第355話 聖なる夜と後輩ちゃん
気が付けば、部屋の中が真っ暗になっていた。温かくて柔らかくて良い香りがする抱き心地が最高の抱き枕に頬ずりし、もう一度寝ようかと思ったが、何故か目が覚めてしまった。
ぬくぬくの布団からもぞもぞと手を出して、近くにあったスマホの画面を明るくする。目に入った時間は23時30分。
う~ん……寝ぼけているのだろうか。見間違いだよね。
目をゴシゴシこすって、もう一度恐る恐る時間を確認する。結果、23時31分。
俺って、確か15時過ぎに昼寝したはずだ。後輩ちゃんを抱きしめて囁かれた記憶まで存在する。それから起きた記憶がない。ということから推理すると、俺は夕食も食べず、お風呂にも入らず、服も着替えず、歯磨きもしないで、今まで寝ていたということだ。
どんだけ疲れてたんだよ俺は。後輩ちゃんや桜先生が心配する訳だ。
気づいたらお腹が減ってきたなぁ。夜遅いけど、少し何か食べようかなぁ。おそらく、夕食の残りを冷蔵庫に仕舞ってあるはずだ、たぶん。
「先輩、お目覚めですか?」
「うひゃうっ!?」
突然、スマホの画面の明かりしかない薄暗い部屋から女性の声が聞こえて、悲鳴を上げてしまった。声が裏返った。ホラーか? ホラーなのかっ!?
声の主は、布団からひょっこりと顔を覗かせて、綺麗な瞳をパチパチと瞬かせていた抱き枕……もとい、後輩ちゃんだった。
「後輩ちゃん、起きてたのか」
まだ心臓をバクバクさせながら問いかけた。後輩ちゃんはもぞもぞと起き上がる。
「はい。先輩と一緒にお昼寝したら、夜に眠れなくなってしまいました。だから、先輩の寝顔を楽しんでました」
「暗闇の中でか?」
「はい。至近距離だと見えるので」
まあ、そりゃそうか。抱き枕状態だったら、必然的に至近距離になるし。
「もしかして、後輩ちゃんも今まで寝てたとか……?」
「もちろん違います。お疲れだった先輩じゃありませんから」
「で、ですよねー」
「何度か先輩の腕の中から抜け出して、夕食を食べたりお風呂に入ったりしましたよ」
ふむふむ。だからシャンプーの香りが強いのか。納得した。
無意識に後輩ちゃんのセミロングの髪の毛先を触っていたら、俺のお腹がグルグルと鳴った。気持ちよさそうに瞳を潤ませて上目遣いにしていた後輩ちゃんが、仕方がないですね、と呆れたため息をついた。
「遅いですけどご飯食べますか?」
「……そうする。後輩ちゃんもついて来るつもりか?」
「もちろんです。一人は寂しいでしょ? この超絶可愛い彼女である私が一緒に居てあげましょう!」
「あ~んしてくれる?」
「それは私の気分次第です」
寒くないように服を着て、俺たちはキッチンへ向かった。
今日はまだ12月24日でクリスマスイブ。でも、ウチの家族は夜更かしをするという考えがないらしい。家の電気は全て消えていた。
「サンタさんのプレゼントが欲しいので、早く寝るって言ってました」
「楓が? それとも姉さんが?」
「楓ちゃんとお姉ちゃんとお義母さんです」
ああ、うん。なるほど。母さんよ、年齢を考えろ。
「ちゃんと枕元に靴下を用意しなきゃってはしゃいでました」
いつになっても子供だなぁ。まあ、楽しそうだからいいんじゃない?
冷蔵庫の中には夕食がちゃんと残っていた。ありがたい。レンジでチンして温める。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
「んっ。やっぱり美味しいな」
「ですよね。ついつい食べ過ぎてしまいました。うぅ……良い香りがしてお腹減ってきました」
「食べるか?」
「……いえ、止めておきます。その代わり、先輩、あ~ん♡」
「あ~ん!」
後輩ちゃんの甘いあ~んを頂きました。とても美味しいです。後輩ちゃんにあ~んされると、更に美味しく感じる。
こんな感じで、時々後輩ちゃんにあ~んされながら、夕食、いや夜食を平らげた。量が多いかな、と思ったけど、美味しくて全部食べてしまった。完食です。
「ごちそうさまでした」
食べ終わったお皿は、パパっと洗って片付ける。そして、俺たちは再び部屋に戻った。
今気づいたが、桜先生がいない。ということは、楓と一緒に寝ているのだろう。寂しがり屋だから一人で寝るはずないと思う。
「あっ……」
後輩ちゃんが唐突に小さな声をあげた。どうしたのだろうと、彼女の視線の先を追うと、時計が12月25日の0時15分を指していた。
後輩ちゃんがニッコリと微笑む。
「先輩。誕生日おめでとうございます」
「あ、ああ。ありがと。これを言うために起きてた、とかじゃないよな?」
「あはは……まあ、少しはそれもあります。だって、最初におめでとうって言いたいじゃないですか」
猛烈に嬉しさと愛しさがこみあげてきて、むぎゅっと抱きしめてしまった。後輩ちゃんが可愛すぎる。キスはしたいけど、今ご飯を食べたばかりなので止めておこう。歯磨きをしなければ!
