第370話 お年玉と後輩ちゃん

 

 朝からおせちを食べるのは胃に優しくないので、朝食はあっさりしたお雑煮を食べることが宅島家の慣例です。そのほか、お正月らしく数の子をポリポリ、黒豆をモグモグ、だし巻き卵をパクパク、お正月用のカマボコをハムハムすれば結構お腹いっぱいになるのだ。


 まだ物足りない人は各自お餅を食べる。海苔巻き醤油だったり黒砂糖醤油だったりお好みで。


 俺はその日の気分で決める。今日はきな粉餅の気分だった。黒砂糖も混ぜているからデザート感覚だ。見ただけで甘くて美味しいことがわかる。


 いざ食べようと思ったら、俺に突き刺さる視線が。それも二人分。


 涎を垂らしそうになりながら、きな粉餅をじーっと見つめる料理ができない姉妹。ゆっくりと視線が上がり、綺麗な瞳からキラキラビームが発射された。熱くて輝く眼差しが俺を貫く。


 胸の前で手を合わせ、天然を装い計算されつくした角度でコテンと顔を傾ける。


 後輩ちゃんと桜先生の必殺技。可愛くおねだり!



「せんぱぁ~い」


「おとうとくぅ~ん」


「「 お願い。作って♡ 」」


「……わかった」



 俺はあっさりと撃沈。もう少し早く言ってくれたら一緒に作ったのに、と思ったが口には出さない。人が美味しそうに食べている姿を見ると食べたくなるよね。気持ちはとてもよくわかる。


 二人に作らせたら毒が出来るだけだ。最悪の場合、俺たちは明日を迎えることが出来なくなる。良くてもお正月を寝込んで過ごすことになるだろう。それだけは絶対に防がなければならない。


 パパっと作って食卓に戻ってくると、俺の分のきな粉餅が綺麗さっぱり無くなっていた。



「おい。誰が食べた?」


「わ、私は知りませんよー?」


「えーと、そう! 妖精さんが食べちゃったのよ」



 なんとまあわかりやすい反応。嘘をつくならもう少しマシな嘘をついて欲しい。幼稚園児のほうが嘘が上手いかもしれない。


 明らかに犯人は後輩ちゃんと桜先生だ。呆れるほどの棒読み口調だったし、顔を逸らして俺と目を合わせないようにしているし。



「そうかぁ~。妖精さんが食べちゃったのかぁ。それは超絶可愛いどこかの後輩兼彼女みたいな妖精さんと絶世の美女の綺麗な姉みたいな妖精さんだったんだろうね」


「そうです! ……じゃなくて、そうかもしれません」


「もう照れちゃうわ! ……って、妖精さんも思っているはずよ」



 俺は無言でハンカチを取り出し、二人の口元に付着した明確な証拠を拭い取る。


 はいはい、じっとしててね。一体どうしてお口の周りが汚れているんだろう? 何を食べたのかなぁー?


 折角作った俺のきな粉餅が……。まあ、予想して自分の分を作ってきたんだけどね! 二人の考えなどお見通しなのだ!



「後で俺にお詫びをするように」


「「 はーい! 」」



 うむ。妖精さんは今日も元気で素直な返事でよろしい! お詫びを期待してまーす。



「では、えっちなお詫びで」


「そうね。えっちなお詫びね」


「……」



 えっちなお詫びかぁ。それは内容による。お詫びをされる前に内容を聞いておこう。


 俺もお年頃の男ですし、興味はあるわけですよ。


 はい、そこの実の妹さん。覗いてやる、みたいな熱意が迸っているのが丸わかりですよ。絶対に見せません。


 きな粉餅をハムハムと食べ、お腹が満腹になった。食後の団欒タイムが始まる。



「そろそろいい頃合いだね。風花さん」


「はいはーい。ちゅーもく、我らの子供たちよ! 楽しみにしていたであろうお年玉贈呈のお時間です!」



 幼女の母さんが腰に手を当てて、偉そうに踏ん反り返ったのは一瞬で、すぐににこやかに『はいはいどうぞー』と、お年玉袋を手渡し始める。


 ありがたく受け取らせていただきます。大切に使いますね。


 俺と楓だけでなく、後輩ちゃんと桜先生にまで渡していた。まさか自分たちにまで貰えるとは思っておらず、二人は動揺してオロオロしている。



「あの、私たちは……」


「これは……」


「葉月ちゃんも美緒ちゃんも私と隆弘君の娘! 何か文句あるかぁー!?」


「「 ……ないです 」」


「ならば受け取るのだー!」


「「 ははー! 」」



 有無を言わせぬ笑顔で仁王立ちする幼女の母さん。強いな。


 お年玉は父さんと母さんの分が纏められている。早速開けた楓が、中に入っていたお札を見て崇め始める。



「諭吉さんだぁー。ありがとうございまーす!」



 俺も同じ諭吉さんが一人入っていた。大金ではないか。


 何故か桜先生がお年玉袋をじーっと眺めて呆然としていた。これをどうしたらいいのだろう、という困惑した表情だ。



「……お年玉なんて十年以上貰ってなかったなぁ」



 小さく零れ落ちた桜先生の心の声。母さんが桜先生の頭を優しくナデナデする。桜先生はちょっと照れくさそうだった。手に握った袋を大事そうに仕舞う。


 父さんと母さんは食器を洗いにキッチンへと向かい、子供の俺たちはそのままゆっくりする。



「よぉーし! お姉ちゃんもお年玉をあげちゃうぞー!」



 テンションが限界を超えた桜先生が拳を天井に突き上げた。お年玉をもらいたい楓も拳を上げて、おぉー、と賛同する。



「弟くんへのお年玉はお……」


「お姉ちゃんとか言わないでね」


「何故わかったの!?」



 やっぱりそう言うつもりだったか。わかりやすいです。


 じゃあ、と桜先生はゴソゴソと胸の谷間に手を突っ込んだ。そこから卓球の玉のようなものを取り出す。


 それを見た楓が血の涙を流し始めたのは横に置いておこう。



「弟くん、手を出して。はい!」



 手にポトンと落とされた生温かい玉。この温かさが生々しい。



「これぞ!」


「……落とした玉でお年玉って?」


「弟くんはエスパーなの!? 超能力者!?」



 誰でもわかるでしょ、こんなダジャレみたいなもの。


 そんなこんなで、桜先生からもお年玉をもらった。中身は諭吉さんが一人。


 今年は金額が二倍に増えてしまった。


 父さん、母さん、桜先生。ありがとうございまーす!

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