第9話-水琴窟

水琴窟すいきんくつってご存じかしら」

 楚々とした和装の女性が、ゆったりと話し始める。

「地中に埋めたかめに水が滴る音を楽しむものなのですけれど、それがわたくしの家にもありますの」

 緩やかにカーブした前髪をやんわりと耳にかけ、女性は音を思い起こそうとするように目を伏せた。


***


 わたくしの家は、華道を生業にしておりますの。その関係で、お庭にも凝っておりますのよ。

 水琴窟をお庭に設置したのは、わたくしの祖父の代だったと聞いておりますわ。わたくしが物心ついた頃には、お庭の端に音を聞くための竹筒が立っておりましたの。

 陶器の甕に、一滴ずつ水が落ちる音が反響して、とても澄んだ音色になりますのよ。鉄琴の音に似ていますかしら。落ちた水は溜まりっぱなしにはならないようになっているのですって。

 わたくし、その音が大好きですの。水が滴るところは見えませんから、いつ音が鳴るかわからないのですけれど……竹筒に耳を当てたまま、日が暮れるまでお庭に立っていたこともありますわ。ええ、今でもお庭に出たときは、必ず音を聞きに行きますのよ。

 ……最近、その水琴窟からおかしな音がいたしますの。

 雨の後などは、地中にしみる水が増えて、音の間隔が狭くなることがありますわ。それにしたって、百貨店のアナウンスチャイムのように、連続して、しかも音階が大きく変わるだなんて、四半世紀生きてきて始めて聞きましたわ。

 それだけならまだよろしいのですけれど、このところ、音がやたらと大きいんですの。竹筒から二〇歩も離れているのに、キィン、と音が聞こえてきますのよ。聞きに行かなければ聞こえない、慎ましやかなところがよろしいのに……。

 挙げ句、昨日にいたっては人の声のようなものまで聞こえてきましたわ。ええ、声、ですわね。先ほど百貨店のアナウンスチャイムと申しましたけれど、アナウンスそのもののように思いましたわ。

 内容は、申し上げられませんわ。ああ、いいえ。言えないのではなくて、わたくしがその声の言うことをきちんと聞き取れませんでしたのよ。めちゃくちゃでしたの。日本語の音をばらばらに切り離して、不規則に貼り繋いだようで……ご相談するつもりでなにを言っているのか聞いて来ようと思いましたけれど、意味が分からないものって覚えていられませんのね。

 ただ、迷子放送のような雰囲気だけは聞き取れましたわ。


***


「わたくし、元の水琴窟の音が聞きたいんですの」

 妙なものが住み着いているようなら、退治していただきたいですわ。と、女性は困り顔でこちらを見た。

 調査員を向かわせる旨を告げれば、鷹揚にうなずく。

 正体不明のものに不用意に近づかないでください、と忠告すれば、女性は曖昧に微笑んで小首を傾げた。

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