第328話 コタツムリの後輩ちゃん
長距離走大会から二日が経った。相変わらず筋肉痛は治っていない。でも、桜先生のマッサージのおかげで、昨日より遥かにマシだ。程よい痛み。
例えるなら、ストレッチで筋肉を伸ばして
倦怠感もある程度無くなり、疲れも抜けている。
桜先生のマッサージには癒し効果があるのだろうか? うん、絶対にあるな。絶世の美女の姉のマッサージだけでも精神的に癒されるのだ。あるに違いない。まあ、桜先生に言ったら『お姉ちゃんの愛の力よ~』って言いそうだけど。
俺は今日もいつも通りに家事を行う。朝食を作って、皆で食べて、お皿を洗い、洗濯をする。もう外は冬だ。洗濯物を干すには、極寒の外に出なければならない。
防寒対策をバッチリして、いざ出陣!
キーンと突き刺すほどの寒さだ。暖かい室内から急に外に出たからだろう。余計に寒く感じる。太陽の光は降り注いでいるが、夏ほどの強さはない。北風によって、温度が上昇しない。
一刻も早く暖かい部屋に戻らねば! 俺は手早く洗濯物を干していく。俺の服、後輩ちゃんの服、桜先生の服、俺のボクサーパンツ、後輩ちゃんの水色の下着、桜先生の純白のレースの下着。下着類は周りをタオルで隠してっと。これで見えないはず。
相変わらず桜先生は過激なものを身につけていらっしゃる。偶に全裸になるから下着が不必要になっているけど。
思春期男子高校生がいることを忘れていないよね? 俺の理性にも限界があるんだぞ。
そう長くないうちに俺の理性が崩壊してしまう気がする。最近、後輩ちゃんが成長して、耐性が付き始めたから。確実に気絶しにくくなっている。
どうなることやら。頑張れ、俺の理性!
いろいろと想像してしまって、暖かくなった体を、北風小僧の寒太郎が冷たい息をピュ~ッと吹きかけてくる。
「うおっ! 寒いっ! 早く戻ろう」
俺はさっさと干して、すごすごとぬくぬくな室内に戻った。自分では気づかなかったけど、手が冷たくなっている。寒いのは嫌だなぁ。
暖かさにホッとしていると、ふと、あるものが目に入った。そのあるものとは、こたつに入って、至福の表情で横になっている仲の良い姉妹のことだ。
限界まで身体を小さくして丸まっているのだろう。小さなこたつからは二人の顔しか出ていない。これが『コタツムリ』というやつか。
「ぼえぇ~」
「あえぇ~」
二人は家事が何もできないのはわかる。でも、一人だけ寒い場所に放り出されて、残りの二人はこたつでぬくぬくしていたかと思うと、なんかイラッとした。
俺は冷たい手をゾンビのように前に突き出しながら、ゆっくりと二人に近づいて行く。
危険を察知した二人が、ヨロヨロと近づく俺を見上げる。
「せ、先輩? どうしたんですか? 嫌な予感がしますよ!?」
「今まで外に居たのよね? 絶対にその手は冷たいわよね!?」
「ご名答! キンキンに冷たくなっております」
「その手をどうするおつもりですか!?」
「まさかとは思うけど、お姉ちゃんたちを触ろうと思っていないわよね? 優しい弟くんはそんな酷いことしないわよね?」
「それは、触れというお約束の言葉かな?」
「「 違います! 」」
後輩ちゃんと桜先生の顔がヒョイッとこたつの中に引っ込んだ。僅かに開いた隙間から、がるるるる、と唸り声を上げて威嚇している。
コタツムリは獰猛かつ臆病な性格らしい。試しに冷たい手を近づけたら、温かい手でぺしっと叩かれた。
「がるるる! 次やったら噛みつきます!」
「お姉ちゃんにしたら、えーと、その~、何かするわ! 酷いことを!」
桜先生はなのも思いつかなかったようだ。実にポンコツで残念な姉らしい。
仕方がない。噛みつかれたくはない。俺にはまだやることがある。二匹のコタツムリのことは放っておこう。いずれ自分から出てくるだろうから。
俺は、掃除機を持って、部屋のあらゆるところを掃除し始める。玄関までの廊下や、洗面所や、寝室。隅々まで掃除をしたら、最後の場所だ。もちろん、コタツムリがいるリビングだ。
後輩ちゃんと桜先生は、俺が近づくとシュパッと顔を引っ込める。警戒した瞳が俺を睨んでいる。
しかし、俺は二人をスルーして、窓際に近づき、一気に窓を開け放つ!
