第369話 新年と後輩ちゃん

 

「「「「 あけましておめでとうございまーす! 」」」」



 後輩ちゃん、桜先生、楓、母さんの女性陣四人が元気よく挨拶をする。全員ペコペコと頭を下げ合って、笑顔でハイタッチ。とても仲が良いですな。



「明けましておめでとう」


「おめでとう」



 俺と父さんはいつも通り静かに挨拶。女性陣に囲まれて、周囲が一気に騒がしくなる。



「先輩! 明けましておめでとうございまーす。今年もよろしくお願いしますね!」


「弟くぅ~ん! 明けましておめでとう。今年もよろしくね!」


「隆弘君! 今年もこれからもずっとよろしく!」


「お父さん、お兄ちゃん。あけおめ~ことよろ~」



 今日は1月1日。元日。新年最初の日だ。おめでたい一日。と言っても、あまりおめでたさは感じられない。テレビでお正月の特別番組が放送され、人々が浮かれてはしゃいでいるくらいだ。


 もちろん、ウチも例外ではない。女性陣のテンションがいつも以上に高い。



「葉月ちゃんも美緒お姉ちゃんも昨日寝落ちしちゃったでしょ! もう~! よく眠れた?」


「あはは。ごめんねぇ~。先輩の匂いがするベッドに横になっちゃダメだね」


「気づいたら朝だったわ」


「ふむ。お兄ちゃんの匂いの香水を作ったら売れるかな?」


「「 買う 」」



 おいコラ。そこのポンコツ姉妹。何を言っている? そして、即答をするな。俺の匂いの香水ってどうやって作るつもりだよ。


 でも、後輩ちゃんと桜先生の香りの香水だったら……ちょっと気になる。


 ……やばい。だんだん変態に染まっている気がする。自分で気づけているからまだギリギリセーフだ。これ以上変態になってはいけない。


 やっぱり、二人の香りは直接嗅いだほうがいいよね!


 んっ? それはそれでもっと変態では?



「それにしても残念だったね。年越しセッ……じゃなくて、年越しキッスが出来なくて。ねぇ、お兄ちゃん」



 全てわかってるよ、と言いたげにニヤニヤ笑顔で話題を振ってくる楓。とてもウザい。ムカッとする。だから無言でチョップを落としておいた。


 俺は昨夜、寝ている後輩ちゃんに年越しキッスをしている。桜先生にも日付が変わった後にキスをした。


 ドアの隙間から覗いていないことは何度も確認したのに、全てを把握しているであろう我が妹。俺の性格まで熟知しておられる。


 後輩ちゃんと桜先生がハッとする。年越しキッス、と小さく呟き、顔が驚くほど真っ青になった。


 どうやらすっかり忘れていたらしい。ガーンと悲壮感を漂わせ始めた。



「せ、先輩……私、私ぃ~! 寝落ちしちゃいましたぁ~! ごめんなさ~い! 折角楽しみにしてたのにぃ~! 私の馬鹿ぁ~!」


「うおっ!? 本当に泣いてる!?」


「おどうどぐぅ~ん!」


「今度は姉さんまで!?」


「ごめんねぇ~キスしてあげられなくてぇ~。悶々としたまま寝ちゃったよねぇ~」



 悶々としてないと言ったら嘘になるかも。超絶美少女と絶世の美女と一緒に寝たんだ。俺もお年頃の男だから悶々としてしまう。


 でも、そんなこと今はどうでもいい。今は新年早々泣き出してしまった二人を慰めなければ。



「泣き止んでくれよ、二人とも」


「うえぇ~ん! 先輩がキスしてくれたら泣き止みますよぉ~。びえ~ん!」


「唇ね、唇! うわ~ん! えぇ~ん! びえええ~ん!」



 これは本当に泣いているのだろうか? 瞳からはポロポロと透明な涙が零れ落ちている。でも、チラッチラッと視線を感じ、わざとらしい泣き声。ほとんど棒読み口調だ。


 明らかに嘘泣きだろう。これに騙される人なんかいないはず。あっ、今こそっと目薬をさした。俺は見てしまったぞ。


 期待顔で待つ二人。はぁ。仕方がないなぁ。潤んだ瞳で上目遣いは反則だぞ。


 俺は後輩ちゃんと桜先生の頬に素早くキスをした。予想外だったのか、二人は目をパチクリと瞬かせる。



「はい、今はこれでいいだろ。これ以上はしません!」


「あのヘタレ先輩が頬にキスを?」


「早速おみくじの効果が? 押して押して押しまくれば、弟くんは受け入れてくれるのかしら?」



 よし、二人は泣き止んだな。俺はキスもした。これで全部解決。


 普段ならここで終わりだったのだが、今俺たちがいるのは実家だった。当然、俺たち三人以外の人物がいる……。


 超ニヤニヤ笑顔の楓は、いつの間にかスマホを俺たちに向けていた。一体いつから撮っていた!?



「おほぉー! 新年一発目のイチャラブをもらいましたー! 今年は良い一年になりますぞぉー!」



 テンションが限界を突破した。うざい。とてもうざい。取り敢えず、その鼻血をどうにかしろ。はっきり言ってホラーみたいで怖い。瞳も血走っているから余計に。



「私たちの娘と息子よ! よくやった! もっとやれぇ~!」



 キラーンと輝く笑顔でサムズアップする幼女の母。『もっとやれ』はないでしょ。貴女はいい年をした母親でしょうが。むしろ、人前のイチャイチャは止めるべきでは?


 あっ、宅島家ではこれくらい普通だったね。父さんと母さんはよくキスしてるし。両親のキスシーンを見せられる息子の気持ちを察してくれよ……。


 父さんは……穏やかに微笑んで何も言わない。揶揄ってくれた方が精神的にマシかも。無言が逆に辛い。恥ずかしい。



「先輩! 私決めました! 来年こそは年越しキッスをします!」


「お姉ちゃんも頑張るわ!」



 二人はもう一年後の目標を決めちゃったか。早すぎると思う。でも、二人らしいか。


 半ば呆れていると、後輩ちゃんと桜先生が悪戯っぽい笑顔を浮かべて見つめ合った。同時に頷き、そっと顔を近づけた。


 ふわっと甘い香りが漂い、両頬に柔らかな感触が。



「私の今年初キッスです」


「きっと縁起が良いわよ」



 ごめん。昨夜のうちに二人の初キッスは貰ってます。でも、秘密にしておくか。


 新しい年が始まった。けれども、初日からウチの家族は平常運転だった。


 皆、今年もよろしく。


 そして、楓はいい加減に鼻血を拭け。顔が凄いことになってるから。

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