第336話 不貞腐れる後輩ちゃん

 

 土日のアルバイトの疲れが抜けきっていない。後輩ちゃんや桜先生に癒されたけど、それでも疲れは残ってしまった。年だろうか。若かりし頃の無限の体力が欲しい。



「何言ってるんですか。先輩はまだ十代じゃないですか」


「心を読むなよ……」


「先輩がわかりやすいだけです!」



 太ももの上に座った後輩ちゃんが、得意げに胸を張っている。ドヤ顔がムカつくくらい可愛らしい。だから、体中をくすぐってやる。きゃはは、と身を捩って笑う後輩ちゃん。余計に可愛くなったのでもっとくすぐってあげよう。


 小学校時代は体力が無限だったのになぁ。大きくなればなるほど限界を感じる。


 いや、待てよ。確か、女性は男の元気や体力を吸い取って、より可愛く美しくなるはず。後輩ちゃんが言ってた。ということは、俺の元気は後輩ちゃんと桜先生に吸い取られてる?


 あり得る。超あり得る。最近、二人の美しさに磨きがかかっている。淫魔の姉妹が俺からいろいろと吸い取っているからか!


 接触を控えようかな……。絶対に無理だと思うけど。



「あはははっ! せ、先輩……そろそろ手を止めてぇ~! ひぃ~!」


「あっ。ごめん後輩ちゃん」



 息が絶え絶えになった後輩ちゃんが、脱力して身体にもたれかかってくる。熱い吐息が首にかかる。くすぐったい。そして、変な気分になりそうだ。学校だから大丈夫だけど。家だったらどうなっていたことか。


 クラスメイト達は、もう既に顔色が変化しない。悟りを開いたかのような顔だ。



「毎日毎日お熱いですなぁ」


「この状況に慣れ始めた自分がいる」


「密着してると暖かそう……」


「おしくらまんじゅうしちゃう?」


「おしくらまんじゅう揉まれて鳴くな! なんちゃって! ちなみに、最後の『鳴く』は『ぐへへ! 良い声で鳴きやがる。おっ? これがいいのか?』みたいな展開になるから『泣く』ではありません」


「「「 なるほどぉ~! おしくらまんじゅう良いね! 」」」



 いやいや良くねぇよ! どんな展開だそれは!


 彼女たちはやりそうで怖い。しょっちゅう抱きしめ合ったり揉み合ったりしてるから。それが大勢になっただけ。いつか絶対にやるだろうな。その時は逃げよう。巻き込まれたら大変だ。



「そろそろご飯食べよう」


「「「 さんせー! 」」」



 今は丁度昼休み。テキパキとお弁当を広げ始める。当然、女子たちは日光が当たる場所を確保している。変温動物らしいから、日向ぼっこが必要らしい。



「後輩ちゃんも隣の席へ移動してくださーい」


「ほーい!」



 いつの間にか復活していた後輩ちゃんは、素直に隣に座ってお弁当の包みを開く。


 普段通り、後輩ちゃんは俺のお弁当からおかずを奪い、俺は後輩ちゃんのお弁当からおかずを貰う。時々お互いに食べさせ合いながらモグモグと頬張る。今日も美味しい。


 またやってるよ、と呆れ果てた視線を教室中から向けられる。毎日のことだから、この視線に慣れてしまった。


 後輩ちゃんと仲良く食事している最中に、スマホがブーブーと振動する。


 えーっとメールじゃなくてテレビ電話か? かけてきた人は……あぁ。



「もしもし」


『通訳お願い』


「了解です」



 スマホに映っているのは、葵さんの部下の二人。言語はアラビア語である。もう一人はタイ語だ。手にはストールのような布を持っている。



『色は絶対に明るい色だって! ただでさえ冬は暗いのに、これ以上暗くしてどうするのよ!』


『明るい色だって? 冬だからこそ落ち着いた色なんでしょうが!』


『ハヤテくんはどう思う?』


『男性の意見を聞かせて!』


「まあ、人には好みがあるので両方作っちゃえばいいんじゃないですか?」


『『 それだ! 』』



 ブチッと電話が切られた。今頃、猛烈な勢いで仕事をしているだろう。葵さんの部下だから、仕事をするときは物凄い情熱を感じる。素人が立ち入ってはいけない雰囲気を醸し出すからな、あの人たちは。


 スマホを置くと、注目が集まっていることに気づいた。



「えっ? 何語?」


「英語じゃない……はず」


「喋っていた相手は女性? 浮気? 暗号で喋って浮気を隠してるのか?」



 えーっと、誤解が広がっている気がする。なんか昨日もこんなことがあった気がする。デジャヴュ。


 後輩ちゃんは信じてくれるよね……って、何故不満顔!?



「むぅ~!」


「後輩ちゃん? どうした?」



 俺の言葉の途中で、再びスマホがブーブーと鳴る。仕方がないので電話を繋げる。



『どっちの下着が好み!?』


『清楚系? 可愛い系? それとも過激なやつ?』


『色も各種あるけど』


「なんで俺に聞くんですか」


『いや~。昨日、彼女さんとお姉さんの写真見せてもらったでしょ? アイデアがいろいろ浮かんじゃって』


『社長に聞いたら即座にオーケーされた。そして、ハヤ~テにお礼としてプレゼントしようって話になった』


『というわけで、好みのデザインや色を聞かせて!』


「いやいや。それを言っても大きさとかあるでしょ」


『ふっ。プロの私たちを嘗めないで』


『写真とは言え、おっぱいの形ならありとあらゆる情報を把握することが出来る!』



 エロ親父かっ! 変態かっ! これが仕事なんだろうけど……。



「……詳しい画像を送ってください。ゆっくり決めたいです」


『『 りょうかーい! 』』



 ニヤッと笑った二人がサムズアップして、ブチッと電話が切れた。


 うん。俺も男だ。仕方がない仕方がない。


 というか、なんでバイトの日じゃないのに通訳の仕事をしてるんだろう。葵さんに言ったら給料をもらえるかな? 相談してみよう。



「むぅ~!」



 可愛らしい唸り声でハッと我に返った。後輩ちゃんが頬を膨らませて拗ねている。可愛い。俺の彼女が可愛すぎる。



「今、女性物の下着が映ってました」


「洋服関係の部署の通訳をやってるから」


「昨日も一昨日も全然かまってくれませんでした」



 かまってちゃんの後輩ちゃん。どうやら、不貞腐れてしまったようだ。そんなところも可愛すぎる。



「私を可愛がって甘やかせー!」


「たっぷりと?」


「それはもうたっぷりとです!」



 了解です。俺の技術を全て使って、トロットロに蕩けさせてあげましょう!


 でも、ここは人が多いから、家に帰ってからな。


 いろいろと興味津々だけど甘ったるそうに顔をしかめたクラスメイト達は、みんな揃って胃の辺りをしきりに撫でていた。

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