第376話 丼と後輩ちゃん

 

 げっそりと元気を吸われた俺はキッチンで夕食を作り、お肌をツヤッツヤに輝かせた後輩ちゃんはこたつに入ってご機嫌に鼻歌を歌っている。


 うぅ……。後輩ちゃんに誘惑されて抱き枕にしていたら元気を吸われてしまった。忘れてた。後輩ちゃんは淫魔だった。


 抱き枕だけと考えていた自分も馬鹿だったな。そんなわけないじゃないか。思春期真っただ中の若いカップルだぞ。恥ずかしがりながらも積極的に誘惑する超絶可愛い美少女とそれなりに性欲があるお年頃の男子高校生。


 抱き枕をする→顔が近い→キスをする→昼間なのにイケナイ雰囲気になる→ご想像通りの展開。


 体力がぁ……。足腰がぁ……。もっと鍛えて体力を付けなければ。



「ひょえっ!?」



 突然、こたつでぬくぬくしていた後輩ちゃんが素っ頓狂な声をあげた。ピシッと背筋を伸ばし、若干顔を青くしながらキョロキョロと周囲を確認している。


 その警戒心丸出しの綺麗な瞳と目が合った。



「先輩? 今何か考えましたか? 嫌な予感というか、死の気配がしたんですけど」


「死の気配だと!? 後輩ちゃん、体調が悪いのか!?」


「いえ、強いて言うならば誰かさんのおかげで高揚感と倦怠感が同時に襲っているくらいです。それに、死の気配というのもそういう死ではなくて、正確にはベッドの上で快楽に溺れて死にそうって感じです。もっと体力を付けようとか考えました?」



 うわぁお。その通り。考えましたよ。後輩ちゃんは超能力者なのかな。


 それにしても、後輩ちゃんの体調がおかしくなくて安心した。焦ったぞ。


 後輩ちゃんのジト目が突き刺さる。



「これ以上体力は付けないでくださいね。絶対ですよ。私との約束ですからね!」


「それはフリか?」


「違います! これ以上なんて私の身体が保ちません! お姉ちゃんを呼んで半分お願いすることになります…………待てよ。それはそれでありかも。お姉ちゃんと二人。姉妹丼」



 それは絶対に無しです。どんな発想だよ。姉妹丼とか変なことを口にしてはいけません。妄想までなら許します。


 何故兄弟姉妹に関する常識だけがぶっ壊れているのだろうか? 本当に謎だ。何を言っても意味がないし。


 さてと。今日のご飯は完成かな。メニューは牛丼です。


 …………何故俺は丼ものを作ってしまったのだろう。こういう話題が出るときに限って。でも、牛丼に罪はない。流石に後輩ちゃんも桜先生も牛丼を食べながら変なことを言わないだろう。



「たっだいまー! 仕事始めを無事に終えたお姉ちゃんのおかえりよー!」



 リビングに入るなり、片手は腰に、反対の手はビシッと天井に向けて、バッチリ決めポーズをした桜先生。絶世の美女はズルい。普通のリビングなのに絵画になりそうな美しさ。そして体中から溢れ出すポンコツさと残念さ。


 我らの姉はいつもと変わらない。これが桜先生だよな。安心する。



「お姉ちゃんおかえりー」


「姉さん、おかえり。手洗いうがい顔洗いは済ませた?」


「もちろん! 風邪やインフルエンザが流行る時期なのよ。終わらせてまいりました!」



 ビシッと敬礼をして、褒めて褒めてぇ~、と言わんばかりに頭を差し出す桜先生。頭にはイヌミミ、お尻にはブンブン振られた尻尾を幻視する。


 いいだろう。ナデナデしてあげよう。


 優しく頭を撫でると、尻尾が千切れんばかりに激しく振られた幻覚が見える。本当に犬みたいだ。



「くんくん! 美味しそうな香りね」



 やはり犬だ。桜先生は犬。



「姉さん。お着替えしてくるように!」


「わふっ!」



 うむ。今日も素直で元気な返事…………今、犬の鳴き声がしなかったか?


 まあ、気のせいに違いない。ご機嫌に寝室に消えていく桜先生を見送った。


 その間に夕食の準備を整える。熱々の白ご飯の上に煮込んだお肉やタマネギをドドーン! もう見ただけで美味しいのがわかる。涎が止まらない。



「美味しそうです」


「うおっ!? びっくりしたぁ」



 いつの間にか、後輩ちゃんが俺の背後にピトッとくっついて、ひょいっと顔を覗かせていた。目は牛丼に釘付け。今にも口から涎が垂れそう。



「お腹と背中がくっつきそうね。グーグー鳴るのが止まらないわ」


「うおっ!? 姉さんまで!?」



 後輩ちゃんとは反対側からひょいっと顔を覗かせていたのは着替え終わった桜先生。後輩ちゃんと同じ表情をしている。


 二人はいつ俺の背後に近づいたのだろう。全然気づかなかった。


 魅入った姉妹を背後に従えて、三人分の料理を運ぶ。二人はいち早くこたつに入り込み、食べるのを今か今かと待ち構える。


 全員で手を合わせて挨拶。



「「「 いっただっきまーす 」」」



 パクリと一口。口の中に広がる醤油ベースの優しい味。お肉にもタマネギにも味が染みわたっている。お汁と具とお米の絶妙なバランス。


 とても美味しい。これは自画自賛してもいいはずだ。



「はふぅ~最高で~す……」


「仕事終わりの弟くんのご飯。身体に染み渡るわぁ」


「それってお酒を飲んだ時に言うセリフじゃないのか?」


「だってお姉ちゃんはお酒飲めないし。お酒よりも弟くんの料理のほうが断然好きだし」



 嬉しいことを言ってくれるなぁ。作った甲斐がありました。これからも頑張って作らせていただきます。



「もちろん、弟くんが一番好きよ! この気持ちは妹ちゃんにも勝るわよ!」


「聞き捨てなりません! 私のほうが好きに決まっています! 例えお姉ちゃんでもそこは譲れません!」



 バンッとテーブルを叩いた後輩ちゃんが桜先生を睨みつける。桜先生も負けじと睨み返す。


 ここで姉妹喧嘩勃発か!? 折角の食事が……。



「妹ちゃん! 勝負よ!」


「いいでしょう。受けて立ちます!」


「勝負の内容は弟くんを満足させた方が勝ち!」


「ふっ。お姉ちゃんがお仕事中も私は先輩を満足させていたのです! この勝負、勝ちましたね」


「なにをぉ~!? 弟くんに大人の魅力を見せてあげるわぁ~!」



 今度は姉妹が俺をキッと睨む。



「先輩!」


「弟くん!」


「「 夕飯は牛丼なら夜食は姉妹丼です! 」」



 無言でポンコツ残念な姉妹のの頭にチョップを落とす俺。俺は何も悪くないはずだ。


 くおぉ~っと痛みに悶える二人を無視して、俺は一人で美味しい牛丼を堪能するのであった。

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