第8話-凸実況
「動画サイトの動画って、何の気なしに開いちゃうこと、あるじゃないですか」
青ざめた少女が、自分の腰掛けた椅子の座面に横から指をかけて言う。立ち上がれないように、自分を押さえつけているかのようだ。
「べつに、暴力とか、エロとか、そういうんじゃなくてもさ。見ちゃいけない動画って、あるんだなって……」
***
ゲーム実況とか、踊ってみたとか、いろいろやってるチャンネルがあって、好きでよく見てるの。知ってる? チャンネルMっていうの。あたしと同じくらいの年の
お気に入りだから、新しい動画が出たら通知が来るように、登録してるわけ。
で、その兄妹はいつも、動画をアップするだけだったんだけどね。あの日はリアルタイムの配信開始通知が来たの。
コメントしたら、その場で答えてもらえるかもしれないじゃん?
ホラスポ凸、って配信タイトルはなんか不穏だったけど、元々ホラーゲームの実況がメインのチャンネルだったから、あんまり気にならなくて
ちょうどヒマだったから、その配信を見ることにしちゃったんだよね。
配信開けたら、キミちゃん……妹の方ね、キミちゃんがカメラ持ってるみたいで、先に行ったお兄ちゃんを追いかけて合流するところだった。
え? お兄ちゃんは「お兄ちゃん」って名前で活動してるんだよ。そう。
トンネルを抜ける風が人の悲鳴に聞こえる時間があって、そのタイミングでトンネルを通ると「連れて行かれる」って噂の場所だ……ってお兄ちゃんが説明して、キミちゃんはなんか、行くの嫌がってる感じだった。「お
流れてくるコメントも「ここは実際ヤバい」みたいなのがあって、最初からなんか、怖い感じだったよ。めちゃくちゃ風が強いみたいで、音も大きかった。しばらく聞いてたら、何人も一斉に大声で悲鳴を上げてるみたいに聞こえてきて。
気のせいだって思いたかったのに、コメントも「悲鳴じゃん」「聞こえる」みたいなのと、「なに言ってんの」「そんな風の音しないだろ」って意見分かれてた。聞こえる人と聞こえない人がいるのって、どっちかに偏ってるより怖くない? 本物っぽくて。
そのうち、「来い」「こっちに来い」って言葉が聞こえ始めてっ……こ、怖いから、イヤホン外したのに、なんか全然普通にずっと聞こえてて、もう、身動きもできないし……。
画面から目を離せなくて、キミちゃんが「嫌だ」「帰るよ」って言ってるのに、お兄ちゃんはキミちゃんの手をつかんで引っ張ってるのを見てた。お兄ちゃん、いつもはそんなことしないんだよ。やさしくて、キミちゃんがヤダって言ったらすぐやめるの。なのに、その配信の時だけ、ただキミちゃんの手をつかんで黙って歩いていくから、別人みたいだった。
それで、トンネルの中を結構進んだあたりで、キミちゃんが「行かない」「帰る」「かえせ」「お前はあたしのお兄ちゃんじゃない!」って叫んで、めっちゃカメラがブレたんだよね。多分、キミちゃんが暴れてお兄ちゃんの手を振り解こうとしたの。で、それでもお兄ちゃんが止まらないから、コメントとか、すごいことになってた。「自演だろ」とか、「本気でまずいんじゃないか」とかって。
しばらく揉み合うみたいに画面が揺れ続けて、キミちゃんの声でなんかの呪文? みたいのが聞こえた。そしたら手が解けて、「来い」って言ってた声が全部「どこだ」になって、キミちゃんがトンネルの入り口に向かって走り出したのかな、多分。暗くてよく見えなかったけど。
でも急にカメラが後ろに引っ張られたみたいに、映像がビュッて流れて、くるくる回転しながら崖を落ちて、壊れる音と一緒に真っ暗になって、配信が終わったの。
***
「昨日、さ、新着動画のお知らせが来たの」
兄妹ともに無事な姿で、「心配かけてごめんね」「今後生配信をすることはないから、通知があっても無視してほしい」という内容に加えて、この窓口の連絡先が見えたのだという。
「配信のアーカイブとかもないし、コメント履歴も残ってないけど、トンネルの声が忘れられなくて、ずっと”来い”って呼ばれてる気がする」
トンネルの場所もなにもわからないのに、気づくと声のする方へ歩き出している、と少女は身を固くした。
「行ったら終わりだってわかるの。私をどこかに閉じこめて」
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