「な、なんてことを!?」
「弟くんはお姉ちゃんと妹ちゃんを殺す気なの!?」
「換気するだけです。しばらくの間我慢してくださーい。埃を吸い込みたくないだろ?」
不満げな二人は、こたつに完全に潜ってしまった。
今のうちにヒョイッとな。俺はこたつのコンセントを抜き、掃除機のコードを突き刺す。さてさて。掃除をしなければ。
俺は上機嫌に鼻歌を歌いながら、ゆっくり丁寧に隅々まで掃除を行う。しばらくすると、何かに気づいたのか、二匹のコタツムリが顔を出した。寒さで目をギュッと瞑っている。
「先輩? こたつが徐々にぬるくなっているんですけど……」
「やっぱり妹ちゃんもそう思うわよね?」
「あぁー! コンセントが抜かれてるぅ~!?」
「弟くん! 最低よ!」
「掃除してるからな。当然、こたつの中もするぞ!」
「鬼! ヘタレ悪魔! 根性なし!」
「ばかー! あほー! ヘタレ―! えーっと、ばかー!」
「ふはははは! なんとでも言うがいい! それっ!」
「「 ひょわぁ~っ!? 」」
こたつ布団を一気に捲り上げてやった。ぬくぬくの空気が一気に消え去り、冷たい空気がコタツムリを襲う。
俺は容赦なく掃除機で吸い込む。
「ほらほら! そこに居ても寒いだけだぞ!」
「鬼畜! ヘタレ鬼畜!」
「どうしてこういうところはヘタレないのよー!」
「おいおい。こたつの中で靴下を脱いでもいいけど、そのままにしておくな! これは……パンツじゃねぇか! 姉さん! 姉さん? いや、この下着は……」
「……私のです。つい熱くなっちゃって」
シルクのような肌触りのラベンダー色の下着。こたつから這い出てきた後輩ちゃんが恥ずかしそうに頬を朱に染める。身体をもじもじさせている。今日の服装は長いスカート。
えっ……? もしかして……。
「ぬ、脱ぎたてホヤホヤですよ?」
俺の意識とは裏腹に、触覚が鋭敏になる。手のひらから伝わってくる温もりが生々しい。汗で濡れているようないないような。どことなく甘い香りも……。止めろ! 考えるな!
ということは、今の後輩ちゃんはノーパン?
身体がカァっと熱くなるのを感じる。ヤバい。猛烈に意識をしてしまった! 後輩ちゃんの顔を見れない!
俺は握っていた脱ぎたてホヤホヤの下着を後輩ちゃんに投げ返す。
「……寝室の毛布に包まれば寒くないぞ」
「そ、そうですね」
「その手があったわね!」
二匹のコタツムリが逃げるように寝室から出て行く。一人寒いリビングに残った俺は、無心で掃除機をかけ続けた。ゆっくり丁寧に時間をかけて。そうしないと、理性が崩壊しそうだった。
掃除が終わった俺は、窓を閉めてこたつの電源をつける。
こたつが温かくなったのを見計らって、コタツムリが戻ってきた。待ってましたと言わんばかりに、嬉々としてもぞもぞと潜り込む。
後輩ちゃんがスカートの下に下着を穿いているかどうか、俺は知らない。
ヘタレの俺は、理性の崩壊を防ぐために、聞くことはしなかった。
下着の有無は、コタツムリの後輩ちゃんのみぞ知る。
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