第357話 おはなしと後輩ちゃん

 

 今日は朝からとても大変だった。


 まず第一に一時間しか寝てない。超寝不足です。激しい運動もしたので朝からへとへとです。でも、疲労感が心地良く感じる。


 第二に、テンションが限界突破した楓と桜先生によって起こされた。寝起きにあの二人の声はうるさかった。ニヤニヤ笑顔がムカッとしたし。まあ、後輩ちゃんと普通に喋れたのは二人のおかげだから、そこは感謝しなくもない。


 そして第三に、姉妹だけでなく親もノリノリで追及してきたことだ。


 父さんはまだいい。俺の背中をバシッと一回叩き、髪をクシャクシャと撫でられた。そして、後輩ちゃんに『颯をよろしく頼みます』って挨拶してたから。


 問題は母さんだ。娘たちに混ざってノリノリで追及してきた。それはそれは楽しそうに。無言で頭にチョップを落としてやったけど。ついでに娘たちにも。


 当然、そんなことでめげる女性陣ではない。俺は豪華な食事を作るという名目の下キッチンに逃げたことにより、狙いは足腰に上手く力が入らない後輩ちゃんへと移った。


 後輩ちゃんは一人で母さんと桜先生と楓の三人に質問攻めにあうわけで……。


 ごめんよ、後輩ちゃん。面倒な三人を押し付けてしまって。美味しいものを作るからそれで許してください。


 罪悪感に押しつぶされそうになりながら料理を作っていると、背後では黄色い歓声が上がる女子会が開催されていた。



「それでね、先輩が荒々しく……」


「「「 きゃぁー! 」」」


「鋭い瞳でゾクゾクして、トロットロに……」


「「「 きゃー! 」」」


「不意打ちで囁いてくるからますます感じちゃって……」


「「「 わかるぅー! 」」」


「それはそれは激しくて、頭が真っ白になって……」


「「「 おぉー! 」」」


「私、声が抑えられなくて……」


「「「 きゃー! 」」」



 えっ? なんか後輩ちゃんがノリノリで喋ってない? 自発的に喋っているのは気のせいじゃないよね。



「後輩ちゃん? 何の話をしてるんだ?」


「えっ? 甘いデザートを食べる話ですが」


「健全な話?」


「はい。超健全なお話です」


「ならいいや。続けて」



 はぁ、と後輩ちゃんが不思議そうに首をかしげた。全部俺の早とちりだったらしい。誤解を招く発言をしていた後輩ちゃんも悪いと思うけど、健全な話ならいいや。お年頃の男子高校生である俺の心が荒んでいるだけってことだ。


 そのまま料理を続けようと思ったのだが、楽しそうにニヤニヤニマニマして喰いついてくるスッポンのような女性が三人もいる。



「お兄ちゃんは何の話だと思ったのかなぁ~? 詳しく聞かせてよ」


「お姉ちゃんはわからないなぁ~。説明が欲しいなぁ~」


「颯くん! デザートを食べた感想を正直に述べよ!」


「やっぱりデザートってそういうことだよなっ!?」


「「「 なんのことー? 」」」



 女性陣三人は白々しく、私たち何もわかりませーん、という表情で、示し合わせたかのように同時に首をかしげた。


 後輩ちゃんの説明で納得しかけたが、やはりデザート=後輩ちゃんだったらしい。



「とぼけるな! 棒読み口調すぎだろ! 後輩ちゃんも目を逸らしたぞ!」


「ちっ! バレてしまったか。ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん。いろいろ相談に乗ったでしょ? 相談料としてさぁ~」


「はいはい! 兄弟姉妹に秘密はダメだとお姉ちゃんは思います!」


「ナイス美緒ちゃん! 親子にも秘密はいけないと思います!」


「……料理を放棄して、ご飯がインスタントになってもいいのか?」


「「「 本当に申し訳ございませんでした。それだけは勘弁してください 」」」



 恥なんかかなぐり捨てて、即座に綺麗な土下座をする母親と姉妹。それでいいのか? ドン引きなんだけど。


 これ以上追及しないのならご飯は作りますよ。後輩ちゃんは……好きにしてください。どうせ言うでしょ? 喋りたいならどうぞ。出来るだけ詳細は省いてくれると助かります。


 俺は料理を、女性陣は女子会を再開させる。


 今日は12月25日。クリスマス。クリスマス会に向けて、贅沢な料理を……って、あれっ? 今日は俺の誕生日でもあるはずだ。なのに、俺が一番働いているんだけど。おめでとうって言葉も後輩ちゃんからしか聞いてないんだけど。


 ……まあいいか。クリスマスはいつもこんな感じだ。


 しばらくすると、ピンポーンとインターホンが鳴った。誰かがやって来たらしい。



「あっ、ユウくんだ。私が出るねー」



 トタトタと楓が玄関に向かった。訪問者は裕也らしい。


 数秒して、ドタバタと荒い足音が大きくなり、ゼェーゼェーと息を荒げた裕也が飛び込んできた。挨拶すらせずに部屋を見渡し、俺を見つけると猛然と掴みかかってきた。


 ちょっ! 危ない! 俺は包丁を握ってるんだぞ!



「颯ぇえええええええええ! お前、ついにヤッたんだってなぁあああああああ! おめでとぉおおおおおおおお!」


「えっ、ああ、うん。どうも」


「とうとう。ついに。やっと……。あの超絶ヘタレのお前が……。全宇宙一のヘタレがついに……」



 全宇宙一のヘタレってどういうことだよ。俺はそこまでのヘタレじゃないはず。多分。そうだといいなぁ。


 少なくとも、多少はヘタレじゃなくなっているはず!



「ついに卒業したかぁ…………で、義姉ねえさんとはどうだった?」


「お前の分はインスタントな。カップラーメンでも喰っとけ」



 本当は食事抜きにしたいところだけど、インスタントを食べさせてあげるのだ。俺って優しいだろう?


 それと裕也。最初に言っておく。南無阿弥陀仏。


 食い下がる裕也の肩に、細くて綺麗な手がポンっと置かれた。



「ユウくぅ~ん? ちょ~っと私とお話しよっか」


「えっ? 楓ちゃん? 目が笑ってないんだけど。超怖いんですけど」


「今の発言はセクハラ案件かな。葉月ちゃんがいないところでこそっと話すのなら許したけど、本人の前はダメでしょ。彼女裁判の判決を言い渡します。判決、死刑」


「ごめんなさぁああああああい!」


「許しません。ごめんね。ちょっと彼氏とお話をしないといけないから、私たちは席を外しま~す」



 皆でいってらっしゃいと見送り、裕也は楓に引きずられてどこかへと連れ去られた。


 楓からのものすっごいお話が行われるのだろう。裕也どんまい。


 その後、幾度となく絶叫が響き渡ったのは全て気のせいなのである。気のせいったら気のせいなのだ。


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