第386話 出発前の後輩ちゃん

 

 ペシペシ……ユッサユッサ……


「……ぱい……先輩…………さい」


「おと……くん……て」



 夢の世界から現実世界へと意識がゆっくりと浮上する。誰かが俺の身体を揺すり、呼び掛けている。


 この声は聞き慣れた声だ。愛しい彼女と愛しい姉の声。


 甘くて優しい、そしてどこかポンコツで残念な二人を思い浮かべながら意識が覚醒した。


 真っ暗な部屋の中に二人の美しい顔が浮かび上がる。ピトッとくっついたまま超至近距離で後輩ちゃんと桜先生が俺の顔を覗き込んでいた。


 うむ、起きて一発目が超絶美少女と絶世の美女の顔とは素晴らしい光景である。二人の身体の感触も素晴らしい。ありがとうございます。



 ペシペシ……ユッサユッサ……


「先輩、起きてください」


「弟くん、起きて」


「うぅ~ん……どしたー? トイレか? 悪夢でもみたのか?」


「違います。今日は何があるのか忘れたんですか?」


「今日から修学旅行なのよ!」


「そうだな……修学旅行だなぁ…………って、俺は寝坊したのかっ!?」



 バッと布団を捲り上げて跳ね起きた俺。慌ててベッド近くに置いてあるデジタル時計のライトのボタンをぶっ叩く。明るく表示された画面には『2:36』という数字が表示された。


 しばらく無言で立ち尽くす俺。背後では『寒っ!?』と悲鳴を上げつつ、モゾモゾと毛布をかぶってヌクヌクし始める姉妹がいた。


 生徒の集合時間は7時。桜先生は一足早く6時過ぎに集合らしい。その為に俺は3時半に目覚ましをセットしていた。二人には昨夜言ったはずなのに、何故一時間も早く起こしたんだ?


 二時半ってちょうど草木も眠る丑三つ時くらいだよな……。お化けが出そうなくらい静かだ。不気味過ぎて怖い!


 無言で暖房器具のスイッチを入れ、俺はベッドで丸くなる仲良し姉妹を見下ろす。



「……何故こんな時間に起こしたんだ?」


「修学旅行だぁー! と思ったら目が覚めてしまって……」


「ゴロゴロしたり、弟くんをイジイジしてたんだけど寝れなかったの。お姉ちゃんと妹ちゃんは超イベント型だったみたい!」



 だからって俺を起こす理由はないじゃないか。寝ている間に勝手にイジイジしていてくれよ……。


 俺はモゾモゾとベッドに潜り込む。二人の体温でヌクヌクだ。ふわっと布団の中の空気が漂い、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


 女性って何でこんなに甘い香りがするんだろう。



「じゃあ、おやすみー」


「はい、おやすみなさいです」


「おやすみなさーい」


「「「 ………… 」」」


「「 って、寝るのっ!? 」」



 後輩ちゃんと桜先生は仲良く同時にツッコミを入れた。


 ちっ! 自然な流れで横になれたから誤魔化せると思ったのに。ダメだったか。


 起きて起きて、と両サイドからユサユサと揺さぶられる。ふにょんふにょんと胸が押し当てられ、ペチペチナデナデと俺の身体を弄られる。


 俺は目を瞑って無視していたのだが、かまってちゃんの二人は止まらない。スゥーッといやらしく肌を撫で、耳に熱くて甘い吐息を吹きかけてくる。



「せんぱぁ~い。かまってくださいよぉ~」


「今日から修学旅行なのよ。イチャイチャできるのは今だけなのよぉ~」


「ほらほら。クリスマスプレゼントに貰った『YES! NO! 枕』は『YES!』と言っていますよ。というか、女の子の日以外全部『YES!』なんですけどぉ!」


「お姉ちゃんにも手を出してよぉ~! 遠慮しなくてほらほらぁ~! おっぱい触る?」


「ふっ、お姉ちゃんはまだまだだね! 触らせるんじゃなくて触りに行くんだよ! ふへへ……先輩の胸筋……しゅごい」


「なん……だと!? これが大人の女性になった余裕なの!? お姉ちゃんも触るぅー!」


「ぐへへ……腹筋もナイスゥー!」


「うひひ……この絶妙な割れ具合がエロいわぁー!」


「うがぁー! 止めろ痴女姉妹! テンション高すぎだろ!」



 服の中に手を突っ込んできた二人の手をスポーンと引き抜く。


 あぁ、と残念そうなエロい声を出すな! 不意打ちでドキッとしてしまうだろうが!


