第335話 アルバイト二日目の俺

 

『日本人って細すぎない? もっと自分の体形に自信を持たないと!』


『そうなんだけどね。欧米のモデルさんは綺麗で細いでしょ? それに憧れちゃって』


『それは一部に過ぎないでしょ』



 日本人のデザイナーとメキシコのデザイナーが電子画面越しに喋っている。英語ではない。スペイン語だ。メキシコ人の多くはスペイン語を話す。もちろん俺が通訳しているけど。



『英語で何だっけ? あれあれ……そう! カービー!』


『日本ではグラマラスって宣伝したほうがいいかもね。ふむ。可愛いデザインとか妖艶なデザインを考えてみますか。参考としてそっちのを教えて』


『わかった』



 デザイン画や写真の画像が送られてきて、日本のデザイナーがスラスラと書き始める。集中して何枚も書き始めたから、俺は別の通訳に向かう。


 どこからともなく手が伸びてきて、俺はある会話の通訳をすることになる。



『あっはっは! それでね、旦那との○○○が×××で○△□だったのよぉ~』


『あらあら! ウチはねぇ、※※※で***で###なの』


『それもいいね』


『でしょう?』


『『 あっはっは! 』』



 以上、おば様たちによる放送禁止用語が連発する下ネタトークでございました。お願いだから止めて。生々しい! 具体的な描写とか、感じたこととか言わなくていいよ!


 俺は十代の思春期男子なんです。お年頃の男なんです。へぇーそうなんだぁって思ってしまったこともあったけど、いたたまれないからぁ~!


 旦那さんの愚痴も止めて欲しい。同じ男として傷ついてしまう……。女性って怖い。


 俺は無心になって通訳を続ける。きっと顔から感情が抜け落ちているだろう。



『あらごめんなさいね。おばさんたちのこんな話を聞きたくないでしょう?』


「いえ。これが仕事ですから」


『ハヤテって彼女いるの? かっこいいからモテるでしょ?』


「まあ……いますね」



 彼女か。肯定するのってちょっと恥ずかしくて照れくさい。ゴシップ大好きのおば様たちが興味津々で詰め寄ってくる。なんか怖い。捕食者の目をしている。



『どんな子どんな子?』


『ヤマトナデシ~コ?』


「この子です」



 スマホの写真を見せたら、何故か歓声が上がった。あらゆる言語で『可愛い』が乱れ飛ぶ。流石後輩ちゃん。世界に通用する可愛さを持っている。


 周囲の人も何事かと興味津々だ。休憩中だからいいけど、仕事中だったら絶対に手が止まっていただろう。


 あれっ? いつの間にかスマホにコードが繋がっている。


 後輩ちゃんと俺のラブラブツーショットが、部屋の電子画面いっぱいに映し出される。『ガールフレンド』という言葉が飛び、全員が納得する。ガールフレンドって言葉は流石に全員が知っていたようだ。


 って、何してんだ!?



『えっ? 滅茶苦茶可愛い』


『いいわ。とてもいいわぁ~! 作品のイメージが湧き上がってきたぁー! うおぉ~!』


『えぇー。彼女いたのぉ。折角娘を紹介しようと思ってたのに~』



 一部のデザイナーが奇声を上げて鉛筆やタッチペンを猛烈に動かしている。しかし、いつものことなのか、誰も気にしていない。


 ハッと我に返って、慌ててコードを抜こうとしたら、間違って画面を触ってしまった。写真がスライドし、今度は桜先生とのツーショットが映し出される。桜先生が俺の頬にキスしている写真だ。


 途端に静まり返る会議室。見てはいけない物を見てしまった空気が漂う。浮気、という言葉があらゆる言語で呟かれる。


 一部のデザイナーたちは『ますますイメージが迸ってきたぁ~! おほぉ~!』と覚醒しているが、その他大勢に無視されている。



「こ、これは違いますから!」


『……大丈夫。黙っててあげるから』



 せめて目を合わせてくれー! 他の人も頷くなぁー! こういう時だけ言語が伝わるなよー!



「これは姉です! マイシスターです!」



 証拠として、俺たち三人で写ってる写真を公開する。



『『『 あぁ~! 』』』



 納得してくれたようだ。疑ってごめんと謝罪される。



『でも、全然顔が似てないね』


『そう? 全然変わらないけど』


『あんたからするとアジア系はみんな同じ顔か。あたしはあんたらがわからんけど』


『えぇー。酷ーい』



 もちろん、この会話も俺が通訳している。中国語とギリシャ語でした。



「血は繋がっていませんからね」



 というか、戸籍上では赤の他人だし。俺たちが勝手に姉弟って言っているだけだし。教師と生徒だし。


 あれっ? 俺たちの関係ってヤバくない? ほぼ同棲してるんだけど。


 いろいろと悩み始めたところで、ヒエログリフが画面に映し出される。差出人は、黒人の古代エジプト風の衣装を着た女性。えーっと、なになに?



『私の国は一夫多妻制を採用している。ウチの国に来て娘と結婚しない?』



 俺は無言で画面を操作して、ヒエログリフで返答する。



『申し訳ありませんが、お断りします』


『そう。ちなみに、一妻多夫もあるんだけど』


『お断りします』


『残念』



 アフリカとか、南米のアマゾンの部族とか、多いらしいね。


 事あるごとに自分の娘を紹介しようとしないで欲しい。もう数人写真を見せられて『どう?』って言われたんだけど。テレビ電話を繋げてた人もいた。


 日本人ってそんなにモテる?



「ほらほら! 皆さん仕事しますよー!」



 俺は手を叩いて皆を仕事に戻す。休憩時間はとっくに過ぎている。


 やれやれ仕方がないなぁ、と戻っていく大人たち。流石だ。若者や子供はこうはいかない。


 突然、鼻息を荒くして興奮しているデザイン部隊が勢いよく立ち上がって、手をビシッと挙げた。



『もっと彼女や姉の写真を見せて! 出来ればエピソードも聞かせて!』


「嫌です」


『いいアイデアが湧きそうなのぉ~! インスピレーションがぁ~! 創作意欲向上のためにもお願い! これが私たちの仕事なのよぉ~!』



 くっ! そう言われると……。全員が同意するように、うんうん、と頷いてる。だから、こういう時だけ言語の壁を破るの止めましょうよ。



「はぁ……ちょっとだけですよ」



 わぁー、と歓声が上がり、各々飲み物やお菓子などを手に取って席に着く。って、デザイン組だけじゃなくて全員かよ。テレビ画面の向こう側でも待機してるし。


 もういいです。諦めます。これで葵さんの会社に利益が出るのなら喋りますよ。


 俺は、大勢の前で後輩ちゃんや桜先生との出来事を喋っていく。様々な言語で何回も。


 話が終わる頃には、全員がお菓子類から距離を取り、甘ったるそうな顔でブラックコーヒーを啜っていた。


 一体どうしたのだろう?

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