第356話 朝チュンと後輩ちゃん

 

 チュン、チュン、チュン……


「服が散乱し、汗と淫猥な香りが漂う部屋。心なしか室温と湿度も高く感じられます。現場から妹の楓がお送りいたします。特別ゲストの美緒お姉ちゃん。どう思われますか?」


「黒だとお姉ちゃんは思います。証拠にほら! やっぱり裸ですよ!」


「躊躇なく布団に手を突っ込むお姉ちゃんすっごぉ……。それでは恒例のゴミ箱チェックを行っておきましょう」


「うわぁ……血が付いたティッシュがあるわよ。これは間違いないわね」


「確定だね。やっほ~い! とうとう! やっと……! くそう! 起きておけばよかった!」


「でも、結論付けるのはまだ早いわ。あのヘタレの弟くんよ。鼻血が出たのかもしれないわ」


「あり得る。お兄ちゃんは超絶ヘタレだもんね。人類を代表するヘタレだね」


「過去でも未来でも弟くん以上のヘタレは存在しないって言うレベルの超絶ヘタレよ」


「……おいコラ。人のことをヘタレヘタレ言いすぎだろ」



 俺は超絶不機嫌な声を出し、朝から勝手に人の部屋に入ってきて、テンションMaxでうるさい姉妹を睨みつけた。


 寝不足によるイライラと疲労感で、俺の機嫌は悪い。もう少し寝たかった。時間は……まだ7時半じゃないか。まだ一時間しか寝てない。


 二人の大声と、桜先生が布団に手を突っ込んできたことで完全に目が覚めてしまった。折角このスベスベフワフワした吸い付くような肌触りの抱き枕を楽しんでいたのに。


 自撮り棒を構えた二人が、瞳をキラッキラ輝かせてベッドに駆け寄った。マイクを向けるかのように拳を差し出してくる。



「ねぇねぇ! とうとうヤッたの? 葉月ちゃんとヤッたの!?」


「弟くん! ついに……ついに結ばれたの!? お互いの初めてを交換したのぉ~!? お姉ちゃんよりも先に大人になったのぉ~!?」


「どうだった? 葉月ちゃんの身体はどうだった? 相性抜群だよね!?」


「どんな感じだったの? どんな気持ちがしたの? 相性抜群に決まってるわ!」



 興味津々な二人は、仲良く身体を乗り出して同時に言う。



「「 昨夜あったことを、じっくりねっとりぐっちょり、具体的に詳しく明確に詳細に最初から最後まで心情を述べつつ、エロ小説一冊分以上で述べよ! 」」



 うるせぇー。寝起きでこの姉妹のテンションは超うるさい。面倒くさくなった俺は、二人に背を向けて、裸の抱き枕を抱きしめ直す。


 甘い香りと素肌の感触が心地良い。温かくて癒される。



「教えてよぉ~教えてよぉ~教えろぉ~!」


「弟くん、教えなさい! お姉ちゃん命令です!」


「妹命令でもあります!」



 ゆっさゆっさと揺さぶられる。止めろぉ~。寝させてくれぇ~。俺は猛烈に眠いんだぁ~。


 俺が揺さぶられると、当然抱き枕も揺れる。幸せそうに寝ていた抱き枕の後輩ちゃんが目覚めてしまった。不機嫌そうに薄っすらと目を開ける。姉妹はピタリと固まった。



 チュン、チュン、チュン……



 小鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえた。嫌々そうに顔をしかめた後輩ちゃんは、何故か俺の頭をポフンと叩く。



「……目覚まし時計……オフ……」


「俺、目覚まし時計じゃないんだけど」


「……今、何時ですか?」


「7時半」


「まだ一時間しか寝てないじゃないですか。まだ身体が動かないんですけど。足腰がガックガクです」


「あぁーうん。なんかごめん」


「別に謝ることじゃありませんよ。最後のほうは私からおねだりしてましたし……」



 眠そうに目を閉じた後輩ちゃんが、小さく丸まって俺の素肌に顔を埋める。いつものようにスリスリを開始する。とても可愛い仕草なのだが、状況を把握して欲しい。核の発射ボタンが押されてしまった。もう後には引けない。だから、後輩ちゃんも巻き込んでやる。



「後輩ちゃん。ちゃんと目を開けて」


「ふぇ?」


「そしたら、俺の背後にいる瞳をキラッキラさせた姉妹を見ようか」


「ふぇっ? ………………楓ちゃん? お姉ちゃん?」



 ようやく気付いたようだな。状況を理解できずポカーンとしているが。夢だと思って目をパチパチ瞬かせ、手でグシグシと擦る。でも、二人の姿は消えない。



「葉月ちゃん……」


「妹ちゃん……」


「「 昨夜はお楽しみでしたね! 」」


「ひょわぁ……うぅ~~~~!?」



 ポフンと首や耳まで爆発的に赤らめた後輩ちゃんは、シュパッと毛布をかぶって顔を隠してしまった。その初々しい反応を見て、姉妹は確信を得る。



「うほほぉぉおおおおい! やった! ついにやった! お兄ちゃんと葉月ちゃんがついにやった! うほほぉぉおおおおい!」


「良かった……良かったよぉ……うわぁ~ん!」



 楓は淑女らしからぬ歓喜の雄叫びを上げ、何故か桜先生は大号泣する。


 恥ずかしいから止めろ! 絶対に父さんと母さんにも聞こえてるから! 近所にも聞こえてるかも! お願いだから、大声を上げるのは止めてくれ。そして、今すぐ部屋から出て行ってくれ。