 じゅるりと涎を垂らしそうな姉妹にガシッと掴まれた。何やら嫌な予感が。肉食動物に襲われそうな草食動物の気分だ。



「フヒヒ! 折角先輩も起きたんですし、しっぽりと先輩成分を吸い取ってあげましょう!」


「フヒッ! 弟くん成分を補給しなくちゃ! 枯渇したら死んじゃうわ! 安心して。弟くんはなぁ~んにもしなくていいの。お姉ちゃんと妹ちゃんに全部任せてね!」


「だ、誰かぁ~! 痴女姉妹に襲われるぅ~! 助けもがもがぁああああああああ!」



 俺は目覚ましのアラームが鳴り始めるまで、美しき痴女姉妹に生命力を吸われ続けるのだった。




 ▼▼▼




「今日はよろしくお願いしまーす!」


「お願い……します……」



 お肌がツヤツヤのご機嫌な後輩ちゃんとげっそりやせ細った俺は、バスの運転手さんと添乗員のお姉さんに頭を下げる。


 今は午前6時過ぎ。太陽の気配はなく真っ暗だ。寒い。


 桜先生の出勤するときに俺たちも車に乗せてもらったのだ。


 同じくお肌がツヤツヤの桜先生は他の運転手さんや添乗員さん、そして先生たちに挨拶している。ポンコツの姉じゃなくてクールで頼れる仕事モードだ。



「おはようございます! 早いねぇ。寒いからバスの中へどうぞー。暖房ついてるから……って、君、大丈夫? 顔色悪いよ?」



 添乗員のお姉さんはとても若い。ネームプレートには新人と書いていある。可愛らしい美人だ。クラスの男子たちが興奮するだろうな。


 俺は儚げに笑った。



「あはは……昨夜、あまり寝られなくて……」


「なるほど。点呼まで一時間くらいあるからゆっくりしててね。貴女は彼女さんかな? 彼氏さんのことお願いね」


「まっかせてください!」



 バスの中は暖房が入っていて暖かい。座席は自由なので前方の席を陣取る。手荷物からブランケットを取り出して、荷物を座席の上に置く。


 後輩ちゃんと自分を包んで完了。これで寝れる。



「ふっふっふ。彼氏さん、超絶可愛い愛する彼女に全て任せてください!」



 添乗員のお姉さんに彼女さんと言われて後輩ちゃんは嬉しかったらしい。更にご機嫌になっている。


 ブランケットの中で俺たちは手を繋ぐ。後輩ちゃんの体温が伝わってきて暖かい。



「……俺は寝る。おやすみ」


「はいはーい。おやすみなさい、先輩」



 目を閉じる俺。朝から体力を消耗したからとても疲れている。早起きしたから眠い。


 後輩ちゃんの甘い香りを吸い込んで、優しくて甘い夢の世界へ旅立とうとしたその時、コテンと後輩ちゃんがもたれかかってきた。耳元でスゥースゥーと規則正しい寝息が聞こえる。



「…………寝つき良すぎだろ」



 修学旅行が楽しみすぎて昨夜寝れなかった後輩ちゃん。目を開けて確認すると俺より先に後輩ちゃんが寝てしまっていた。


 なんて可愛い寝顔だこと。幸せそうにむにゃむにゃしている。



「おやすみ、葉月」


 甘い香りを深く吸い込み、俺は再度目を閉じる。


 ―――俺たちの修学旅行が始まる。








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申し訳ございません、遅くなりました。

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