第327話 筋肉痛の後輩ちゃん

 

て。ててて……」


「あいたっ!」



 ちょっと動くたびに、俺と後輩ちゃんの顔が歪み、身体に、特に足腰に痛みが走る。


 今日は長距離走大会の次の日。学校は休み。絶賛筋肉痛でございます。


 桜先生のナデナデによる癒しは完全に効かず、全身が怠くて重い。ゆっくりとしか動けない。一つ一つの動作が身体に響き、しゃがむのにも一苦労。俺と後輩ちゃんは老人のよう。



「二人とも大変そうね」


「……大変だよ」


「……くっ! 痛いの痛いのお姉ちゃんに飛んでけ~!」


「お姉ちゃんバリア! 効きませーん!」



 子供かっ! ポンコツで残念な姉妹は、言動が幼稚園児並みである。そういうところも可愛いけど!


 その後も何度か、後輩ちゃんがビームのようなポーズを取り、桜先生がバリアのポーズで防ぐ。見ている俺はとても楽しい。ほのぼのと癒される光景だ。本当に仲がいい。


 姉妹の遊びは、後輩ちゃんがギブアップすることで終了した。少し動くだけで筋肉が痛むのだ。ぐてーっと床に横になる。



「ぐはぁー。いちゃい……いちゃいでしゅよ……」


「あら。妹ちゃんが可愛いー! いつも可愛いけど! お姉ちゃんがなでなでしてあげるわぁ~!」


「わーい!」



 桜先生が頭なでなでをして、後輩ちゃんは気持ちよさそうに目を細める。


 そんな光景を眺めながら、俺は温かいココアを飲む。普段はお茶なのだが、今日は何故だか甘い物が飲みたかった。だから、珍しく甘いココアである。



「どうにかやって筋肉痛を直す方法はないのかな……」


「妹ちゃん! 諦めて!」


「なんでっ!?」



 桜先生が珍しく真面目な表情でビシッと断言した。珍しい。本当に珍しい。



「筋肉痛はね、筋肉が傷ついているから起きるの。もっと言うと、筋肉の所々が断裂してるの!」


「そ、それくらいは知ってるけど……」


「だから、自然治癒力に任せることしかできないのよ! 筋肉が修復するには約三日と言われているわ」


「三日も……」


「酷ければ一週間はかかるわね」


「一週間……」



 そうだろうね。桜先生の言う通り。絶対に一週間くらいかかる筋肉痛だよ、これは。徐々に良くなるとは言え、痛いのは嫌だなぁ。


 一番速く治る方法は、ゆっくり安静にしておくことだろう。更に運動して筋肉を酷使したら、もっと回復が贈れてしまう。



「お姉ちゃんは、スポーツ系の部活動はやりすぎだと思うの。筋肉を傷めつけ過ぎて、回復のことを考えていない。ちゃんと休めて栄養を取ることで筋肉は更に強靭になるの。科学的にも証明されていることなのに、誰も何もわかっていないわ……」


「「 ………… 」」



 俺と後輩ちゃんは唖然と桜先生をガン見する。


 ど、どうしたんだ? この人は誰だ? 俺たちの目の前にいる桜先生の皮を被った人は誰だ? あり得ない。ポンコツで残念な桜先生が真面目な話をしているなんて。


 俺たちの驚愕の視線に気づいたのか、桜先生はキョトンとして、気圧されたように数歩後退った。



「ど、どうしたの二人とも? まるで化け物を見るかの如くお姉ちゃんを凝視して」


「姉さん。熱でもあるのか?」


「体調悪い? 昨日一日中外にいたから風邪でも引いた?」


「病院に行くか? 内科がいいか? それとも脳神経外科?」


「ま、まずは内科に行ってみましょう。何もなかったら脳神経外科に。CTスキャンも撮ってくれますかね?」


「あのー? お姉ちゃんはどこも悪くないわよ? 二人してどうしたの? 脳神経外科って何気に酷くないかしら?」



 そう言われてもねぇ。俺と後輩ちゃんは顔を見合わせる。



「だって、あの姉さんがまるで現役の女教師みたいに……」


「そうですよ。体育教師らしくて驚いてしまって……」


「お姉ちゃんは現役の女教師! 体育の先生なの! 『みたい』じゃないの! 『らしく』じゃないの! 立派な先生なのよぉ~!」



 俺と後輩ちゃんはしばらく考えて、ポンっと手を打って納得の表情を浮かべる。



「「 あぁ! そうだったぁ! 」」


「二人が酷い! 二人が通っている学校に勤めているわよ! 体育の授業も受け持っているわよ! 忘れるなんて酷くないかしら!?」



 自分の職業を忘れられていた桜先生が、頬を膨らませてプンプン怒っている。潤んだ瞳でキッと睨まれるが、全然怖くない。むしろほのぼのと癒されて可愛いだけである。



「むぅ~!」


「ご、ごめん姉さん。ついつい家ではポンコツで残念だからすっかり忘れてた」


「ポンコツ……残念……」


「あっ。つい本音が……」


「本音……」


「お、お姉ちゃん? お姉ちゃんは、見た目は絶世の美女だけど、そのポンコツで残念さがギャップとなってより魅力的だと思うの」


「妹ちゃんまで……」


「まあ、後輩ちゃんもポンコツで残念だし、似た者姉妹というか……」


「先輩!? 私ってポンコツで残念なんですか!?」


「似た者姉妹なのは嬉しいけど、フォロー出来てないわよ、弟くん!」



 拗ねた桜先生が、ゆっくりと俺に近づいてくる。手をワキワキと動かしているのは気のせいか? 気のせいじゃないな。綺麗な瞳には復讐とか怒りの炎が燃えている。


 ガシッと体を掴まれ、ちょっと低めの声で、桜先生が死刑宣告を行う。



「弟くぅ~ん。ちょ~っとお姉ちゃんと寝室でお話ししましょうか?」


「な、何をするんだい、姉さん?」


「疲れがたまっているだろうから、筋肉を揉み解してあげようかと思って。うふっ。とても嬉しいでしょ? そうよね? 嬉しいわよね?」


「ひゃ、ひゃい! と、とても嬉しいですー」



 本当に筋肉を揉み解すだけ? 確かに、疲れがたまってパンパンだけど、筋肉痛がしてるよ。痛くならない? 大丈夫?



「大丈夫。お姉ちゃんは立派な体育の先生だから」


「あっ! お姉ちゃん、私もお願いしまーす」


「了解よー」



 自ら死地に挑むとは……後輩ちゃん、恐れ入ったぞ。


 俺は桜先生に寝室に連れ込まれ、ベッドに横たわった。


 その後は地獄…………ではなく、普通に天国だった。桜先生は、『お姉ちゃんの気が済むまで弟くん成分の補給よー!』と言って、全身をマッサージすると同時に、ペタペタと触るくらいで、本当に揉み解してくれた。後輩ちゃんもリラックスしていた。


 桜先生のおかげで、俺と後輩ちゃんの筋肉痛は、格段に早く回復したとさ。


 本当にありがとう! またマッサージをお願いしまーす!

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