第323話 堕落と後輩ちゃん
「ふわぁ~」
「ほえぇ~」
ボーっと夢見心地の気分で、後輩ちゃんを抱きしめる。トロ~ンと蕩けた表情なのがとても可愛い。ずっと眺めていられる。
後輩ちゃんの甘い香りが、鼻だけでなく肺にまで充満している。その甘い香りに包まれて、俺はとても幸せな気分に浸っていた。ここが天国か……。
こたつの中がとってもぬくぬく。後輩ちゃんの体温が程よくぬくぬく。
動きたくない。一生このままがいい。堕落したい……。フワフワしてぼんやりした頭で、俺はそう思った。
その時、どこか遠くのほうで玄関のドアが開く音がした。そして、リビングのドアが開く。
「たっだいまー! お姉ちゃんのお帰りよ~!」
仕事着で、片手は腰に、反対の手はビシッと天井に向け、決めポーズを取った桜先生が、こたつでぬくぬくする俺たちを見て固まった。綺麗な瞳を見開いている。
「えっ? なになに? それってこたつ?」
「おぉ~」
「いぇ~」
「そんな気の抜けた『 Oh ! Yeah ! 』は初めて聞いたわよ」
よくわかりましたなぁ。俺と後輩ちゃんが別々に言ったのに。流石我らの姉だ。
あぁ……話すのも怠い。動くのも怠い。瞬きですら怠い。堕落してしまった。怠惰に身を委ねてしまった……。
スポーンと仕事着、まあスポーツウェアを脱ぎ捨てた桜先生が、スススッと近寄ってきて、俺たちの前にしゃがみ込んだ。体育の先生たちってスポーツウェアで許されるよね。
って、そんなことはどうでもいい。下着姿で至近距離でしゃがまないでください。いろいろと見えていますから! 過激な下着だからイケナイところが……!?
指摘するのも面倒だなぁ……。
「おーい。だいじょ~ぶ~?」
ツンツンと突かれる。なんか楽しそう。
俺たちは、喋るのも億劫だが、何とか声を絞り出し、だらけきってやる気のない声で答える。
「おぉ~」
「のぉ~」
「『 Oh ! No ! 』って……。妹ちゃんはともかく、弟くんがそんなにやる気がないのも珍しいわね。どうしたの? そんなにこたつが気持ちいいの?」
「おぉ~」
「いぇ~」
「いいなぁ! お姉ちゃんも入りたい!」
仕方がないなぁ。夕食の準備もあるし、俺が場所を譲ろう。ちょっとだけだぞ。
もぞもぞと動き、えっちらおっちらとこたつから脱出する。あぁ……出てしまった。とても残念だ。今すぐ戻りたい。
「姉さん。その前に手洗いうがいしてきて。あと、服はちゃんと着て。風邪ひくぞ」
「はーい!」
過激な下着姿のまま洗面所に向かい、戻ってきたら着替えるために寝室に消えていった。寒くない格好になって、こたつに突入する。
俺は夕食のキムチ鍋を温め直す。
「ふあぁ~ん♡」
背後から、途轍もない嬌声が聞こえてきた。思わずバッと振り返ってしまった。
もちろん、声の主は桜先生。こたつに入った桜先生が、マッサージ中まではいかないが、顔が蕩けている。ものすっごいエロい。
もし他の男がいたら、一瞬で野獣になるだろう。それか、気絶する。
「なにこりぇ~。ダメになっちゃう~」
桜先生はもう既にダメだと思うんだが……。心の中で思ったけど、口には出さない。こたつの引きずり込まれた桜先生は、普段のように俺の心を読む余裕がないようだ。よかった。
俺も堕落に誘われるが、必死で抵抗し、夕食の準備をする。お皿や箸を用意してっと。
「はいは~い。起き上がってくださ~い。ご飯ですよ~」
「おぉ~」
「のぉ~」
桜先生もそうなってしまったか。なるよなぁ。気持ちはよくわかるぞ。
二人は起き上がる元気もないようだ。さっきの桜先生を見習って、頬をツンツンしてみるが、何も反応がない。ツンツンし放題だ。
このままじゃ埒が明かない。攻め方を変えよう。
「二人とも~? そんなにこたつは気持ちいいか?」
「おぉ~」
「いぇ~」
「そんなこたつに足を入れて、ぬくぬくしながら美味しいキムチ鍋を食べるって贅沢じゃないか? 俺一人で食べちゃってもいいのか?」
「「 っ!? 食べる! 」」
ガバっと即座に起き上がる二人。作戦成功だ。
もう準備はしてある。脚だけ入れれば俺もこたつに入れる。ぬくぬくしながら全員で手を合わせる。
「「「 いただきまーす! 」」」
パクっと一口。んぅ~、と三人で頬を押さえる。
自画自賛になるが、とても美味しいキムチ鍋だ。素晴らしい。皆で食べるから美味しい、そして、こたつで食べているからか、更に美味しく感じる。
最近は寒くなったから、ピリッとする鍋が最高だ。身体の中から温かくなっていく。
「先輩。幸せですぅ~。はふはふ!」
「弟くん。最高よぉ~。あちち!」
「気をつけて食べろよ~」
「「 ふぁ~い! 」」
熱々だからな。フーフーハフハフしながらキムチ鍋を食べる。いろいろな具材を入れたから、食べ応えもある。
やっぱりこたつの中で熱々の物を食べると汗をかいてしまうな。後輩ちゃんが服をパタパタさせる。胸元に風を送っているから、平均より大きな胸の谷間が……。
わざとか! わざとなのか!? その悪戯っぽい輝きを放つ瞳でチラチラ見てくるから、絶対にわざとだな! 口元も緩んでるし!
桜先生も、汗ばんだ肌を手で扇いでいる。
「あつ~い! 洋服脱いじゃお! それっ!」
「止めろぉ~…………って、どこを脱いだ?」
スポーンと上半身の服を脱ぐかと思って目を瞑ったが、目を開けた時には変わらない桜先生の姿があった。
桜先生がコテンと首をかしげる。
「どこって下」
「下着は穿いてるよな!?」
「ふっふっふ。お姉ちゃんのみぞ知る! 確認してみる?」
妖艶な笑みを桜先生が浮かべた。思わずドキッとしてしまう。
こたつの中で、誰かが俺の足をスリスリしてきた。中を確認したら、誰がしているのかわかるだろう。桜先生がどこまで脱いだかもわかる。でも、もし下着まで脱いでいたら……。
食事中だ。これ以上は止めておこう。
パクパクとキムチ鍋を完食する。
「「「 ごちそうさまでした! 」」」
俺は必死にこたつの魔力に抗って、食器の片づけを行う。満腹になった後輩ちゃんと桜先生は、もう既にだら~んとだらけきっている。実に幸せそう。
「おぉ~」
「いぇ~」
「そうしてたら太るぞ」
「おぉ~」
「のぉ~」
全然気にしてないな。体質的に、太りにくいからあまり気にしていないらしい。
こたつを実家から送ってきたのはいいものの、すっかりと堕落させられてしまった。俺も今すぐこたつに入りたい。
使用制限を設けようか、とお皿を洗いながら考えた俺でした。
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