第354話 限界と後輩ちゃん
実家に帰ってきたのはいいが、なんか働いている気がする。女性陣に呼び出され、こき使われる。あれ取って~、これ取って~、これもお願~い、などと命じられるまま素直に従う。
自分でやれよ、と言い返したい気持ちもあるが、楽しそうに笑顔でお喋りしていると、仕方がないなぁと思ってしまう。俺って極度のお人好しなのだろうか。
昼が近づくと、我が妹からの厚かましいおねだりが行われる。
「お兄ちゃ~ん。お昼ご飯作ってぇ~」
「今日は何の予定だ?」
「何の予定なの、お母さん?」
「さあ? 隆弘くぅ~ん」
「お昼はカレー鍋の予定だったよ」
「カレー鍋だって、楓ちゃん」
「カレー鍋だって、お兄ちゃん」
何故全部聞こえているのに伝言ゲームのように伝える? 最後の母さんが楓に言って、楓が俺に言う流れは必要なかったぞ。父さんが言った時点でバッチリ聞こえていますから。
「もうカレーでよくないか?」
カレー味の鍋。もうカレーでしょ。
でも、ここには単なるノリでこだわる愚妹がいる。こたつのテーブルをぺしっと叩いた。
「何言ってるの、お兄ちゃん! カレーはカレー、カレー鍋はカレー鍋だよ! 二つの間には曖昧な境界線があるのだぁー!」
明確な境界線じゃなくて、曖昧な境界線なんだね。もうカレーと認めてるようなものじゃん。まあいいや。楓は前からこんな感じだから、放っておいて、さっさと作り始めますか。
ポイズンクッキングのスキルを持つ家事能力皆無な後輩ちゃんと桜先生はもちろん戦力外通告。楓と母さんは動かないらしい。
唯一手伝ってくれるのは父さんだけ。もともと父さんが作る予定だったらしいけど、その優しさが心に染みる。男二人でテキパキと準備を整える。
材料を鍋に詰めながらふと気づく。今日って平日じゃね?
「父さん、仕事は?」
「んっ? 有給取ったよ。家族と過ごすためにね」
「そっか」
父さんってこういうところが格好いい。臆することなく何事でもないようにあっさりと述べるところが凄い。恥ずかしくないのだろうか?
チラッと顔色を窺ってみたが、一切の羞恥の色はない。父さんの中では当然のことなのだろう。
「ちなみに、お姉ちゃんも有休を取ったわよぉ~」
話が聞こえていたのだろう。背後から桜先生の声が飛んできた。そう言えば、桜先生も社会人だったな。家ではポンコツ過ぎて忘れてしまう。
「有給を使ってくれって、必死にお願いされちゃった」
「なんで?」
「たぶん、赴任して一度も使わなかったからじゃない? 使ったのは今年が初めてよ!」
そりゃ管理職の先生からお願いされるわ。確か四年目くらいだったよな? それなのに一度も使わないとか、他の先生たちも心配する訳だ。
そんなこんな喋っていると、カレー鍋が出来上がった。こたつにカセットコンロを乗せ、その上には熱々のカレー鍋が食欲をそそる美味しそうな香りを漂わせている。
スープカレーのようだけど、妹曰く、カレー鍋らしい。
「「「「「「 いただきます! 」」」」」」」
ちゃんと手を合わせて、一口パクリ。うん、美味しい。カレーだ。
フーフー、ハフハフ、モグモグと食べる。いくらでも食べられそうだ。身体の芯から温まる。冬はやっぱり鍋だよな。夏でも美味しいけど。
後輩ちゃんと桜先生は、流石に父さんや母さんがいるから暑くなっても服を脱ごうとしない。実に平和だ。
トッピングとして、自分の皿に溶けるチーズをパラパラと。
「あぁー! お兄ちゃんズルい! チーズちょうだい!」
楓に見つかってしまった。少し遠いので、お隣の後輩ちゃん経由で渡す。後輩ちゃんは楓に渡す前に、無言で自分のお皿にチーズを振りかけていた。
カレーにチーズって相性抜群だと思う。
楓よ、そんな大量にチーズを入れたら知らないぞ。数日後に、体重計の上で泣き叫ぶことになるぞ。俺には関係ないことだけど。
全員でパクパク食べていたらあっという間に具材が無くなってしまった。少し物足りないかも。他の皆も同じ表情をしている。
ここで取り出すのが白ご飯。残ったスープに投入。チーズも入れてチーズカレーリゾットの完成。
女性陣の瞳が輝いた。我先にと取り合い合戦が勃発する。
そして、全て完食しました。美味しかった。お腹がいっぱいです。
「「「「「「 ごちそうさまでした 」」」」」」
女性陣は満腹のお腹を撫で、男性陣は後片付けを始める。テーブルを拭き、食器を洗う。長年の染みついた動きとコンビネーションで、テキパキと全てを終わらせる。
その後も洗濯物の取り込みと畳む手伝いを行った。当然、後輩ちゃんと桜先生は戦力外通告。
なんやかんやで、自由時間になったのは15時を過ぎてからだった。そろそろ一旦休憩したい。疲労が溜まっているし、寝不足でもある。
一言断りを入れ、ヨロヨロと自分の部屋に向かい、ベッドに倒れ込んだ。
あぁー。ドッと疲れが襲ってきた。少し寝ようかな。
目を閉じようとする直前、ドアの開閉音がした。顔を上げると後輩ちゃんがいた。無言でベッドに入ってきて、俺の横に寝る。
「後輩ちゃん?」
「はい、超絶可愛い先輩の彼女の後輩ちゃんです。私のお仕事の時間です。癒しの抱き枕になりに来ました」
「楓の差し金か?」
「まあ、そういうことです。『お兄ちゃんを限界まで弱らせたよ! やっちゃえ、葉月ちゃん!』と送り出されました。もともと抱き枕になるつもりでしたし。だから、どうぞ」
「んっ!」
もう返事をする余裕もない。楓には後で一言言っておこうと決心する。
後輩ちゃんの温かくて柔らかい身体を抱きしめた。大きく息を吸って、甘い香りを堪能する。
あぁーもうダメだ。意識を保つことが出来ない。どんな睡眠薬よりも効く。もうちょっと抱き枕を楽しみたいのになぁ……。
「おやすみなさい、先輩。いつも頑張って偉いですよ。そういうところが大好きです」
甘い囁き声が聞こえたと思った瞬間には、俺の意識は途絶えていた。
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