第325話 長距離走大会と後輩ちゃん
俺と後輩ちゃんはテクテクと早歩きのウォーキングをしていた。疲れきった生徒たちをゆっくりと追い抜いたり、後方から走ってきた生徒に追い抜かれる。
現在は、長距離走大会の真っ最中だ。留年して再び一年生になった俺は、20キロも走らなければならない。歩いてもいいけど。どうせ二年になっても20キロなのは変わらなかったが。
そろそろ半分の10キロ地点だ。5の倍数キロのところにチェックポイントがある。そこで名簿にチェックをしなければならないのだ。
どこかに桜先生がいるらしいのだが、5キロ地点のところにはいなかった。だから、次の10キロ地点か15キロ地点にいるだろう。
「あぁー。結構足にきますねぇ。あと半分もありますよ」
疲れを滲ませて後輩ちゃんがお隣で歩いている。辛い時って弱音を吐きたくなるよな。気持ちはわかる。よくわかるぞぉ。でも、なんてことを言ってしまったのだ。
「後輩ちゃん。言ってはいけない。辛くなるだけだ」
折角考えないようにしていたのに、聞こえたことで、現実が一気に押し寄せてきたではないか。更に疲れが襲ってきた気がする。
あと半分もあるのか……。というか、まだ半分に到達していない。遠いなぁ。
「こういう時は楽しい話をしましょう!」
「いいな、それ。賛成だ」
喋っていれば、あっという間に時間が経っている時がある。楽しければ楽しいほど時間が経つのが早い。後輩ちゃんと楽しいお喋りしていれば、いつの間にかゴールしているかもしれない。
早歩きをする後輩ちゃんが、コホンと咳払いをした。
「では、私から。昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました」
「突然昔話!?」
面白ければいいけど、何故昔話を選択したのだろう? そっちのほうが気になる。
「おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました」
おっ? これは桃太郎か? この後は、どんぶらこっこ、どんぶらこっこ、と桃が流れてくるはず……。
「おじいさんが家に帰っても、おばあさんは見当たりません」
「へっ?」
「一晩経っても帰ってくることはありませんでした」
「あ、あれっ?」
何やら雲行きが怪しくなったぞ。後輩ちゃんは一体何を……!?
「心配になったおじいさんは、スマホを取り出して警察に捜索願を……」
「ちょっと待って! 急に近代的になったぞ!」
「おばあさんがまた徘徊しているようだと警察に言いました」
「徘徊!? おばあさんは認知症!?」
「しかし、警察は『またあなたですか』と若干訝しげでした」
「もしかしておじいさんが認知症だった!?」
「おじいさんがふらふらと徘徊……もとい、おばあさんを探しに行くと、川には一面蓮の花が……」
「それ絶対ダメな奴! 三途の川だって! おじいさん戻ってきて!」
「その時、川の中から仏様が出現しました。そして、おじいさんにこう言ったのです。『川に落ちたのは骨だけのおばあさん? ゾンビのおばあさん? それとも、普通のおばあさん?』」
ひぃっ!? 何故急にホラー要素を!? お、俺、後輩ちゃんにイジメられたから、これくらいの話でもダメになってるんだけど。
ガタガタと身体が震えるのは、11月下旬の気温のせいではない。
後輩ちゃんが楽しげにニンマリと笑う。
「おじいさんは普通のおばあさんを選びました。仏様は言いました。貴方は正直者ですね。救い上げるのを許可しましょう。おじいさんは、水中から伸びてきた普通のおばあさんの手を掴みました。そして……」
「そして?」
「物凄い強さで引っ張られたおじいさんはドボンと川に落ち……おじいさんとおばあさんは二人で一緒に幸せになりましたとさ。めでたしめでたし」
「どこがめでたしだコラ! あの世で暮らしてるよね!? 鳥肌が立ったじゃねぇか!」
くっ! 話し手は後輩ちゃんだった。俺を揶揄うことが大好きな後輩ちゃんだった。途中から何となく変な終わり方になるんじゃないかと思ってたけど!
あぁもう……今日の夢に水面から腕を出すおじいさんとおばあさんが出てきそうじゃないか。今晩は絶対に後輩ちゃんと桜先生から離れないぞ! 夜中にトイレに行くことがあったら絶対に起こしてやる!
ジト目で睨んでも、後輩ちゃんは全く悪びれる様子もなく、俺の腕に抱きついて、前方を指さした。
「私は楽しい話でしたよ。それにほら! いつの間にかチェックポイントです!」
「……あっ、本当だな。でも後輩ちゃん。帰ったら覚えとけ」
「きゃー! なにをされちゃうのでしょう? 楽しみです!」
くそう! 後輩ちゃんは楽しそうだな! こうなったらご飯のおかずを……。
「あら! やっと来たわね、お二人さん! ここが10キロ地点よぉ~!」
たどり着いた俺たちを、聞きなれた声の人物が輝く笑顔で出迎えてくれた。
「美緒ちゃん先生、ハイタァッチ!」
「ハイタァッチ!」
「「 イエェ~イ! 」」
仲の良い姉妹がパンとハイタッチをする。周囲から羨望の眼差しが。特に男子から。
ご機嫌な美緒ちゃん先生が、笑顔で再び片手をあげる。
「ほらほら宅島君も! ハイタァッチ!」
「ハ、ハイタッチ?」
「「 いえぇ~い 」」
周囲から殺意が迸った。そんなに睨むなら桜先生とハイタッチすればいいのに。たぶん、それくらいなら応じてくれると思うぞ。
「名簿にチェックを入れてね。じゃないと、先生たちが総動員で捜索することになるから。もちろん、警察にも連絡が行きます」
「「 了解しました! 」」
ちゃんと自分のクラスの自分の名前にチェックをして、後輩ちゃんとダブルチェックも行う。先生や警察に迷惑をかけたくないからな。
その後は、休憩として少し桜先生とお喋りをして、俺たちは旅に出る。残りは10キロだ。
「頑張ってねぇ~!」
桜先生の応援を背に受け、俺たちは頑張って歩く。時々走るけど。
でも、まだ10キロもあるのか……。
「では先輩! またお話をしてあげましょう! 昔々あるところに……」
「お願いだから、それだけはもう止めて! 別の話にしよう!」
俺は後輩ちゃんに怖い話をさせないよう、必死で話題を振るのだった。
そして気付けば、俺たちはゴールしていた。いろいろと疲れた……。
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