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昼過ぎになって、体育大会の騒ぎもひと段落して、みんな落ち着いてきた頃合いに、クラス委員にまた声をかけられた。
「岡田さん、盗難事件に関してなんだけどさ、少し展望が効いてきたから、ちょっと話を聞いてほしいんだけれど、いいかな」
展望が効いてきたとはどういうことだろう。Tシャツが見つかることはありえない。このクラス委員、何を考えているのだろうか。
ちょっと、と言って連れ出されたのは、クラス前のロッカーだった。ロッカー前には、もう一人の冴えないクラス委員と、惣田さんが来ていた。私の思考が警鐘を鳴らしていたが、この場面が不自然である、ということ以外何もわからなかった。
「さて、お集まりいただいたのは、今回の盗難事件の当事者たちです。私は今から、この事件の真相と解決をお話しします」
芝居掛かった口調だった。冴えないクラス委員が、やれやれという顔をした。そして真相がわかった? バレたのだろうか。やっと状況を飲み込み始めた。惣田さんがこの場にいるのは、つまりバレたということではないだろうか。と考えて思い直した。平常心だ。忘れるな。
「単刀直入に行きましょう、今回盗まれたというTシャツ、本当は、この学校に存在していない。そうよね、岡田さん?」
思い直した平常心はすぐに崩れた。バレた。もう疑いようがない、私が犯人だ。でも一体なぜ?
「岡田さんはTシャツを紛失したか、家に忘れたのね。なんでわかったのかって? 私、こういう事件の真相を語るってこと、向いてるかもしれないわね。楽しくてしょうがないわ。あ、そうじゃなくて、なぜわかったのか、ってことなんだけど。
ひとつめ、この壊れた南京錠は、岡田さんが壊したということ。手がかりを探ったとき、ヤスリで削ったようだって岡田さん言ってた。あれは失言だったわね。
つまりは、南京錠を壊したのは岡田さんだってことになるわけだけど、そうすると、なぜ岡田さんが? って問題に直面するのよ。
ふたつめ、この南京錠は岡田さんのものじゃないってこと。これは私、岡田さんに話を聞く前に気になっていたの。隣のロッカー、惣田さんのロッカーのことよ。惣田さんのロッカー、不自然な点はほとんどないけれど、よく見ると変なのよ。主観だけど。ほら、この錠、南京錠じゃなくて三ケタのシリンダー錠でしょ。0から9までの十個の数字が三ケタで、組み合わせは十の三乗で千通り。セキュリティとしてはザルもいいところよ。こんな不確かな錠を惣田さんが使っているなんて、イメージに合わないでしょ。だから、この錠は惣田さんの鍵じゃないんじゃないかな、って思ったわけ。惣田さんの錠じゃないなら、もしかしたら岡田さんの錠なんじゃないかって」
それはあまりに主観が過ぎるだろう。この人は本当にこんな考え方で本当に結論に至ったのだろうか。事実と一致している分、余計不気味である。
「みっつめ、このザルなセキュリティを結城くんがくぐり抜けてくれたのよ。惣田さんには悪いけど、勝手にロッカーを開けさせてもらったわ」
冴えない方のクラス委員が錠を外して私に渡した。
「千通りがザルだって言っても、片っ端から番号を試していくのは大変だったよ。最初のケタが0だったことはだいぶありがたかったけれど。番号は042。生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え。岡田さんってSF読むんだね」
SFなんて読んだことはない。昔観た映画にたまたま出てきただけだ。
「お疲れ様、結城くん。それでね、ロッカーの中に何があったと思う? 教科書と、体育館シューズと、この、棒ヤスリ。岡田さんが言ってたことが、惣田さんのロッカーの中身によって証明されたの。これは岡田さんと惣田さんが共犯だったことを示しているわけ。
この三つの足がかりを元に私は推測したのよ。岡田さんのロッカーにかかっている南京錠は、岡田さん自身によって壊された。岡田さんと惣田さんの錠はおそらく交換されている。ということは、岡田さんは、最初は惣田さんのロッカーを開けようとしていたってことね。開けて何をするつもりだったのか。これが岡田さんが盗難を偽ったことの理由でもある。
岡田さんは、Tシャツを持ってないのね。誰かが持っていなければ、誰も着ることができないのがこのTシャツよ。責められるのが怖くて、Tシャツを盗まれたことにしたのね」
過程はめちゃくちゃだけど、見事に結論にたどり着いてくれた。クラス委員、じゃなくて、網野さんだっけ、おめでとう。
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