第353話 年末の帰省と後輩ちゃん
12月24日。とうとうやって来たクリスマスイブ。遅くなってしまったが、今日実家に帰省する予定だ。
ここ数日は本当に忙しかった。アルバイトに呼び出され、朝早くから夜遅くまで一日中通訳を行い、ブラック企業並みに働いたと思う。その分、バイト代は上乗せされた。札束で扇ぐことが出来るくらいに……。
嬉しいような悲しいような。汗水垂らして働いたから達成感はある。でも、もう少し改革が必要だと思う。まとめ役が必要だ。
誰もいないのよ、と葵さんが嘆いていたけど。社長って辛そうだ。責任が重大だし。
あの下ネタ好きの個性の塊たちをまとめ上げることが出来る人間は果たしているのだろうか……。少なくとも、俺は知らない。
目には目を歯には歯を、個性の塊には個性の塊を。あれっ? そうなると、彼らと上手く付き合っていた俺は個性の塊ということに……考えないようにしよう。俺は極々ありふれた一般人だ。多分。自信ないけど。
そんなこんなで激務をこなし、家に帰ったら後輩ちゃんと桜先生のお世話をして、実家に帰る準備を整えた。
今現在は、桜先生の運転する超安全運転の車の中に座っております。もうそろそろで実家に到着する。
「あの~先輩? 寝てもいいんですよ?」
お隣の座席に座る後輩ちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。後輩ちゃんは今朝からこんな感じだ。何度も何度も俺に寝ることを促し、俺から離れようとしない。そんなに酷い顔をしているのだろうか?
「はい! とっても酷い顔をしています!」
「そうよ! とっても酷い顔をしているわよ!」
「……心を読まないでくれ。それと、姉さんは車の運転に集中すること!」
「はーい!」
元気の良い返事が運転席から聞こえた。車の事故でご両親を亡くした桜先生は、家ではあり得ないほど真面目に運転している。だから、安心と言えば安心なのだが、その真面目さを少しは残して欲しい。ポンコツで残念なのは……まあ、可愛いんだけどね。
無事に家に到着し、荷物を持って実家の玄関をくぐる。後輩ちゃんも桜先生も当然一緒だ。顔には実家のような安心感が浮かんでいる。桜先生は二度目なのに。
「「「 たっだいまぁー 」」」
「「 おっかえりー! 」」
「おかえり」
元気よく挨拶すると、同じく元気な二人の女性の声と、静かでダンディな男性の声が聞こえ、家の奥からやって来た。見た目は幼女の母さんと、女子高生の妹の楓と、ダンディなおじ様の父さんだ。
女性陣は、笑顔でお喋りをして家の奥に行く。俺を見向きもしない。地味にショックを受ける俺の肩をポンポンと叩いてくれた父さんだけが俺の味方だった。うぅ……泣きそう。
「颯、おかえり。元気だったかい?」
「ただいま、父さん。まあ、見ての通り」
「寝不足に見えるけど」
「ここ数日忙しくてね」
「それじゃあ、ゆっくりしていくといいよ」
父さんの優しさが心に染み渡る。こういう紳士で優しいところがモテる秘訣なのかなぁ。良いところは見習いたい。
ちゃんと手洗いうがいをして、荷物を持って自分の部屋へ。簡単な掃除はしてあった。いつでも使うことが出来る。後輩ちゃんや桜先生の分まで荷物の整理っと。
二人は家事能力皆無だから、散らかすことしかできない。俺がするしかないのだ。
リビングでは、女性陣が楽しそうにお喋りしていた。母さんと妹はやっと俺の存在に気付く。
「おかえりー」
「お兄ちゃん、お土産は?」
「母さんただいま。愚妹よ、何故お土産が先なんだ?」
楓の頭に軽くチョップを落とす。痛くないはずなのに、片手で頭を撫でて、反対の手を挙げる。
「おけーりー。お土産は?」
挨拶として挙げた手の平が上になった。お土産を催促しているらしい。そんな手をパシンと叩いてやった。
「今回はない!」
「ぶぅー。ケチのヘタレ野郎」
「ヘタレは関係ないだろうが! 楓、明日は何の日だ?」
「性なる夜クリスマスかつお兄ちゃんの誕生日であります!」
聖なる夜って言葉のニュアンスが少し違った気もするけど、楓の言う通り、クリスマスと俺の誕生日だ。そうなると、答えは導き出せるだろう?
「クリスマスと誕生日。思い浮かぶことは?」
「プレゼント! 豪華な食事! ケーキ! はっ!?」
「そういうことだ。クリスマス前日に太りたいか?」
「直接的な言葉は禁句だよ、お兄ちゃん。オブラートに何重にも包んでグルグル巻きにしなきゃ。でも、わかりましたであります! 今回は我慢して、明日に備えたいと思います!」
「よろしい」
楓は何故か敬礼している。気に入ったのだろうか? 楽しそうだから放っておこう。
「その代わり、とびっきり可愛い妹はとびっきり美味しいものを要求するであります!」
「先輩、超絶可愛い後輩ちゃん兼彼女も要求するであります!」
「弟くん、絶世の美女のお姉ちゃんも要求するであります!」
「颯ちゃん、永遠の二十歳のお母さんも要求するであります!」
「はいはい。わかりました。頑張って作らせていただきます」
「「「「 わーい! 」」」」
ウチの女性陣は本当に仲が良いな。父さんも苦笑いしている。これで血が繋がっているのは母さんと楓だけなんだぞ。繋がっていなくても家族だけどさ、仲良すぎ。
ただ一つだけ言いたいことがある。母さん、永遠の二十歳っていうのは止めた方がいいと思う。無理がありすぎる。小学生とか幼女のほうが似合うのではないか?
この女性陣のノリで、やっと実家に帰って来た実感がやって来た。
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