第322話 こたつと後輩ちゃん

 

 部屋に食欲をそそる美味しそうな香りが漂っている。少し刺激的。口の中に涎が溢れ、お腹がグルグルと言い出す。早く食べたい。でも、まだ夕食には早い。


 もう完成はしているが、いったん火を止めて蓋をする。食べるのは桜先生が帰ってきてからだ。それまでお預けで~す。



「あぁ~! 匂いだけ。匂いだけぇ~! ふたを開けてくださいよぉ~!」


「ダメで~す」



 匂いに誘われてユラユラと近寄ってきた後輩ちゃんが、残念そうな声をあげる。視線はお鍋に釘付け。思わず手を伸ばしている。口からは涎が垂れそう。淑女なんだから気を付けて!



「キムチ鍋~! 私のキムチ鍋がぁ~!」


「もう少ししてからで~す」



 後輩ちゃんを抱きしめ、よちよちとキッチンから移動させる。後輩ちゃんはされるがままだ。


 今日は寒くなってきたということもあり、キムチ鍋を作ってみた。これで体の内側から温かくなるだろう。まあ、家の中の温度は常に快適にしているけど。汗をかくかもしれないな。


 汗をかきながら食べる後輩ちゃんと桜先生が簡単に想像できる。そして、何やら嫌な予感がする。服を脱ぎださないよね? ……あり得る。超あり得る。


 今までに何度同じ目にあっただろう。肌を火照らせ、薄着になった二人は、色っぽくて困るんだ。超絶可愛い美少女と絶世の美女だぞ。反応しないわけがない。俺もお年頃の男だ。二人は理性を壊すつもりか!?


 半ば八つ当たり気味に後輩ちゃんのお腹をフニフニしていると、ピンポーンと玄関のインターホンが鳴った。


 抱きしめている後輩ちゃんが、可愛らしく首をかしげた。



「誰でしょう?」


「たぶん宅急便だ。母さんから荷物送るってメール来てた。何か知らないけど」


『こんにちはー! 宅急便でーす!』


「ほらな。んじゃ、ちょっと行ってくる」



 いってらっしゃーい、という後輩ちゃんの声を背に受け、俺は玄関に向かった。


 ドアを開けると、宅急便のお兄さんが立っていた。何やら大きな段ボール箱も一緒だ。ハンコを押して、荷物を受け取る。『ありがとうございましたー』と、元気な声のお兄さんに頭を下げて、荷物を中に運び込む。


 リビングでゴロ~ンとしていた後輩ちゃんがムクっと起き上がった。



「なんですか、それ?」


「さあ? 開けてみるか」



 ガムテープをバリバリと剥がし、中身を確認する。これは小さなテーブルか? 真空パックされた布団のようなものも入っている。


 あっ。手紙だ。なになに?



 楓:ガンバ!


 風花:ガンバ!


 隆弘:ガンバ!


 PS.ガンバ!


 PSのPS.家族が増えたので送りました。もっと増えてもいいよ!



 どこかで見たことのある内容の手紙だなぁ。説明も一切なしですか。


 ウチの家族は馬鹿しかいないのか!?


 家族が増えた。それはまあ、後輩ちゃんと桜先生のことか。あれ? 後輩ちゃんを含めていいのか? いいんだよ……な。


 もっと増えてもいい、というのは一体どういう意味なんだろうなぁー。高校生に何言ってやがる!



「あぁー。いかにも先輩のご家族って感じですね」



 俺の肩に両手を置き、背後から手紙を覗き込んでいた後輩ちゃんが、文面を見て納得の声をあげる。後輩ちゃんはウチの家族をどのように思っているのだろうか? 一度詳しく聞いてみたい。



「というわけで、先輩ガンバ♡」


「後輩ちゃんまで言うか……」


「では、一緒に頑張りましょう! 新たな家族を増やすために!」


「…………」



 俺は無言で後輩ちゃんの頭にチョップを落とした。くぉーっと呻いて、頭を押さえて蹲る後輩ちゃん。高校一年生が何を言っているんだ。淫乱にもほどがある。


 もうちょっと将来設計をしましょう。家族計画は大事!



