第10話-鏡影

「夜道を一人で歩くの、危ないからやめたほうがいいんだよね」

 明るい茶色のショートヘアをかきあげて、女性が言う。

「男も女もないよ。怖いのはヒトじゃない。……食べられちゃうんだよ」

 口をまげて、やや子供じみた仕草でやるせなさそうに、彼女は話し出した。


***


 なんかね、急に様子がおかしくなって、お医者さんも匙投げちゃったって子がいたの。藁にも縋るって感じでウチに依頼が来てさ。うん、ウチ心霊探偵的な事務所だから。

 その子、夜歩きが趣味だったんだって。

 学校から帰ってきて、夕飯食べて、すっかり日が落ちてから近所を散歩するのが好き、って言ってたらしいよ。まあ気持ちはわかるんだよね、あたしも夜静かなとこ歩くの好きだし。

 結構いいとこに住んでてさ、依頼受けてお邪魔したら、少し前は新興住宅地って呼ばれてたんだろうなって感じ。一定間隔でちゃんと街灯があって、わりと安心して歩けそうな地域だったんだよね。

 んで、家のそばの突き当りに、カーブミラーがあったんだ。

 ミラーの上に街灯がついてて、地面に丸く鏡の影が落ちてるの。そこだけ穴が開いたみたいに真っ暗になるんだよね。

 毎日のように夜歩きに出るその子を、そいつはずっと見てたっぽくて。玄関を出て靴を直して、とんとん跳んで、靴がなじんだら車通りの少ないその道を、物陰を避けて真ん中を歩いてたんだって。

 ん? うん、そいつに直接話聞いたからね。

 で、その子はいつも通り夜歩きに出たんだけど、その日はたまたま車が来たらしくてさ。道の端によけたときに、鏡の影……まあ、そいつの口だよね。そこに飛び込んじゃったらしいの。

 そいつもさぁ、べつに「スキあらば喰ってやろ!」なんて思ってたわけじゃないんだって。急に来たからうっかり飲み込んじゃったみたいなんだよね。消化不良起こして大変だったって言ってたよ。人間側からしたらラッキーだったかも。ちゃんと消化できてたら、その子は身体も戻ってこなかったもん。

 ……今時、夜中に歩き回るなんて、危ない人もいるんだからやめなさいって、さんざん言ってたんだって。パパもママも。でもついにその子が帰ってこなくなったから、もう大騒ぎだよ。家出するような子でもないし、警察にも届けて、結構広い範囲を探したらしいんだけど、見つからないまましばらく経ってさ。

 何週間もしてから、ぽんと見つかったんだって。あのカーブミラーの隣の辻。同じような鏡の影で、ぼうっと突っ立ってるのを近所の人が見つけたらしいんだよね。その人にも話聞いたけど、「お人形が立ってるのかと思った」って。

 魂が抜けたみたい、というか、まんま魂抜けてるんだよね。

 ミラーの影が喰っちゃったんだもん。


***


「食ったもん戻せたってさ、ムリじゃん? 打つ手ナシよ」

 終わった話を持ってこられても、あたしらなんもできないんだよね、と女性はうなだれる。

「ミラーと街灯の位置変えたらいなくなるだろうけどさ」

 単純に運の悪い事故だし、アレももう人なんか喰いたくなさそうだったけど、手ェ出してなにが起こるかは、あたし知らない。と、女性は頬杖をついた。

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