く先々がコロコロと変わるので定住する場所があると一々そこへ寄ったりと無駄が出る。定住先はいるのではという意見のメンバーもいたが、結局多数決でいらないとなったのだ。
しかし現実となったこの世界。戦闘に関しては他のプレイヤーもいる上に、最高戦力のイオリがいないということで、その方向での優位性はない。ならばと団長はリアル知識をフル活用し、商業で儲けることを提案する。最初は売るものがなかったので情報屋として表から裏へと股にかけていたそうだ。
やがて商業ギルドとして認知させ、本店を建てるに当たってムロク王国の王と知り合った団長が交渉で場所を用意してもらったようだ。
「概ねボクの予想通りでした」
「良くも悪くも団長は欲望がはっきりしているからね。その点では読みやすい」
「他のみんなもなにかしてるんですか? ミナさんは生産系でしょうし、ジンクスは狩りかな?」
「ミナ以外は情報収集か素材集めだね。キャニーちゃんは最近クラスアップのために触媒を集めている最中だよ」
「ボクもなにかした方がいいんだろうけど。特にやれそうなことないし……レイドボス狩りでもしようかな。素材集めならその方が効率いいだろうし」
「それは助かるよ。現時点でレイド級を単独で狩れるのはジンクスしかいないし。彼女の負担も減る。それに、レイドスレイヤーのキミなら確かに、より効率がいい」
レイド級という言葉にアザミが反応する。
「レイド級を狩るって……そんな危ないこと。しかも単独って。レンちゃんが怪我したら」
「大丈夫さ。アザミさん。彼女の二つ名の由来とか説明したけど。この世界で最も早く、レイド級を滅殺するのに適した人はレンデルちゃん以外いないんだよ」
ゲームの世界が現実化しておよそ四十年、この世界では時間が経過している。その間、出現時期はまばらなれど、プレイヤーがこの世界で過ごした時間は長い。出現時から今までの間で実力をつけてレンデルと並ぶほどのプレイヤーもいる。
だが、レイドボス――それを単独で、しかも短時間で狩ることができるのはレンデルか伊勢仁が言うようにジンクスという団員くらいのものである。
【レイドスレイヤー】【絶対領域の滅殺者】なんて呼び名はレイド級を単独で狩りまくる姿から付けられたレンデルの二つ名だ。
「それにさ。聞いたことあるでしょ。【絶域】の伝説って。サーン大陸の伝説だけどこっちにも伝わってるはずだよ」
曰く――レイド級の魔物を単独で滅殺して回った冒険者がいると。彼女の通った痕跡にはレイド級上位の魔物の滅殺痕が残っていると。
これはサーン大陸の、レンデルの活躍を見たことのある元々NPCだった者が風潮し、プレイヤーがそれに乗っかったことで拍車にかけられ作られた伝説である。
最強の冒険者などと渾名され、【絶域】と呼ばれるレンデルの伝説である。だが、レンデルはこの話を聞き、赤面していた。なんというか、黒歴史を掘り返された気分に陥っているのである。「あれは若気の至りというか……」とブツブツ小声で呟いている。
「さて、そろそろですね。ムロク王国付近で停車するので速やかに出てくださいね。この列車は一応機密事項なので、外にはバラさないように気をつけてください」
マックスはそう言い、運転席の方へ戻っていった。
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