「あの、二人とも……」


「なに? これで葉月ちゃんに手を出してないって言ったらぶっ殺すよ」



 うわっ怖っ。瞳をどす黒く濁らせてヤンデレモードと化した楓が、ガチトーンで首を掻き切る動作をした。本気で俺を殺しそう。怖すぎる。



「いや、その……ちゃんと結ばれたけど……」


「ならよし!」



 なんという変わりよう。冷酷で残酷で残忍な殺人者の笑みから、一瞬で可愛らしく元気な妹の笑顔になった。女性って恐ろしい。


 昨夜、理性がぶっ壊れた俺は後輩ちゃんと結ばれた。それは間違いない。現実のことだ。今までずっと抑えていた感情が爆発して、止まらなかった。後輩ちゃんも我慢が出来なかったようで、俺たちは一晩中愛し合っていたのだ。つい一時間ほど前まで。



「取り敢えず、出て行ってもらえません? 俺たち裸だから」


「えっ? なんで? 私は気にしないよ」


「お姉ちゃんは弟くんと妹ちゃんの裸なんて見慣れてるわ!」


「あっ! 葉月ちゃんと朝から一回戦するつもり? いいよ、始めて。むしろ見させて!」


「お姉ちゃんも後学のために見ます!」


「……えっ? まだするんですか? 私は限界ギリギリなんですけど……」



 目元だけ布団から出した後輩ちゃんが、瞳を潤ませて俺を見上げていた。可愛い。可愛すぎる。



「でも、先輩がしたいのなら……どうぞ」



 本当に止めてくれ。心臓ハートが撃ち抜かれて、今すぐ襲い掛かりたくなるから。


 そこの姉妹! ヒューヒューと囃し立てない! さっさと出ていけ!



「でも先輩。体力ありすぎじゃありません? 六時間ほぼぶっ続けで、八回もしたのにまだ足りないんですか? どこのエロ小説の主人公ですか」


「え゛っ? 六時間ぶっ続け? 八回? うわぁーないわぁ。お兄ちゃんないわぁー。葉月ちゃんはよく死ななかったね」


「絶倫なのは知ってたけど、そこまでとは……。妹ちゃん大丈夫だった?」


「まあ、それなりに」


「葉月ちゃんは淫魔かな? サキュバス?」


「あり得るわ」


「楓! 姉さん! 折角の朝をぶち壊さないでくれ」


「なるほど。一理ある」


「これはお姉ちゃんたちが悪いわね」



 楓と桜先生が顔を見合わせて頷いた。まあ、もう既にぶち壊されてるんだけど。


 でも、少しありがたかった。後輩ちゃんとどう接すればいいのかわからなかったから。二人のおかげで、後輩ちゃんとごく自然に会話をすることが出来ている。二人がいなかったら、顔を真っ赤にして視線を合わせることすらできなかっただろう。最悪の場合は気絶だ。



 チュン、チュン、チュン……


「姉さん、小鳥の鳴き声のリピート再生を今すぐ止めろ。さっきからチュンチュンうるさい。楓、お前はその録画を今すぐ消せ!」


「あら、ごめんなさい」


「消しませーん! 動画を編集して、二人の結婚式に流すつもりだもーん! 今日は赤飯だぁー! お父さんとお母さんにも知らせなくちゃ! じゃあね!」



 楓は桜先生の腕を掴んで、勢いよく部屋から飛び出していった。まるで嵐のよう。一気に部屋が静かになる。


 ほとんどあの二人が喋っていた気がする。疲労感が更に酷くなった。


 あぁ……後で動画を消さなきゃ。これが結婚式で流れたら俺たちは死ぬ。羞恥で死んでしまう。


 寝不足でぼんやりするけど、眠気はどこかに吹き飛んでしまった。時間も時間だし、これ以上寝ることはできないか。仕方がないから起きよう。



「後輩ちゃん」


「は、はい。えーっと、どうぞ」


「いや、しないから。起きるぞ」


「……わかりました。では、また今夜」



 えっ? 今夜ってことは今夜だよね? ……楽しみにしておこう。


 裸の後輩ちゃんや、赤いシミが付いたベッドを見て、改めて実感する。


 俺と後輩ちゃんは、ついに、とうとう昨夜結ばれたのだった。































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うほほぉぉおおおおい!

やっと、ついに、とうとう!

350話を超えて結ばれましたよ!

長かった……。


まだ続きますよ。

これからもよろしくお願いします。

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