「くぅ~! 頭いちゃい……。先輩のばかー。あほー。へたれー」


「もう一発……」


「ごめんなさい。つい本音が!」



 それ、謝ってるのか? 謝罪の気持ちは一切ないよな。


 本音ってねぇ……その通りですけど!


 本当にもう一発後輩ちゃんの頭にチョップを落とそうかと真剣に悩んでいると、段ボールの中身を確認した後輩ちゃんが歓声をあげる。



「先輩先輩! これってもしかして、『こたつ』じゃありませんか!?」


「こたつ?」



 分解されているテーブルのようなもの。布団のようなもの。コードもついている。後輩ちゃんの言う通り、こたつだな。


 去年はこんなもの送ってこなかったのに……!


 綺麗な瞳を輝かせた後輩ちゃんが、テンションを上げて、俺の身体をペチペチと叩く。



「先輩先輩! 組み立てましょう、今すぐに! 今日はこたつで鍋を食べましょう!」


「目の前でグツグツしないけどいいのか? カセットコンロは無いぞ」


「いいんですよ! 先輩、お願いします♡」



 必殺『後輩ちゃんのおねだり』。効果は抜群だ。ウルウルと潤んだ瞳で上目遣いされ、胸の前で手を合わせてお願いされたら、俺は拒否することが出来ない。俺の弱点を完璧に把握している。



「……わかった」


「わーい! 先輩大好きです!」



 むぎゅーっと抱きしめてくる後輩ちゃん。頬にチュッとキスもしてくる。


 くそう! 可愛すぎるじゃないか!


 後輩ちゃんにドキドキしながら、俺は一人でこたつを組み立てていく。家事能力皆無の後輩ちゃんを手伝わせたらどうなるかわからないからな。後輩ちゃんは傍で応援係だ。がんばれー、という応援がとても嬉しい。


 こたつは簡単な構造だったので、あっさりと組み立てることが出来た。少人数用の小さめのこたつだ。多分二人用。頑張れば四人は入れる。


 段ボールを片付けてリビングに戻ると、後輩ちゃんはもう寝転んでいた。スイッチもオンにしてある。まだまだ温かくないだろうに。



「先輩。こっちです、こっち」



 後輩ちゃんが自分の真横をポンポンと叩く。そこに来いってこと? くっつけば入るくらいのミニこたつだ。


 仕方がない。後輩ちゃんからのお誘いだもんな。



「どうぞー」



 ほんわかと温かくなっている気がする。まだ付けたばかりだから。それよりも、後輩ちゃんと向き合って横になっているせいで、体が熱くなる。


 至近距離の後輩ちゃんの顔。細かいところまでよく見える。肌が綺麗すぎだろ! 甘い吐息がぁ~!?


 後輩ちゃんが悪戯っぽく微笑んで、むぎゅっと抱きついてくる。



「もう先輩は逃げられませ~ん。こたつと私の魔力で出れなくなりました。抗うことも出来ませ~ん」



 くっ!? なんと言うことだ。そんなトラップが!? 本当に出ることが出来ない。体が言うことを聞かない。


 ほんわかと温かくなっていくこたつの中。柔らかい後輩ちゃんの身体。心地良い甘い香り。一生ここから出たくないかも。



「ご飯の前の抱き枕タイムです!」



 むぎゅーっと抱きしめてきた後輩ちゃんは、俺の身体に顔を押し付けてクンクンと匂いを嗅いでいる。こたつの中では、脚をスリスリしたり、絡ませたりする。


 温かさもあって、頭がボーっとする。



「あぅ……先輩しゅきでしゅ……」



 同じくトロ~ンとした表情の後輩ちゃん。半分眠っているかのよう。


 こたつの魔力に当てられた俺たちは、半分夢の世界に旅立ったまま、抱きしめ合って、ぬくぬくしているのだった。


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