第351話 呼び出される俺
ふんふふーん、と鼻歌を歌いながら部屋に掃除機をかけていく。今日掃除しているのは後輩ちゃんのお部屋だ。掃除をしないと埃が溜まっていく。だから、週に一回は掃除をする。
桜先生の部屋も掃除をしたかったのだが、二人が何かを隠しているらしいから止めておいた。どうせ俺への誕生日プレゼントだ。あとは、楓たちへのクリスマスプレゼントだろう。
実家にも帰らないといけないから、後輩ちゃんの部屋を掃除するのは今年最後かもしれない。大掃除の気分で隅から隅まで綺麗にしていく。
後輩ちゃんは俺の部屋に住んでいる。だから汚れないと思っていたのだが、時々この部屋を使っているらしい。水を飲んだコップがそのまま置かれていたり、僅かに残された本が散乱していたり、ベッドが盛大に乱れていたりする。
この部屋で何をしているのか気になるが、後輩ちゃんも一人になりたいこともあるのだろう。聞かないようにしている。
掃除機をかけ終わり、トイレやシンクの掃除も終わった。ベッドメイキングもした。次は何をしようかなぁと思っていたら、玄関のドアが開いて後輩ちゃんが入ってきた。
「せんぱぁ~い! お掃除お疲れ様で~す」
「おーう」
「愛しの彼女の後輩ちゃんがぎゅっとしてナデナデしてあげますよ~」
宣言通り、むぎゅ~っと抱きしめて、頭をナデナデしてくれる。愛しの彼女の後輩ちゃんおかげで疲れが吹き飛んだ。
今朝は後輩ちゃんの寝顔を堪能して、二度寝もした。今日はとても良い日だ。
思い出して心の中でニマニマしていると、ふと疑問に思ったことがあった。後輩ちゃんは何故わざわざ掃除をしているこの部屋に来たのだろうと。
「後輩ちゃん」
「はい、先輩の超絶可愛い彼女の後輩ちゃんです」
「何か用があるのか?」
「おぉ! 先輩にハグして気持ちよくなってすっかり忘れていました」
ポンっと可愛らしく手を打った後輩ちゃんが、手のひらサイズの四角い物体を差し出してくる。それはスマホだった。
画面には、寝ている俺の顔にキスをしている後輩ちゃんの写真の待ち受けが……。
「おいコラ。これはいつ撮ったやつだ?」
「おっと間違えました。これは私のスマホでした」
悪戯っぽく笑って誤魔化そうとする後輩ちゃん。絶対にわざとだな。画像を見せて俺を揶揄うためにわざと間違えたな。
「いつの写真だ?」
「ふふっ。今朝ですよ。寝ている先輩は可愛かったです」
とてもとても楽しそうで嬉しそうな後輩ちゃんの笑顔。そんなに笑顔なら問い詰めることが出来ないじゃないか。仕方がないなぁ。実害はないので許してあげましょう。
「……その写真、俺も欲しい」
「了解で~す。送っておきますね。プレゼントで~す。他の写真もいりますか?」
「……いる」
「代金は一枚一キスです。後払い。返品不可。クーリングオフも無効です」
なんという悪徳商法。写真を送るのは後輩ちゃんだ。仮に100枚送られたら、俺はその分の代金を払わなければならない。100枚だったら100キスだ。流石にそれは無理。
「何枚ある?」
「う~んと、20枚くらいはありますね」
「ハグとかナデナデに変更は可能か?」
「可能です。もう送っちゃったので、お支払いをお待ちしてま~す」
送られちゃったのか。まあ、後輩ちゃんが満足するまでイチャイチャすればいいか。どうせイチャイチャしてたら他のことはどうでもよくなるし。
後輩ちゃんもちゃんとそのことをわかっている。ただイチャイチャするきっかけを作りたいだけなのだ。
まずは一枚目の代金の支払いということで、後輩ちゃんの身体を優しく抱きしめ、軽くチュッとキスをする。
うっとりと潤んだ瞳で後輩ちゃんが上目遣いに見上げてきた。
「んで、後輩ちゃん」
「はい、先輩の超絶可愛い彼女の後輩ちゃんです」
「本題は何だったんだ?」
後輩ちゃんは本気で忘れていたらしい。一瞬だけ目を瞬き、用事を思い出す。
さっきもこのやり取りをした気がする。
「……おぉ! 忘れてました。先輩、ほれ。先輩のスマホが大変なことになっていますよ。さっきからヴゥ~ヴゥ~とバイブレーションが止まりません」
そう言って、俺のスマホをポケットから取り出した後輩ちゃん。確かに、ヴ~ヴ~とずっと鳴りっぱなしだ。何かカレンダーに予定でも入れてたっけ?
思い出しながら確認したら、思わず顔が引き攣る。
「うげっ!」
「どうしたんですか? 浮気相手からですか?」
「違う! なんか着信が百件を超えてる。メールは軽く二百はあるぞ」
「うわぁ~。どうしたんですか?」
「わ、わからん」
取り敢えず、メールを確認してみる。パッと開くと、日本語じゃない文字が表示された。
『ハヤテ! 助けて!』
『SOS』
『助けて。マジで助けて。本当に助けて!』
『寝てるの? お願いだから返事をしてぇ~! 私たち、三日は寝てないんだからぁ~!』
『死ぬ』
『フッフッフ……私は冥界にやって来てしまったようだ。オシリスやアヌビスが見える……』
助けを求める声が沢山。何人かは死んで地獄へと堕ちてしまったらしい。
全てアルバイト先の人たちだ。あらゆる世界の言語でメールだ。現在進行形で送られ続けている。締め切りの期限が迫り、地獄と化しているらしい。
ちょうど電話がかかってきた。電話の相手は葵さんだ。
「もしもし」
『颯くん! 車を向かわせたから今から来て!』
「皆さん期限には余裕って言ってたんですけど」
『『ふっ。締め切りは破るためにある。これぞ日本文化!』って言ってるのよ、あの馬鹿たちは』
「あぁ~」
日本人は勤勉で、期限を守ることで有名なんだけどな。でも、あの人たちなら言いそうだ。
『お願いだから今すぐ来て! 特別手当を出すから! このままだと大損害がぁ~! まあ、期限前に地獄と化すのはいつものことだけど……』
「あはは……すぐに行きます」
『お願いね』
早口で述べると、葵さんは一方的に電話を切った。余程忙しいらしい。
「お呼び出しですか?」
後輩ちゃんにも電話の声が聞こえていたらしい。若干拗ねて不満そうだ。
「そうみたいだな」
申し訳ない気持ちを込めて、後輩ちゃんの頭をナデナデする。
さてさて、桜先生にも説明して迎えの車を待ちますか。
冬休み初日の今日。アルバイトは休みの予定だったけど、俺は急遽呼び出されました。
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