第7話-ジャージの坊さん
「寺生まれだからって、特別なことができるとは限らないだろ?」
男性は両手の指を組んで、机に腕を預けて喋りだした。
「だから、坊主頭のあの人を見たときも、それほど期待はしなかったんだ」
***
交差点とかに、花とかジュースとか供えられてること、あるだろ。まあ、誰かしら死んでるんだよな、そこで。
俺の家の近所にも、そういう場所があったんだ。出かけるときはいつも通る交差点で、少し前に小学生が事故で……って聞いてた。
俺、ちょっと見えちゃうタイプでさ。毎朝毎晩道を通る度に、小さい女の子がぼんやり立ってるのを見てたんだよ。
でも、どんなにかわいそうで無害に見えても、ちょっかいをかけたらどうなるかわからないから、放っておくしかなかった。叔父さんも見える人で、「危ない目に遭いたくなかったら、見えていることに気づかれちゃダメ」って言われてたしさ。
で、見て見ぬフリするのがしんどくなってきた頃に、朝そこを通りかかったら、ジャージに坊主頭のおっさんが立ってた。お供えものの山の前で手を合わせてる姿が妙に様になってて、坊さんなのかなって。
普通に事故の跡を見かけて手を合わせてるもんだと思ったんだよ。葬式なんかで、俺に見えてるものが見えない坊さんってのも結構いるってわかってたし。でも、そこを通らないと仕事に行けないから近づいたら、お経を読んでるのが聞こえてさ。あ、本当に坊さんなんだ、って思った。
坊さんはしっかり女の子の顔を見ていて、四十九日をすぎてもそこに立っていた女の子は、少し安心した顔をしてた。
時間がないわけじゃなかったから、俺は一歩引いたところで手を合わせて、坊さんがどうするのか見守ることにしたんだよ。そしたら、お経を読み終わった坊さんは、しゃがんで女の子の頭をなでた。
優しい声でなにか言ったと思ったら、女の子はちょっと笑って、寂しそうな顔で一つうなずいて消えていった。
成仏できたんかな、と思ってたら、坊さんが俺の方を向いてさ。
「お前さん、『見え』てるの、あの子にバレてたぞ」
……って。
あんな小さな子相手に、シカト決め込んでるのバレてたって思うと、悪いことしたような気にもなるだろ。そしたら坊さんが俺の肩をたたいて、「下手に触らない方がいいってのは正しい」って言ってくれた。
坊さん曰く、最初はなんともなくても、時間がたつとヤバくなる奴とかもいるから、見えてることに気づかれないのが一番安全なんだ、って。俺の叔父さんとおんなじこと言って、フラッと歩いて行った。
***
「見ないフリしてやり過ごすのには慣れてきたと思ってたんだけど、無反応でいるのって結構難しいんだよな」
男性は眉間にシワを寄せてボヤいた。過激な見た目のものや、幼気で無視を貫くのが心苦しくなる見た目のものに弱いらしい。
「俺もあの坊さんみたいにちゃんと対処できるんだったら、見ないフリしなくていいのかな」
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