「ほえ? もう終わりですか?」
あっさりと離れたことで拍子抜けと言うか、若干不満げな表情を浮かべる後輩ちゃん。
「いや、俺の口が臭いかなぁって思って。風呂も入ってないし。だから、すぐに済ませてくるよ」
「なるほど。わかりました」
「寝ててもいいぞ」
「いえ、起きておきます。眠気はありませんから」
そっか。それなら急がないとな。でも、ただ待つのは退屈だろう。
そうだ! アレを渡しておけば、少しはマシではないか?
「後輩ちゃん、これあげる」
「これは……?」
後輩ちゃんは受け取った紙袋をしげしげと眺める。渡したのは良いものの、俺も中身は知らないんだ。たぶん、大丈夫なはず。
「クリスマスプレゼントの一つ。まあ、葵さんからかな。俺は見ずに後輩ちゃんに渡せってさ」
「あぁ~。なんとなく中身は想像できました」
「本当か!?」
「ええ。でも、先輩にはまだ秘密です。ほら、早くキレイキレイしてきてくださ~い!」
笑顔で手を振る後輩ちゃん。『まだ』ということは、いつか教えてくれるのだろう。気になるが、それより先にすることがある。
体中をキレイキレイしなければ!
着替えを持って、浴室に向かい、パパっと服を脱いで全身を隅々まで洗った。歯磨きも完璧。口臭の確認もオーケー。
これで後輩ちゃんに抱きついてキスしても大丈夫だろう。さっき目覚めた気もするが、寝るまでベッドでイチャイチャしますか。後輩ちゃんは寝ちゃったかもしれないけど。
綺麗になって部屋に戻ると、後輩ちゃんはベッドに横たわっていた。寝返りを打って、目がバッチリと合う。後輩ちゃんは起きてた。
「ちゃんとキレイキレイになりましたか?」
「もちろん。これで遠慮なく後輩ちゃんにハグとキスができる」
「そうですか。先輩、歯を磨いたけど、甘いデザートを食べるつもりはありますか?」
「デザート? 葵さんのプレゼントか?」
「まあ、そういうことです」
えーっと、大丈夫なのだろうか? 外から触った感じ、保冷剤とか感じられなかったけど。数日経ってるし。焼き菓子だったのかな?
「誕生日とクリスマスには、ケーキのような甘いデザートを食べるべきです」
「そうかもしれないな」
「食べたいのなら、お隣へどうぞ」
えっ? ベッドに寝ろって? 寝て食べるの? 汚さなければいいか。
どこか緊張気味に表情と体を強張らせている後輩ちゃんの横に寝た。
布団に入って気付いた。後輩ちゃんの服が変わっている。
普通のパジャマから、超セクシーなランジェリーに!
「こ、ここここここここ後輩ちゃん!?」
「は、はい! なんでしょう!?」
「そ、その姿は!?」
「甘いデザート兼プレゼントです」
はっ? ごめん。頭と心が
「葵さんがくれたのは、案の定勝負下着というやつでした。何でも、私にインスピレーションを受けてデザインされたものだとか……」
あぁー。あの人たちが張り切って作ってたやつな。もうできてたのか。
「似合ってますか?」
「……ああ、似合ってる」
声がかすれた。後輩ちゃんから目が離せない。ネグリジェ? ベビードール? 俺には詳しいことはわからない。でも、超似合っていて、エロティックだということはよくわかる。
猛烈に飢餓の衝動に襲われる。理性が音を立てず消滅していく。でも、ほんのわずかだけ残った。まだ襲わない。
「えーっと、誕生日ケーキ兼クリスマスケーキ兼クリスマスのプレゼントである、甘いデザートの私を食べてみます? 味見でもいいですよ?」
「……」
俺は何も答えることが出来なかった。ふらふらっと誘われるように、無言で後輩ちゃんを抱きしめ、顔を近づけていく。
後輩ちゃんも、俺がどうしたいのかわかっただろう。潤んだ瞳で燃えるような視線で見つめてきた。
甘く甘く、とても甘く、後輩ちゃんは俺を誘惑する。
「では、召し上がれ♡」
俺の理性が完全に無くなった。欲望に身を任せ、甘いデザートを一口、二口と食べていく。
甘いデザートは、徐々に熱くなったせいで朱に染まり、トロットロに蕩けてしまう。
俺は残すことなく全てを喰らう。
熱くて甘い恋人たちの聖なる夜が更けていく。
「先輩……そこはぁ……んんぅっ……あっ!」
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